第2話
私は泣きながら里に戻っていた。
母は私を政略婚させたくて里から出さぬように妖力を抑え込む鎖までつけていたが、フードを被った同族が鎖を外して逃がしてくれた。
それを判っていながら私は元の鎖をつけられていた場所に戻り泣いてしまった。
しばらく泣いていると母がやってきた。
「人間との結婚なんてむりだったでしょう?」
「お母さま・・・・、でも私は・・・、彼も私を愛してくれました・・・。けれど・・・・人間を・・・捨ててくれなかった」
母は私を抱きしめてくれた。
「人間は所詮食料なのです。わたくし達にとって人間との結婚など無意味なのです。わたくしが貴女のことを考えずに婚約相手を見つけるわけはないでしょう?人間を食料として見ているのに、人間と恋をしたいと言った貴女を悲しませたくなかったのです」
母の温もりを感じ私は涙が溢れてくる。最初に言っていたように母の紹介してくれた婚約者と会っていたら変わっていたかもしれない。もし倉庫で見た書物を見なければ母の言うとおりにしていたかもしれない。
私にとって恋愛感情などなかったのに、先祖が残した人間との純愛の書物を見て憧れを抱いてしまった私は、母に反抗し様々な人間と出会いながら心の底から愛せる男性を探していたというのに、竹に愛され、私も心の底から愛した。
最後に彼が本当に愛してくれているかと思い、姿を消して違う場所で人間を喰らいながら他にも人間との出会いを求めていたが、竹ほどの人間は居なかった。
そして竹は現れてくれた。最後まで体がボロボロになって歩けなくなるまで探してくれた。
だから私は彼を同族として変化させようとした。
けれど彼は最後の仕上げを拒絶してしまった。
「わたくしが貴女に相応しい殿方を探さないわけないでしょう?身分の差も関係ない政略婚でもないのですよ?彼は昔から貴女を想っていたようです」
「私を知っている殿方?」
氷の女王とさえ言われていた私を想っていた殿方が居た?
恋愛感情がなく殿方の前では無表情で冷たいとさえ言われ、私を遠のけていく男性も居たが私が男性に嫉妬していた女性も沢山いたからつけられたあだ名で私は、そんなことも関係ないと思っていた。
「どのような方なのですか?」
「小さい頃に一緒に倉庫で遊んでいたではないですか。共によく遊び学び、お互いに成長していくのを相手のご両親と楽しんでみてましたよ」
「そうなんですね。覚えていません・・・」
その言葉に母は残念そうな顔はしなかった。
逆にホッとした表情で私を抱きしめてくれた。
「良いのです。あの頃の貴女は情緒不安定で昔のわたくしのようでした。そこは理解してますよ」
「昔のお母さま・・・?」
「わたくしも若い頃は、殿方とお付き合いすることの意味がわからず曾祖母を困らせたものです」
ふふふ、と母はやわらかく笑ってくれて、それがまたグッと涙がこみ上げてくる。もう少し私も待っていれば里の中で恋仲になって里から出る時は食事の時だけだったかもしれない。それを蹴って里を飛び出し人間との恋仲を選んでしまった私は母を困らせただろう。
「あら?」
「里長、月光様が戻られたというのは本当ですか」
息を切らせて現れた青年には見覚えがある。
「来季・・・?」
「あら?覚えてるいるのですね。こちらに来なさい来季」
「はい」
来季は里を出る前、幼い頃から周りがどんなに私から離れて行っても、私が冷たくしても笑顔で傍に居てくれた。一緒に書物を読んで憧れを抱いてしまったと言った時も応援してくれた。
初めての私の笑顔を見て喜んでくれていたのも彼だけだろう。
「月光、わたくしが婚約者として選んだのは来季なのです。昔から貴女を支えてくれたのは、来季しか居ませんでした。今の貴方もきっと支えてくれるでしょう」
「来季が・・・?私の婚約者?」
「里長、まだ月光様は混乱してます。とりあえず里でゆっくりしてもらってから話を進めましょう」
「あらあら、わたくしとしたことが、性急すぎましたね。月光、屋敷に戻りましょう。ここには嫌な思いでしかないでしょう?無理矢理閉じ込めてごめんなさいね」
「・・・私を想っての事でしょう?大丈夫です」
里の皆に歓迎はされないが貼り付けられた笑顔で迎え入れられ、私は気分が悪くなってしまうが来季が肩を抱いて支えてくれた。
