水瀬ver.

♰過去の軌跡SS:青と紫のキズナ

「あんた、今暇?」


紫紺の髪をポニーテールにまとめ、竹刀を肩に担いだ彼女は私にそう言ったのだ。

最初の印象はぶっきらぼうで、正直私とは馬が合いそうにないなと思っていた。

それは彼女――東雲茜が悪いのではなく、ただ私が人付き合いをあまり得意としていないことに起因している。


「……私?」

「あんた以外に縁側に腰掛けてる奴なんていないでしょ? で? 暇?」

「ええ、たぶん」

「多分ってどゆこと? まあいいや。こっち来てあたしの練習相手になってよ」


そういうと竹刀をぽいっと放ってくる。

私はいきなりの出来事に思わず竹刀を取りこぼしてしまう。


「あんたってドジね……」

「む……。そんなことないわ。今のは少しだけ驚いただけ」

「ふーん。じゃ、こっちで語ってよね!」


いきなりフルスイングの縦振りが私の竹刀を直撃する。

恐ろしく力のこもった技だ。

手がびりびりとしびれている。

《幻影》に所属したばかりの私は戦いの術というものを持っていない。

そんな中でも反射的に防御できたことは奇跡だと思う。


「へえ、受け止められるんだ。てっきり、腰でも抜かすかと思ったのに」


常に煽り口調な彼女に私は少しだけ気を逆なでされたように感じた。

このころの私は慣れない環境の中で余裕が足りていなかったのだ。


「私、負けないから!」

「あはは! その意気よ!」


私は何度も何度も打ちかかっては簡単にいなされて、籠手、胴、面と軽く一本を取られ続けた。

多分そんなことが百回以上も続いたと思う。


「はあ……はあ……っ」

「そろそろ限界みたいね。んま、初めての模擬戦でそこまで食い下がれるなら見込みあるわよ。ほら、これ使いなさい」


そういって投げ渡されたのは真っ白なタオルだ。

汗の玉が浮かぶ顔に押し付けると、お日様の香りが心地よかった。

二人して縁側に腰掛け、寝転がる。


「ねえあんたはさ、どうして《幻影》に入ろうなんて思ったの? 言いたくなきゃ言わなくていいのが暗黙の了解ルールだけどさ、あたしは聞きたいな」


そういって互いに寝ころび合いながらほんのりと微笑みを向けてくる。


「私が《幻影》に入った理由なんて本当に大したことじゃないのよ? それでも聞きたいと思う?」

「もちろん。だってあたしのほうが下らない理由だって思ってるもん。きっとあたしほど自己中な願いでここに入った奴なんていないわよ?」

「どんな理由だったの?」

「んーっと、お父様に認めてもらうため。よく頑張ったね、お前は自慢の娘だなって褒めてもらいたいんだ。あたしの父親はさ、めったに家に帰ってこないから、時々寂しくなるのよね。それもこーんなにだだっ広い屋敷だとさ、持て余し気味でさ」

「ふふ、確かにここはとても広いものね」


いかにもしかつめらしい顔で言うので、思わず笑みがこぼれた。

確かに彼女の言う通り、この広大な敷地には和の庭園のほか、修練場や蔵などが建てられている。

私はこの場所に来たばかりであまり詳しくはないけれど、お姫様が住めそうなお屋敷だなと感動したことは覚えている。


「まあ、そんな下らない望みのために命張って戦ってんのよ。馬鹿みたいでしょ?」

「馬鹿って言ってほしいの?」

「どっちでもいいわよ。それよりも! あんたはどうなの? 何かしらあるでしょ?」


私は少しだけ悩む。

どこまでも蒼くて高い空はその先までも見通せそうな気持ちにさせてくれる。


「私の望みは、誰かと一緒にいることよ。決して一人にしないで、孤独の冷たさから遠い場所にいること」


それを聞いた東雲はそれなりに強く私の額を弾いた。

パチンッと小気味良い音に続いて、確かな熱感が宿る。


「っ! 痛い……」

「バーカ」


ああ、やっぱり馬鹿なことなんだ。

だから人には言いたくなかった。

ここでなら、もしかしたらと思ったけれど。


「やっぱり何でもな――」

「あんた――優香の友達はもういるでしょ。あたし、とかさ」

「え?」


私は驚いて思わず東雲の瞳を覗き込んでしまう。

初めて私は彼女に名前で呼んでもらえたのだ。

それもただ投げやりに吐き捨てたのではなく、確かな友愛を持って。

視線こそそらさないものの彼女の頬は上気し、纏う空気感がよそよそしくなっていた。


「だから! あたし、とかさ!!」

「それって――」

「あ~、そろそろ鍛錬に戻らないと!――あんたも付き合いなさいよねっ!」


私は後ろから見た彼女の耳が紅色に染まっているのを見て嬉しくなった。

久しぶりに感じる幸せな、ぽかぽかと温かい気持ち。

ここまでの流れが妙にツンツンしていたのも、強引に鍛錬に誘ったのも私の気持ちを慮ってくれていたからなんだと、その時気づいた。


「今行くから少し待って!」


慣れない場所で、慣れないことを、慣れない人たちとやっていく。

そう思っていたけれど――。





「ぷっくく! ……あははっ!! 優香、あんたさ、凄いわよ! たったこんだけの時間であたしと相打ちにまで持ってったんだから!」


それからは陽光が茜色の色彩を帯びるまで、ひたすらに模擬戦を行ったのだ。

戦績は五十回以上戦って、唯一好成績を残せたのは最後の一引き分けのみだ。

今は二人とも互いの打ち込みが強打だったため、地面に八の字になっていた。


「私はこの回でしかいい結果を残せなかったけどね……」

「それでいいのよ。あんたに一瞬で追い抜かれちゃあたしの肩身が狭くなるってもんでしょ? あ~いい汗かいた!」


そういって隣に寝転がっている東雲は私を見た。

きっとあんたもそうでしょ?と言いたいのだ。

言葉は交わさずとも今日だけで相手の伝えたいこと、思っていることが分かるようになった。

もちろんそれは、必ずというわけではないけれど。


「私も汗だくよ。温かいお風呂に浸かりたい気分」

「ならさ、ほんとの最後だからあと一本だけ勝負しない? 今ならあたし、新しい技が思いつくかも! そしたら星でも見ながら露天風呂に浸かればいいわ!」

「はいはい、あと一回だけね」

「いよっし!」


太陽が残照をおいてゆく中、二人の間で自然な笑みがこぼれた。

それからしばらく、碧眼の少女と紫紺の少女が互いの剣を打ち合わせる音が響き合い、その鮮やかな舞はまるで少女と少女の絆の形を表しているようだった。




♰――――

水瀬優香、《幻影》所属直後より。

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