魔呪〔クッター・フィ〕
武闘と呪術が発達した中華風世界の呪武術総本山【
「落ちてくる滝の水流に負けるな! 呪力で水を弾き飛ばせ! 水や火に負けない紙の式神を作るのだ!」
若者たちが滝に打たれながら、呪文を詠唱する。
浮かび上がった紙の式神の中で、滝の水流に負けたモノはそのまま川を流れていく。
「気を抜くな! 胆力を鍛えろ、十分間式神を滝の中で浮かして川に流さなかった者から滝修行から抜けて、寺の食堂に向かっていいからな……川を流れた式神は回収しろよ、放置すると河童になる」
兄弟子が弟弟子を叱咤して修行させている光景を、師範代のクッター・フィは岩の上に立って眺めていた。
「また、あの小太りの弟子が、滝修行でも要領が悪くて最後まで残ったか」
クッター・フィには、少し気になっている者がいた。
太めで仲間たちからは〝太っちょ〟と呼ばれていた。
滝の修行で最後まで残ってしまった、太っちょが岩の上に濡れた道着を広げて乾かしていると、川下にながれえいった紙の式神を網で回収してもどってきた数名の仲間が、太っちょに話しかけてきた。
「本当に、太っちょは真面目で要領が悪いよ……先輩の兄弟子なんか、式神に糸つけてズルしている兄弟子もいるんだぞ……おまえも、少しは要領よくやれよ」
にこやかな笑顔で、太っちょが言った。
「でもオレ不器用で、術はできたり、できなかったりするから……成功すると、嬉しいし。病気がちの母親に手紙で書いたり、書かなかったりすると。読んだ母親が喜んでくれたり、喜んでくれなかったりして……へっへっ」
「おまえの話し方、変わっていて面白いな……なんとなく放っておけないんだよな」
太っちょは、年老いて年々体調を崩す回数が多くなった、母親のために『一級武闘呪術師』になって、母親に楽をさせてやりたいと思っていた。
一級武闘呪術師になれば、呪林々寺から各地に依頼派遣されて、高額の報酬を得るコトができた。
太っちょの仲間が言った。
「寺の食堂に生乾きの道着で入ると、食堂の
「ありがとう、お礼にオレ踊る……裏山にいる陸タコの踊り」
変な振り付けで踊る、太っちょの姿に仲間たちは笑いながら寺へと帰って行った。
離れた岩の上から、一部始終を見ていたクッター・フィも、静かにその場から離れた山道を寺に向かって歩きはじめた。
歩きながらクッター・フィが生真面目な表情で呟く。
「太っちょの、親孝行なのは良いことだが……世の中には、向き不向きの適正というものもある。太っちょは優しすぎる……時として非情にならなければならない、一級武闘呪術師では優しさで命を落とすこともある……早めに諦めさせて、太っちょには、別の人生を歩みさせた方が良いのか?」
クッター・フィが石畳の道を歩いていると、前方の木影からクッター・フィに向かって手招きをする緑色の生き物が数体がいた。
河童だった。
クッター・フィは、顔なじみの河童に向かって言った。
「なんだ? どこかへ案内したいのか?」
クッター・フィは河童の後をついて横道の林の中へと入っていく。
「こんな林の中に何があると言うのだ?」
しばらく進むと、河童たちは岩と岩の隙間に挟まった異様な物体を指差した。
ウィルスのようにも見える、三メートルほどの高さの、妖星ディストーション帝国の偵察艇だった。
クッター・フィは、妖星ディストーション帝国の存在は、まだ知らなかったが……岩の隙間に挟まっている物体に、禍々しい邪気を感じていた。
「寺の蔵書庫にある門外不出の【魔呪禁書】の中に描かれていたモノにも形が少し似ているな……だが、アレとは別モノだ」
クッター・フィは河童たちに言った。
「あの岩の隙間に挟まっているモノに近づいてはならないぞ……あれは災いを呼ぶ妖星の類だ、わかったな」
河童たちは理解したように、うなづいてクッター・フィと河童は、その場を離れた。
その夜──呪林々寺に、太っちょの母親の容態が急変したとの、手紙が届けられた。
太っちょの母親容態急変の手紙が、寺に届けられた次の日の夕刻──空に青白い半月が浮かぶ夜。
呪林々寺の蔵書庫の中で、動く人影があった。
禁書棚の書物箱を踏み台に乗って、探していた太っちょは桐の箱に入っていた一冊の本を手に取ると、急いで蔵書庫の出入り口へと向かう。
蔵書庫を出た瞬間、太っちょに声をかけてきた者がいた。
「その本をどうするつもりだ……門外不出の禁書を外に持ち出しただけで、破門は免れないぞ」
蔵書庫の壁に背もたれして立っていた、特級武闘呪術師の師範代、クッター・フィだった。
半月を眺めながら、クッター・フィが呟く。
「綺麗な月だ……おまえの母親も、この月を床の中から見ているかな」
禁書を道着の
「見逃してください! 母親の病気を治す秘薬を調合したら、必ず魔呪禁書は寺にお返ししますから……オレはどうなっても構いませんから!」
【魔呪禁書】それは、魔術と呪術を融合させた、最強の術書──その内容をすべて頭の中に記憶しているのは、今までにクッター・フィただ、一人しかいない。
月が薄雲に隠れた、クッター・フィが独り言のような口調で、言った。
「読むのは月薬の章の最初のところだけだ、それ以上の箇所を未熟な者が読むと、脳と心が壊れる……月も雲に隠れた、今なら誰も見てはいないな……三日間だけだぞ」