「気にすることはないです。皆、昔の貴女しか知らないからです。これから変わったことを知ってもらえば良いのです」
「ありがとう・・・来季・・」
来季とは幼い頃に蔵で遊んだというより、私のあとを追ってきた来季が倉庫で一緒に書物を読んでいたことを思いだす。
「月光様、蔵に入っても大丈夫なのですか?ここは里長の許可がないと無理なのでは?」
「だったら私についてこないで。私に近寄らないで」
私は蔵の裏口を知っていた。そこにも鍵はかかっていたが劣化して簡単に開けれるのだ。蔵の中は薄暗くカビ臭かったが私の心を落ち着かせた。
元々私は書物が好きだった。蔵の中は昔の本であふれており私の知識になってくれる。
だが今回手を出した書物が運命を変えた。
「この本、かなり古い・・・」
表紙には〈愛しき者〉と記されており、周りのものより劣化していたが読めない事もなく蔵の光の当たる窓のふちに座って読み始めた。
私は内容を読んでいることに集中しており来季がいることを忘れていた。
内容は先祖の話で里を抜け出した子供を探して姉が里を出て人間を喰らいながら弟を探して各地を回っていた。という簡単な中身だったが、その後が胸を躍らせた。
弟を見つけた姉は時折、書置きもせずに里を抜け出して数年帰ってこない事もあった。それを怪しんだ里長は捜索隊を組み姉のあとを追わせると、人間に化けた姉はフラフラと各地を回るだけだった。
食料として人間を喰らいつつだったが、妙な点はなかった。そしてまた里に戻り、いつも通りに振る舞い、また里を抜け出し。それを繰り返していた。
だがある日の捜索隊は見てしまった。
月明かりの下で人間に抱きしめられる姉の姿を。
そして姉も人間を抱きしめて口吸いをし正体を見せ、それも人間の男は怯えずに愛しそうに抱き合い姉は人間を包み込むと姿を消した。
捜索隊は周りを探したが見当たらず、仕方なく里に戻り里長に報告すると里長は諦めた様に姉の出入りを禁じた。
だが、十数年後に姉は戻って来た。その傍らには子供を抱いた人間だった男がいた。
「人間を同族に・・・?そんなに愛していたの?人間を・・・・、食料だけじゃなくて愛しいものとして・・・?なんて素敵なんでしょう」
「人間と私達では溝がありますから簡単にはいかないはずです。数年フラフラとしていた意味も分かりかねます」
「きっと人間が追いかけてくれるか試したのね。愛するものを探して数年も・・・、私もそんな愛を知りたい」
「ダメですよ!里長が何と言うか」
「黙って、続きがあるわ」
戻って来た姉と男の間に出来た子供は、不穏な噂を作り上げられ里から追い出そうとされたが、里長が制止させた。
孫として認めたが、危険分子として男と子供は姉から遠ざけ隔離され屋敷の座敷牢に入れられ、姉と会う事を禁じた。
その姉は会えないとなって気が狂い自ら命を絶った。
同時に男も原因不明の死を遂げ、残された子供は死んだ男の肉を喰らい成長し凶暴な同族となり、座敷牢から脱走し今も行方不明であり里長は数十年に渡り探していたが、人間のところで不穏な噂を聞いた。
その噂は獣が人間を襲い村を確実に村を消していっている事だった。
人間に我らのことを知られるのはマズいと思った里長は里でも武道派の者を集め里から出て探すように命じた。
そして数年後、噂は消え子供を殺したのかと思って武道派の者の帰還を待っていたが、誰一人帰ってこず妙だと思った里長は更に村の者を里の外へと出して情報を探すように命じたが、最後の情報は子供が人間と一緒に暮らしているというものだった。
大人しくしている以上、手を出せば被害を出すと思い里長は食料の人間を必要以上喰らわないと思い子供の捜索、殺害を諦めた。
「親が殺されたことによって子供が凶暴に変化したのですね。親子愛、夫婦愛は素敵です。私も、そんな親子となって書物とは違った結末として幸せに暮らしてみたいです。きっと人間を変えてしまった女性の方が死んだことによって私たちの同族となった男性の方が力を失い、死んでしまったのですね」
「子供の方は・・・?」
「それも同じく、父親の血肉を喰らってしまったのが原因でしょう。人間から私達同族となった者は居ません。もちろん血肉も変化していたのでしょう」
