海と空、宇宙人のナツ

烏神まこと(かみ まこと)

海と空、宇宙人のナツ

 バスの窓越しにショートヘアの女の子と目が合う。

 ボクに気づいたその子が、パッと笑顔を咲かせて、こちらに手を振る。去年も見た茶色のリュック、バスの段差を降りる白い足がよく見えるショートパンツ。


「ナツ〜!」

「ホタル、久しぶり!」

「ほんと久しぶりね! じゃあ、さっそくだけれど始めようかしら。特別な夏さがし!」


 ホタルとボクは互いの開いた手を、気持ち良い音が鳴るくらいの速さと強さで、叩き合わせる。

 特別な夏さがしのスタートだ。

 宇宙人、未来人、超能力者を、今年こそ見つける。


「まずは裏山でUFO探しね!」


 最初の1日は、昼に墜落したUFO探し。

 夜は2人で家を抜け出して、山の中で空飛ぶUFOを探す。


「なんにも見えないなぁ」

「星はキレイなのだけれど」


 持ち込んだ望遠鏡とスコップは役立たず。

 森の匂いを嗅ぎながら、天然のプラネタリウムを楽しんで終わり。デネブ、アルタイル、ベガ、キレイだったなぁ。


 次に探すは未来人。

 繁華街で、ひたすらキョロキョロする。


「奇抜なファッションの人を探すぞー!」

「みんな似たりよったりね」

「――あの、すみません。なにか……」

「わああああああ!!」

 

 黒い眼帯をしているお兄さんに肩を叩かれ、思わず退散!


 最終日は妙な時期に現れた転校生の家に突撃。


「ほとんど話したことないんでしょう? とつぜんお邪魔して大丈夫?」

「ないけど、いちおうクラスメイトだし、なんとかなるさ」


 とは言ったものの、緊張はする。がたつく指でチャイムを鳴らした。

 ピンポーン、と高い音が鳴って、静寂。のち、足音。玄関の扉がゆっくりと控えめに開く。顔半分を覗かせた男は背を丸め、こちらを見ずに話す。


「母なら不在ですが」

「あ、いえ、メグルくんに用があって」

「え? ついに俺の秘密を探るものが!?」


 驚いたようすの男が勢いよく扉を開け放つ。右側だけやけに長い前髪で片目を隠したメグルくんが、そこにいた。


「というか、昨日走り去っていった女子2人ではないか!」


 至近距離で浴びるメグルくんの大声にボクも聞き覚えがあった。


「あ〜! 眼帯お兄さん!!」

「シッ! 敵に気づかれてしまう。あれは身を守るための変装なんだ」


 辺りを気にしている様子のメグルくんが、家に入ってくるようボクたちを手招きする。


「入って」


 振り返るとホタルは、口を一文字にして、控えめに首を振っている。


「話だけでも聞こうよ。特別な感じするじゃん」

「――まあ確かに特別な転校生よね」


 言葉の端々に淀んだ音を混ぜるホタルの手を引いて、メグルくんの部屋まで。

 2階建ての新築、引っ越して数ヶ月の家は、綺麗で広くて、まだほんのり木材とビニールの匂いがする。家の中は静かだ。


「さて、話をしよう」


 部屋に入るやいなや、フローリングの床に魔法少女っぽいイラストの四角いクッションを2つ置いたメグルくんは、仁王立ちのまま、ここに座ってくれと手のひらでボクたちを誘導した。

 おずおずと戸惑いながら座るボクとホタルを確認して、彼は話し出す。


「キミたちが今日、俺のもとに訪れたということは、昨日のキミたちは宇宙人を探していたんだろう?」

「ど、どうしてそれが!?」

「ナツ、昨日探してたのは未来人じゃないかしら?」

「あ、宇宙人は一昨日の山か」


 誰にも話したことがない特別な夏さがしの内容を言い当てられた気がして一瞬驚いた。

 けれど、ホタルの言う通りだ。微妙に外れている。


「一昨日! なら気づいたか? あのデネブとアルタイルの間で点滅していた光。あれはモールス信号で……」


 落ちるボクの声のトーンとは真反対に、メグルくんは上へ上へと、のぼっていく。


「この人、実はあなたのストーカーじゃないかしら」


 ホタルがボクに小声で伝える。こちらを攻めると伝えているだの、こちらの情報を十分に得ているという証明だの言っているメグルくんの話を聞く気がないらしい。


「まさかぁ」

「だって2日間も私たちと同じ場所にいるのよ。不気味だわ。昨日なんて話しかけてきているし」

「そんなんじゃないってば」

「もうっ、鈍感なんだから。いきましょ」


 今度は先ほどとは逆に立ち上がったホタルがボクの腕を引く。力強めに。


「いたっ! イタタタ!」

「あれ、俺と情報共有は?」


 目を、夜空に光る無数の星の一つのように、まんまるくしたメグルくんがボクたちを見る。


「あ、あはは。メグルくん、また夏休み明けにでも宇宙の話をしようね」

「え、ああ……」

「こらっ! いい気にさせないの!」


 ホタルに引っ張られるボクを玄関先まで力なく見守ってくれるメグルくんだった。


 

「何も、見つからなかったわね」


 8月31日。高校生最後の夏休みが終わる日、ホタルは言った。

 臨海公園、水際の鉄柵の上に腰かけた彼女は海を背に、ウッドデッキの段差に座るボクを見ていた。

 ゆっくりと鼓動を刻む波、潮風が運んでくるしょっぱい海、雲の姿がほとんど見えないまっさらな空で、ボクはいっぱいいっぱいだ。

 

「ねぇナツ、来年こそは、特別な夏を見つけましょうね」


 ためいき混じりの希望に胸がぎゅっと締め付けられる。

 鮮烈な青に照りつける太陽の熱が、ホタルの頬を赤く染めていた。


「来年も、いっしょにいられるかな」

「来年がムリなら、もっと大人になってからでもいいわよ」


 その約束が、ボクのためだったのか、彼女自身のためだったのか、わからない。

 ただ、彼女の不安とやさしさを絞り出したような声が、いまも耳に残っている。


「約束ね」



 記憶から抜き出した一枚の写真。

 そこに写るホタルの姿を再度目に焼き付けてボクは深く呼吸をした。無味無臭の酸素が脳に入ってくる。


「特別な夏、か」


 何も特別なことのない夏だった。UFOも宇宙人も未来人も、超能力者もいない。

 だけど、いま振り返ると、特別な夏だった。

 メグルくんの言っていたことが真実だと知ってからは。


「ホタルの隣でUFOを探すのは楽しかったなぁ」


 あの海、あの空、あの涙、あの声、あの時は、二度と帰ってこない。

 照りつける太陽の温度が恋しい。

 

「いかなきゃ」


 気づけば、ボクの操縦する戦闘機は目標地に到達していた。

 ボクは通信用マイクのスイッチを入れて、脳で強く念じる。


「降伏セヨ! ▽●※■×星人!!」

 

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