最終話 ネブラの神名開示
巨大な蛇型ネブラが灰になっていく。その様を2人は見届けた。やっと、終わった……開放感で胸が軽くなっていく。
だがその時、ネブラの灰に変化が表れた。
縦横無尽に散らばった灰が突然浮かび上がり、一つの灰色の球体になったのだ。予期せぬ変化に2人は驚きつつも、戦えるように身構える。やがて球体に巨大な白い歯——あの時2人を吸い込んだものと同じものが浮かぶ。また吸い込まれるのか? 2人してそう思った時、さらに信じられない光景が目に入ったのである。
「私はこの聖域の神の概念である」
レオンは驚きのあまり、暫く呼吸を忘れていた。セオドアは茫然として立ち尽くす。ネブラが喋ったのだ……ネブラと会話をしたなんて、人類史上初のことだろう。今やこの空間は、壮大すぎる未知に支配されていた。
「肉塊を倒した英雄よ、頼みがある。奴らに奪われた、私の大本の存在を答えてほしい」
性別も年齢もわからない、男声と女声が混ざったような声には感情がまるで込められていなかった。彼? が繰り返している肉塊というのはネブラなのか? いやそもそも、神の概念とは一体……? セオドアの脳内に、疑問が尽きることはなかった。
「……つまり、あなたはネブラではなく神の概念であり、神そのものではない。僕らは貴方の大本になった神の名を、答えればいいと?」
「そうだ。お前たちが乗り越えた試練、あれを思い出せ」
神の予言、その姉の聖域と息子の冥界下りに、神が倒した大蛇。乗り越えた試練の内容にこの場所、答えは一つしかない。
「お前は、アポロンの概念だ」
「芸術に医術、予言を司る光明神。
彼らは静かに球体を見つめて答えた。球体は何も答えない。だが次の瞬間、ぶるりと大きく球体が震え始めた。灰が空中から零れる。それはまるで霧雨のよう。
「そうか、思い出したぞ! 我が存在の始まりの名を! これでこの世界の主権を取り戻せる! 奴らを一網打尽にしてやるわ!」
その歓喜の声は若い男性のものに変わる。灰が舞うと同時に、球体から光が放たれる。灰色の球体は今や黄金色に輝く、人を照らす太陽のような姿へと変わった。地上からその光景を見ている2人は、息を飲んでいる。現実離れした光景に、眩い光の温かさと美しさに。
ネブラもどきの彼らが当てた神名は、無事に輝ける君に開示されたのだ。やがて光は辺りを覆いつくし、2人を包み込む。そしてそのまま2人の体が……
「なんだこれは!?」
「は!? なんで体が!?」
2人の体が、どんどん透明になっていくではないか! ついに手のひらが完全に見えなくなる。次は手首、腕へと広がっていく。
「安心しろ。この私の概念世界から、お前たちを現実へ帰すだけだ」
「ちょっと待ってくれ! 概念や概念世界とはなんだ!? 僕らに全て教えてくれ!」
「時間の許す限りは教えてやろう……概念は万物の構成要素。普段は目に見えぬが、この世界では見えるのだ。私はアポロンの概念だからな、ここは全て、アポロンに関する要素で出来ているのだ」
「じゃあネブラってなんだ⁉︎ 俺らの体に何があった!? それも答えてくれ!」
自分たちが離れ離れになった原因、2人を襲った体質の変化について、もう顔まで消えそうなレオンは叫ぶように尋ねる。その言葉に球体は、
「奴らはこの世界とお前たちの世界を行き来し、概念を喰らう獣だ。信仰や歴史、民族といった概念が集まる場所……遺跡に特に群がる。だから喰われた神の概念は、助けを求めて入口を作った、それが迷宮だ。お前たちについては、私にも分からぬ。だが……」
レオンの口が消えて、何も話せなくなった。辛うじて残った聴覚と視覚で、2人は球体の言葉を聞く。
「他の神の概念なら、何か知っているかも知れぬ。お前たちなら、探せるだろう」
その言葉を最後に、2人の体は完全に消えた。
冷たい冬の夜風が体に触れる感触がして、レオンはそっと目を開けた。横にいるセオドアも目を開ける。辺りは真っ暗で光源は星明りのみ。そこに、真っ白な歯がギロリと光った。
「ギギぎ、ギャ!?」
2人を品定めするかのように、歯をカチカチと鳴らしていたネブラは、一瞬にして灰になった。周り中からネブラの断末魔が聞こえる。2人は何も攻撃していない。
おかしいと思った彼らは、目を凝らして周囲を見渡す。そして2人は、言葉を失った。
「これは……これは7年前の姿だ!」
「ってことは俺たち、やったのか……?」
彼らの前に広がっているのは、荘厳な神殿ではない。崩れかけた円柱がただ並んでいるだけの、広場があった。それこそは、アポロン神殿の姿。迷宮と化す前の神殿であった。
「うぉぉぉぉぉ!!」
迷宮は彼らによって攻略されたのだ。それによって、周囲のネブラも消えたのだろう。2人は喜びの雄叫びをあげ、肩を組む。そこにはもう、再会した時の嫌悪はなかった。
「やっぱり、君は最高だな!」
「いや、お前がいなきゃ、こんなこと出来なかったよ。だから、俺とお前が最強なんだ!」
「……君、よくそんな恥ずかしいことが言えるな」
「はあ!?」
子供のように笑い合う彼ら、その体は普通の人間のものではない。だが2人ならどんな困難も乗り越えて行けるだろう。何せ2人にはかけがえのない思い出と、絆があるのだから。
「それで、これからどうするんだい?」
セオドアが横にいるレオンに、屈託のない笑顔で問いかける。もう彼の答えは決まっていた。
「決まってんだろ?……また一緒に馬鹿やろうぜ、テッド」
「当然だ。君は僕がいなければ、やっていけないからな」
「はっ、それはお互い様だろ」
拳と拳をぶつける2人。暗い空が赤紫に染まり、目がくらむほどの朝焼けが、彼らを包み込む。それはまるで、彼らの新たな旅立ちを祝福しているようだった。
ネブラの神名開示〜デルフォイ迷宮と輝ける君〜 神在月 里歌 @Sanosukemaru
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