私は、その時から恋焦がれてしまった。
書物のように最悪の結末ではなく、幸せな家庭を築き最後まで私を探してくれる殿方を人間で探し、各地を転々とし殿方が私を探し続けてくれるのか。
私たちの寿命は長い。
一人でも良いから最後まで探してくれる殿方は居るはず。
「こら、誰か居るのか!!」
ビクッと父の声が聞こえて慌てて裏口から抜け出した。
「月光様、今の貴女は今までとは違う雰囲気をしています。とても魅力的です」
「今までは、どうだというのです?そもそも貴方には関係ない事です。これは他言無用です」
「もちろんです」
屋敷に入ると何もかも変わっておらず死んだ父の肖像画や人間の骨、書物の棚があった。
「お嬢様、御着物をお持ちいたしました」
「・・・・もっと気軽なのはありませんか?」
「次の里長になられるのであれば身なりは、整えておかねばなりませぬ。どうかご理解を」
私を私のままで見てくれるのは、この人、紅殻だった。
私の無感情な時も心配ではなく、学ばせようと様々な書物を持ってきてくれて私は書物を読むようになったが蔵で見たような書物はなかった。
つまり心が動かなかった。
私が蔵の書物を読んだのちの変化に気づいた紅殻は、母より早く気づき、とても喜んでくれたが何故とは聞かなかった。
もしかして気づいていたのかもしれないが、知っても知らなくても喜んでくれたことには間違いない。
今回も里を抜け出して人間との恋がしたいというもの書物の影響だと判っていながら聞いてこない。
「お嬢様、私も昔はやんちゃをしたものです。本来なら数人で人間を喰らいに行くはずが一人で行って迷子になって里の方を困らせたものですよ」
「迷子になるなんて紅殻らしくないわね」
着物を着せられながら会話をしている内に着替えは終わり、今まで以上に重たい着物で肩や腰に負担がかかる。
「月光様、背筋を伸ばし堂々としてください。昔のように甘やかしません」
「手厳しいわね。紅殻」
「月来様も成人しております。いつまでも子供ではございません」
紅殻の手厳しい一言に私は胸をはり負担のかかる背筋を伸ばし廊下に出ると母が待っていた。
「昔のわたくしのようですね。来季が待っていますよ」
「はい」
長い廊下を歩き、来季が待っている部屋の前に立つと来季の声が聞こえた。
誰かと話している声だった。
「大丈夫だ。僕には君だけだから、安心して」
「来季?誰かいるの?」
ふすまを開けると誰も居ない」
「月来様お待ちしておりました。やはり貴女は何を着ても美しいですね」
「来季、質問に答えなさい」
来季はニコニコしていた笑顔が消え、鋭い目つきになり雰囲気が変わった。
「誰も居ないと思ってましたが、声まで聞こえてましたか。やはり貴女と僕は似ている」
「ら・・いき・・・?」
来季は立ち上がり私に近づいてきた。同族とはいえ身分が違う私に手出しするわけもないと思っていたので何をされるかと内心、来季が恐ろしく思えた。
「月来様。今夜、会わせたい者が居ます。誰もが寝静まった後に迎えに来ますので起きていてください」
「わ・・・かったわ・・・」
うなずくことしか出来なかった。
他の答えを出せば何をされるか分からなかったからだ。
来季が帰り私は力が抜けた様に、その場で座り込んでしまった。
呆然とするしかなかった。
紅殻が慌てて私の異変に気付いてきてくれた。久しぶりの着物で疲れたのだろうと簡単な理由で着物を脱がせてくれた。
そして布団を用意し早く横になれと促し、私は横になり未だに落ち着かない来季の、あの鋭い目つきが悪寒さえ感じ始め布団にもぐりこんだ。
数時間後、襖越しに来季の声が聞こえた。
「起きてますか。月来様、迎えに来ました」
声だけでもビクッと体が跳ね起きた。
「起きてますか?」
「え・・ええ」
ふすまを開けて庭を見ると来季は人間の服を着ており、私は寝間着のままだったが寒くもなかったので静まり返った生ぬるい風を浴びた。
「何故、人間の服なの?」
「とりあえずついてきてください」
促されるままに来季のあとをついていった。
門番が居る門ではなく壁を簡単に飛び越え、常々思っていたが私たちの種族に門番など無意味ではないだろうかと思う。
