第50話 エピローグ

「ぐおおおお、身体痛てえ……全身に針が突き刺さってるみたいに超痛てえぇぇぇぇぇ」 

「な、情けない奴だな……。ただ登校してきただけで泣き言とは……」

「おめえだって、全身プルプルしてんじゃねえか! 生まれたての子鹿ですか、コノヤロー」


 ──昼休み。

 あの抱き枕カバー事件があった旧校舎の教室で、俺たちは苦痛に顔を歪めながらにらみ合っていた。

 

 それにしても顔を合わすなりこれか……。

 昨日の完璧なセッションが嘘みたいだぜ。


 アビスの使徒との決着から一日が経った。

 全身の激痛に、今日は学校は休もうかとも思ったのだが、もし中村が登校してくるとしたら、後で馬鹿にされるのが目に見えていたので、つい無理をしてしまった。

 無理なんかしなきゃよかったぜ。ボロボロなのは中村も一緒じゃねえか。


「――ま、全魔法少女の願いを一身に引き受けたんだからね。むしろ、その程度で済んでいることが驚きだよ」


 ひょっこりと窓から顔を出したオノディンが、当然のように会話に交ざる。


「オノディン? お前、あの後どこ行ってたんだよ、探したんだぜ」

「ちょっと上に報告にね。今のトップ、ホウレンソウしっかりしないと五月蠅いんだよ。サラリーマンのツライところだよね」


 ついに自分で自分のことサラリーマンって言ったぞコイツ。マスコット設定どこ行ったよ?


「全魔法少女の願いとは、どういう意味だ?」


 と、サラリーマン発言を華麗にスルーした中村が問いかける。


「やれやれ、さすがの中村も疲れで頭の回転が鈍ってるみたいだね。考えてみてごらんよ、たとえ正面切っての戦闘じゃなかったとはいえ、キミ達程度の力であれだけのアビスの使徒から逃げ回るなんて芸当、本当に出来ると思っているのかい?」

「それは……」 


 確かにそうだ。

 あの時は脳内麻薬ドバドバで気付かなかったが、俺も中村も歌っている最中にアビスの使徒の攻撃を何発か食らっていた。

 にもかかわらず、身体が痛いと嘆く程度で済んでいるのは一体――


「あの時、杉田が封印の鍵を砕いただろ?」

「ああ、あの宝石な」

「封印の鍵は、奏多をはじめとした全ての魔法少女の力や記憶――言うなれば〝世界を護りたいという願いの結晶〟だったんだ」

「それは何となくな。とんでもないエネルギーの塊だってのは一目見て分かったし」


 ステッキ一振りで壊しちゃったけどな。


「本来であれば、砕け散った願いの結晶は世界に散らばり、緩やかに、本来あった場所に還るはずだった……。けど、そうはならなかった」

「…………」

「一度バラバラに砕け散った魔法少女たちの願いは、キミ達の決意と愛に導かれて、もう一度集まった。そして、キミ達の身体に宿ったんだ――」

「それって……どういう………」

「どういうも何も、分かるだろ?」


「――キミ達が、最後の願いを託すに相応しい魔法少女なかまだと、他の魔法少女たちに認められたってことさ……」



         ☆



 ――その日の放課後、俺は再び中村の家にやって来た。


「遅かったな……」

「またそれかよ。お前、他に客に対する出迎えの言葉を知らねえのかよ」

「……お、お邪魔します」

「いらっしゃい、こころちゃん。ゆっくりしていってくれ」


 俺の背後から、おずおずと挨拶するこころに、中村が爽やかな笑顔を向ける。


「何その差。ぶっ飛ばすよ、奏多さん家のお兄ちゃん」

「妹の前でその言葉遣いは教育に悪いのではないかな、こころさん家のお兄さん」


 会うなりバチバチと火花を散らす俺と中村。

 実際は、お互い立っているのがやっとだったりするので、それを思うと馬鹿らしい光景なのだが、中村の顔を見ると、つい張り合っちまうんだよな……。


 いくら共に死線を潜り抜けた仲だろうと、これだけはどうにも変わらないらしい。


「オノディンはどうした?」

「しばらくは距離を置くってよ。奏多ちゃんの記憶がどうなるかわからねえのに、不用意に刺激を与えたくないらしいぜ」


 魔法少女としての記憶は、戻るかも知れないし、戻らないかも知れない。

 戻るとしても、どれくらい時間が掛かるかもわからない――というのがオノディンの見解だった。


「あの馬、最初は『魔法少女ものの大団円にマスコットは必須じゃないか』とか、偉そうに言ってたくせに、結局直前で逃げやがって……」


 あいつ、奏多ちゃんと顔合わせるのに怖気づきやがったな。

 奏多ちゃんを魔法少女にした手前、責任感じてんだろうけど、マジで逃げるってどうなんだよ。


「責任感が強い割に、存外小心者なあの馬らしいな……」

「ま、どこかで見てるだろ。『街の一番高い場所で平和になった世界を見下ろすマスコットってのも、魔法少女ものの最終回らしくてカメラ映えするだろ』とか言い訳してたからな」


