第10話 怪物顕現! 神話再現! 

「つうかさ、なんであの階段、いきなり穴が開いたんだ?」

「あ、ああ。あれはアポロンの息子、オルフェウスの冥界下りがモチーフだ。洞窟は古代ギリシャで、冥界の入口だとされていたからな」

「あぁ、あの振り向くなっていう奴か、だからか……」


 先ほどまでいた部屋と同じ、白い煉瓦で作られた長い通路を進んでいく。

 しどろもどろな2人、目も合わせられない。その理由は至極簡単だ。単に恥ずかしいだけである。なにせ先ほどまで、大人二人で思いの丈をぶつけあっていたのだ。

 レオンはこっそり、すっかり昔のように戻ったセオドアの顔を見る。彼もまたそっぽを向いていたが、赤くなった耳が見えていた。まだまだ、気まずさと恥ずかしさが混ざる2人。それでも足取りは軽く、晴れやかな表情で進んでいった。


 そこから10分くらい歩いただろうか。曲がり角を曲がると、眼前から眩い光が2人の視界を襲った。ずっとほの暗い空間にいたからか、光が目に刺さるように痛い。だがその痛みも一瞬のもので、段々と状況を把握していった。


「おいおいおい、いくらなんでもデカすぎだろ!?」

「——あれは!」


 目の前には、パルナッソス山・デルフォイ。迷宮に入る前に見たものと同じ、荘厳な純白と橙の神殿がそびえていた。雲一つない青空に映える景色。

 だが、そこに奴はいた。巨大な蛇である。神殿の柱にとぐろを巻くほどの大蛇。赤黒い肉塊、蛇の頭にあたる部分が膨張し、真っ白な歯がついている。超大型の蛇型ネブラであった。軍学校にいたレオンでさえも、これほど大きいものはみたことがなかった。少なくとも全長15mはある。


「あれは大蛇ピュトーンだ。かつてデルフォイを治めていた怪物で、アポロンによって退治されている。どうやら僕らは、あれを再び倒さなければならないらしい」

「は? なんでだよ!?」


 セオドアが自分たちが立っている床を指さす。そこには今までと同じ、古代ギリシャ文字で何かが書かれていた。


「『神話を再現せよ』だってさ」

「なら、お前はここでお留守番だ。俺が一発で仕留める」

「待てレオン。僕も戦えるぞ?」


 セオドアが、覗き込むようにレオンに問う。そういえば、碑文でレオンがネブラに不意打ちされかけた時、彼はレオンから銃を奪って応戦し、ネブラを一匹殺している。今までの騒動で、すっかり記憶から飛んでいたのだが。

 

「この体質になってから、どういうわけか、運動神経も向上したんだ。確かに君ほど経験はないけれど、足を引っ張るつもりはないさ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたセオドアが、自分のバックパックから、レオンのものよりやや小型の散弾銃を取り出す。どうやら彼もまた、護身用として銃を支給されていたらしい。もっと早くに言えよとレオンは思う。


「わあったよ。だが、ヤバイと思ったらすぐ逃げろよ?」

「別に死ぬわけじゃないだろう? 僕らは」

「俺はお前が不死身だろうが、怪我をする様子を見るのは御免だ」

「お人好しめ……」


 会話をしながら弾丸を取り分けて、自分の銃に装填していく。この弾丸はあくまで普通のネブラ用のものであり、あの巨大ネブラには効き目が薄いだろう。そう考えた2人はある作戦を立てた。


「……というわけだ、行けるか? テッド」

「いいね。僕は難しい状況になるほど、燃え上がる質なんだ」

「はっ、奇遇だな。俺もだよ——行くぞ!」


 その言葉を合図に、2人は外へと飛び出した。大地を穿つように蹴る。銃を構える。大蛇がこちらを向く。セオドアは、レオンが予定通りの方向に向かったことを確認すると、標準を眉間に合わせた。

 乾いた銃声が響き、巨大ネブラの眉間、その一部の肉が抉れる。ネブラは空を飲み込んでしまいそうなほど大きく口を開いて、威嚇し始めた。思った通り、ただの散弾銃では効きにくいのだろう。だが、作戦通りにセオドアに意識を向けることができた。

 敵は柱をなぎ倒しながら、こちらへ一直線に向かっていく。まるで人間の大腸が、うごめているかのようだ。


「さて、ここから僕の腕の見せ所だ」


 覚悟を決めて、セオドアは足を動き始めた。あの場所へと坂道を下っていく。大蛇が後ろから、瓦礫や木をしっぽで器用に巻き付けて、前方に投げつける。自分の背丈の2倍、3倍以上はあるそれらを、セオドアは軽く飛び越えていく。


「レオン‼」

「OK! 任された‼」


 そこは、聖域デルフォイの入口。宝物庫がズラリと沿道に並んでいる場所。その中の一つに、一際大きな宝物庫があった。ちょうど巨大ネブラの首が、すっぽりとはまりそうなほど、広い入口を持つアテナイの宝物庫が!

 その屋根にレオンは立っていた。セオドアは蛇が近くに来る前に、傍の岩場へと飛び込む。


「来いよ! 蛇野郎が!」


 挑戦的な笑みを浮かべ、恐れなんて何もないという様子で言い放つ。

 ドーーーーーン! という凄まじい音を立てて、ネブラが宝物庫に突っ込んだ。セオドアの読み通り、首が挟まってもがいている。その衝撃で屋根が崩れてしまったが、既にレオンはいない。

 彼は最大の力を込めて、屋根が壊れる寸前に跳躍したのだ。どうやら運動神経の変化は、元から持っているものに比例するらしい。セオドアよりも遥か高く、高く、飛んでそして、ネブラの眉間目掛けて落ちてくる。

 彼の背後には燦々と輝く太陽が。それはまるで、光明神にして太陽神アポロンが、彼の加護を与えているかのようだった。


「てめえは大人しく、冬眠しとけ!」


 高所から落ちた衝撃で、散弾銃がネブラの頭部に突き刺さった。遠隔から効かなければ、直接弾丸をぶち込んでやればいい!

 レオンは躊躇うことなく、引き金を引いた。その瞬間肉片が、血しぶきがレオンにかかる。だがそれはすぐに灰へと変わっていった。ネブラの死の訪れが、灰とともにやってくる。

 神話はここに、再現されたのだ。

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