クッター・フィの言葉に、キョトンとした顔をする太っちょ。
スキンヘッドの頭を掻きながら言う、クッター・フィ。
「鈍いヤツだな……三日間後には、寺に禁書を返せと言うのだ──罰を受けるくらいの覚悟がなければ、禁書を置いて立ち去れ。今夜のコトは見なかったコトにしてやる」
立ち上がった太っちょは、クッター・フィに頭を下げると走り去っていった。
月を隠していた薄雲が晴れると、苦笑いをしながらクッター・フィが呟いた。
「わたしが、情に流される夜が来るとはな……これも、太っちょの影響だったり、影響じゃなかったり」
三日後──太っちょは呪林々寺に禁書を返すために、もどっては来なかった。
そして、禁書の紛失が発覚して寺は大騒ぎになった。
クッター・フィは例の禍々しい、妖星ディストーション帝国の船が、岩の隙間に挟まっている場所へと向かった。
(太っちょが、近道をするとしたら、林の中を通るはずだ)
林の中を歩きながら、クッター・フィは最近膨らみはじめた額のシコリを触る。
皮と頭蓋骨の間に、固いモノが入っているのが確認できた。
「なんだコレは? 呪術的なモノでは無いようだが」
クッター・フィが林の中を進んでいくと、声が聞こえてきた。
「ア──ッ、ア──ッ、オマエは馬鹿カ」
「ドンナ、脳ミソシテイルンダ」
「ソンナンダカラ、オレ八、ヒネクレルンダ」
林の中から現れた一つ目のオカドーが、クッター・フィに向かって襲いかかってきた。
(なんだ、この化け物は?)
クッター・フィは、奇妙な足さばきの歩行をしてから、
クッター・フィが呟く。
「風紋
風の渦円に向かって紙の式神を飛ばすと、風をまとった式神はオカドーを、斬り刻んでいく。
「帰リタイヨゥ」
「モウ、イヤダ」
林の中に漂う、オカドーの悪臭。
クッター・フィが手を護符布で拭いて、オカドーのケガレを払う。
「本当になんなのだ? この一つ目の化け物は?」
その時──林の中から、ざわついた様子の鳥が飛び立ち。
木が押し倒される音が響き、頭上からクッター・フィを見下ろす悲しげな表情のジンジューが現れた。
下半身が巨大化した陸タコの、そのジンジューの上半身は、太っちょの姿をしていた。
「太っちょ……どうして、そんな姿に?」
少し驚いたクッター・フィだったが、すぐに現状を理解する。
太っちょは、近道として林の中を通った。
そして、禍々しい妖星ディストーション帝国の船と遭遇して姿を変えられた。
厳しい表情になったクッター・フィが、魔呪の禁断呪文を唱えると、地面の中から土で汚れた等身の呪い皮人形が出現した。
クッター・フィが、感情を押さえた無表情で言った。
「なにも言うな、太っちょ……すぐに楽にしてやる」
呪いの布人形に打ち込まれる木の杭、ジンジュー化してしまった、太っちょの体が粉々に爆裂して吹っ飛んだ。
クッター・フィは、足元に飛んできた黒い布巾着袋を拾い上げた。
袋の中には、魔呪禁書と一緒に、母親の容態悪化を太っちょに伝える手紙が入っていた。
「太っちょ……おまえ、もしかして近道をしようとして。母親に会う前に、あんな姿に」
クッター・フィは、太っちょ宛に送られてきた手紙を、震えながら目を通した。
◇◇◇◇◇◇
寺にもどったクッター・フィは、すぐに旅支度をすると。
寺の信頼できる者に魔呪禁書を手渡してこう言った。
「盗っ人の隠れ家から取りもどしてきた。わたしは逃げた盗っ人を追って、長い旅に出たり、出なかったりする」
それだけ言い残すと、クッター・フィは呪林々寺を出た。
クッター・フィは、その足で太っちょの老いた母親の家に行って。
カビから作った呪術薬を渡して、息子は寺の用事で長い旅に出たと母親に告げた。
薬を受け取り、頭を下げている老婆に、クッター・フィが呪術薬の用法について説明する。
「丸薬は一日、朝と晩に二回だけ服用してください……それだけで、病気は治ります……くれぐれも、昼には服用しないように……用量を守らない服用を続ければ、体が若返って娘にもどる」
そして、小高い丘の上に立ったクッター・フィは、二度ともどらない決意をした、寺と里を眺めながら呟いた。
「これで、良かったんだな……太っちょ、わたし……いや、オレはおまえに教えられたり、教えられなかったり……おまえは、オレの一番新しい師匠だ。人を楽しませる術師というのもいいかも知れないし、良くないかも知れない」
クッター・フィは、時分の発した言葉に軽く笑う。
クッター・フィが、額の膨らみを掻いていると、皮が破れて宝珠が現れた。
「なにか、変なのが皮の下から現れた……罪人の宝珠と言うのか、コレは。頭の中に自然と情報が入ってくる」
青空に開いた赤い空間から、次々と妖星ディストーション帝国の船が着陸してくるのが見えた。
「侵略者……妖星ディストーション帝国、この世界はもうダメだ……罪人の宝珠よ、オレを必要としている世界を示せ」
光りのゲートが、クッター・フィこと魔呪の前方に開く。
「異世界の月魂国──その世界が、オレを必要としていたり、必要としていなかったり」
クッター・フィは、光り渦の中へと入っていた。
『サイドストーリー』魔呪クッター・フィ~おわり~
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