 なんて会話をしつつ、周囲を確認するが、やはり中村の妹──奏多の姿は見当たらない。


「で、奏多ちゃんは……まだ寝てるのか?」

「ああ、まだな。――が、さっき寝言を言っていた。ずっと、身動き一つしなかったのに寝言だぞ……笑えるだろ?」 


 そう言って笑う中村。

 その表情に、この男はこんなにも安らかな顔ができたのか――と驚く。


 元々の顔の作りが良いから、コイツのこんな表情を見たら学校の女子連中はイチコロかも知れない。

 つーか、中村が学校でキャーキャー言われてるシーンを想像すると、死ぬほどムカつくな。

 俺が笑顔なんて浮かべた日にゃ、キャーキャー悲鳴しか上がらんというのに。


 もし中村がモテ始めたら、その時は絶対邪魔してやろう。


「で、眠り姫はどんな寝言を言ってたんだ?」

「……兄としては負けたようで認めたくないのだがな……」


 中村はそう言ってから、優しいため息をついて、こころを真っすぐに見る。そして、


「こころちゃん、奏多は君の名前を呼んでいたよ。何度も、何度も、懐かしむように、慈しむように――」

「――っ!」


 瞬間、こころの瞳から涙が浮かぶ。

 居ても立ってもいられないと、こころは弾かれたように走り出す。

 中村の隣を抜けて、躓きそうになりながら階段を勢いよく駆け上がる。


 その目的地は言うまでもない、奏多の部屋。


「いいのかよ、奏多さん家のお兄ちゃん? 大大大好きな妹が取られちまうぞ?」


 こころを何も言わずに見送った中村を挑発する。しかし、


「俺は杉田ほど過保護ではないからな」 


 中村はあっさりと、晴れやかな顔で言ってのける。


「妹と心中しようとしてた奴がよく言うぜ」

「お前の方こそ良いのか、妹が奏多に取られても?」

「良いに決まってんだろ……。つーか、俺が何のために、世界滅亡まで天秤にかけて戦ったと思ってんだよ?」

「…………?」

「答えならすぐそこにあるだろ?」


 会話を続けながら、ゆっくりとこころの後を追う俺たち。

 やがて奏多の部屋に辿り着く。

 二人の邪魔をしないよう、そっと中を覗くと。


「うぐ、ひぐ……奏多、やっと逢えた……」

「うん、ただいま、こころちゃん。ずっと寂しい思いさせてごめんね……」


 ベッドで上半身を起こしている奏多ちゃんと、その身体に抱き着いているこころが居た。

 二人とも泣きじゃくりながら、互いの存在を確認するように、運命の人との再会を喜び合うように――優しく、力強く、抱きしめ合っていた。


「ばか、それわたしの台詞だから。ほんと、ごめん……ごめんね、奏多……」

「ううん、こころちゃん。私こそ心配かけて……。それと、また逢えてすごく嬉しい……」

「わたしも逢いたかった……嬉しいよ、奏多……大好き」

「うん、私も大好きだよ、こころちゃん」


 感動の再会に目頭が熱くなる。

 ハァハァ……尊いが過ぎるぞ。

 そうだよ。俺はこの時のために戦ったと言っても過言じゃないんだ。


「中村、さっきの――何で俺が、世界の滅亡まで天秤にかけて戦ったかって話の続きだけどな……お前、知ってたか?」 



「――魔法少女百合ってのはな、世界より重くて、宇宙より尊いんだぜ……」




────────────────────




『魔法少女、杉田と中村。』これにて終幕です。


 おおよそ単行本一冊分になりますが、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


 TSとは名ばかりのインチキTS声優ネタ小説みたいなものですみませんでした。

 こんなアホな小説を三次選考まで進ませてくれたGA文庫様にはマジで感謝です!

(もちろん、声優ネタは関係なく、内容を評価して下さったのだとは思いますが……たぶん)

 続きの構想もあるにはあるのですが、人気が出ないことには……ですよね。

 魔法少女諏訪部、書いてみたかったなw


 それはそうと、次回作の『TS百合に俺はなる!』も、同じくGA文庫大賞三次選考落選作品となっております。

 今作と違って、本格TS百合ラブコメ!

 自身最新作にして、最もよく書けた作品だと自負しています。


『初恋を手に入れるために完璧高校生となった俺は、女の子になっても初恋を貫く!』

 

 そんな物語ですので、是非読んでみてください。

 (連載開始は十二月中旬頃を予定)


 

 それと、もしこの作品が面白かったと思っていただけたら、☆やレビューで応援して頂けたら嬉しいです。


 それでは本当にありがとうございました。

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魔法少女、杉田と中村。 間一夏/GA文庫大賞3作連続・三次選考 @hazama_ichika

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