おごられし者
大隅 スミヲ
【ノンフィクション】ほんとうにあった怖い(?)はなし
その日、出先で仕事を済ませた私は、少し早い昼食を取ろうと考えていた。
あまり土地勘のある場所ではなかったが、商店街にある一軒の中華料理店が目に入り、その店に入ることにした。
その中華料理店はまさに町中華の店という感じで、入り口にはラーメンと書かれた赤いのれんがかけられていた。
店内に入ると「いらっしゃいませ」と中年の女性店員が声をかけてくる。
まだ昼前ということもあって、店内には客が2人しかいなかった。
作業着を着た男性と、少し頭の禿げあがった職人風の男性だった。
私は空いているテーブル席に腰をおろし、メニューを見た。
ラーメン、チャーハン、酢豚、餃子、カレーライスなどなど。様々なメニューが文字のみで並んでいる。
ラーメンも食べたいし、チャーハンも食べたい。
そう考えた私は、半ラーメンに半チャーハンというセットメニューを注文した。
水はセルフサービスで、冷水器のところに置かれているプラスチック製のコップを取って、自分で注ぐ。
注文した食べ物が届くまでの間、スマートフォンの画面へと目を落としていた。
店の隅に置かれているテレビでは、昼前のニュース番組が流れている。
厨房からは鍋を振る音が聞こえ、食欲を掻き立てるようないい匂いがこちらまで漂ってくる。
「はい、お待たせしました。半ラーメンと半チャーハンのセットです」
しばらくして、私のテーブルに注文したものが届けられた。
どちらもおいしそうだ。
箸を取り、手を合わせてから、レンゲを使ってラーメンのスープをまずは飲む。
シンプルでさっぱりとした醤油ベースのスープだったが、これがうまい。
続いて麺を食べる。
ほどよい硬さのちぢれ麺は、よくスープに絡み、口の中においしさを届けてくれる。そして、のど越しも良かった。
これはアタリだ。
ある程度、ラーメンを食べた後、今度はチャーハンへと手を伸ばす。
レンゲを使い、ひと口。
細かく切られたチャーシューとネギの味が口の中に広がる。
ごはんはパラッパラで、ほどよく水分が抜けている。
これもまた、うまい。
チャーハンを頬張り、口の中の水分がなくなったところで、ラーメンのスープを少し飲む。これぞ、町中華の王道の食べ方。
幸せな時間はあっという間に過ぎていく。
きれいに全部食べ、ラーメンのスープもほとんど飲んでしまった。
最後に水をひと口飲むと、ごちそうさまですと口に出していい、席を立ちあがった。
「はい、ありがとうございます」
中年女性店員はそういってレジのところに立つ。
「お会計はご一緒でよろしい?」
「え?」
私は自分の耳を疑った。
いま、何て言った?
たしか「お会計はご一緒でよろしい?」といったはずだ。
私は思わず、後ろを振り返ってしまった。
しかし、誰もいない。
いるはずもない。
私よりも先に入店していた作業服の男性と職人風の男性は、すでに食事を終えて店を出ていたし、私よりも後に客は誰もやってきていなかったのだから。
「あ、ああ、ごめんね。間違えちゃった」
笑いながら中年女性店員はそう言うと、半チャーハンと半ラーメンのセットの値段を私に伝えてきた。
私は支払いを済ませると、もう一度だけ、後ろを振り返ってみた。
そこには、やはり誰もいなかった。
一体、女性店員には誰が見えていたのだろう。
そして、どさくさに紛れて、私に奢ってもらおうと思った図々しい奴はどこへ消えたのだろうか。
謎が謎を呼ぶ、昼休みだった。
おごられし者 大隅 スミヲ @smee
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