しばらく歩いていると山奥にまで来た。ギリギリ里を抜けない程度の山奥で洞窟のようなところがあった。
ここも知っている。
ここも妖力を抑えるための牢屋だ。
「サエ、僕だよ」
「サエ?」
聞いたことのない名前に私は疑問に思う。そして来季は遠慮なく中に入っていくので私も中に入った。
そこには私たちと同じではない人間でも同族でもない姿をした女性が鉄格子越しに腕を出して来季の手を握った。
「サエ、大丈夫だ。僕は君しか見ていないよ。安心して」
「あー・・ら・・・い・・・・」
「この方は?」
「僕もあれから人間との恋というものに興味をもちまして、里を出てからサエと会ったのです。恋に落ちました。サエは家族と距離があり政略婚を強制的にされそうだと嘆いていて。僕はイチかバチか正体を明かしました。そして逃げるようなら、そのまま人間として暮らして行ったほうがいいと思いましたがサエは、逆に僕を抱きしめてくれた。とても美しいと褒めてくれました。そして書物のように出来るか判りませんでしたが、人間を同族に変えることに成功しました。人間を喰らう事も教えると簡単に実行しました。最初に食らったのは両親です」
「相当恨んでいたのね・・・、でも状態が妙ね?書物と違う」
「判りません。しかし僕はサエを愛している。貴女との婚約は破棄されると思ってました・・・。けれど貴女は帰って来た」
彼の声は低音になって、ゆっくりと振り返った。
その表情は冷たく、肌でも判るくらい殺気がもれている。
「私とて帰りたくて帰ったわけじゃない。私も・・・・、竹と・・・一緒に生きたかった・・・。貴方のように一緒に居るだけでも良かった。人間とでは生きる時間が!時がちがいすぎるのよ!!」
私はヒステリックに叫ぶと、来季からの殺気は収まっていきサエのほうに向きなおった。
「月来様一つだけ僕が知っている情報がありますが、聞きますか?」
情報?今この状況での情報とは何かと気になる。
「聞きたい。何を知っているの?」
「あれから僕は、何度も蔵に入り書物を読んでました。もちろん全てです。そして人間を変えて同族にしたのは一人だけではないと知った。しかし仕上げの人間を喰らう事をする人間は居なかったと記されており、非業の結末を遂げています。でも・・・・、奇跡は起きたんです」
「奇跡・・・?」
「はい、その魂は・・・、生まれ変わり同族とは違いますが僕たちとは違う妖となって生まれ落ち、お互いに探し求め出会い、最後まで一緒になったそうです」
「・・・そんな・・・」
「ら・・・き・・・・、あ・・い・・・て・・・る」
「僕もだよ。サエ・・・・、早く君を本当の同族として迎えたい」
うっとりした表情でサエの涎まみれの顔を気にせず口吸いをする来季を見ながら思ったのは、来季も既に気が狂っているのではないかということだ。
そして少しの希望を持てた。
竹の魂が生まれ変わって妖として生まれ変わっていれば再び会える可能性があるという事だ。
それでも不安はあった。
私は最後の時、竹の生気を全て喰らってしまったはずだ。
微かにでも残っていればという期待をして良いのか判らないが、今の来季とサエの邪魔は出来ない。彼は既に私を敵だと判断しているのだから。
「来季、私は・・・もう一度里を出ます。お母さまには他言無用です」
「判ってくれましたか・・・。月来様・・・。僕もサエを同族として迎えるために様々な方法を探します。お互いに良い報告を待ってましょう」
「そうね。お互いに良い報告が聞けるようにしましょう」
私は屋敷に戻らず里の外へと続く道へ向かった。
だが甘かった。
「月来・・・貴女には幻滅しました」
月の明かりに照らされて目を光らせる母の姿と数名の近衛兵だった。
「お母さま!!お願い!!私は竹を迎えに行きたい!!」
「懲りていないのですね・・・、可哀そうに・・・人間に毒されてしまった・・・。可哀そうな子・・・」
「竹は最後まで私を見てくれた!!今度はお互いに探す番!!これで最後にします!!お願いします!!」
母は、ゆっくりとした足取りで私に歩み寄って来た。目の色が変わって赤く染まっている。
これは母が本気で殺しにかかっている事だと知っている。
父を殺したのも母だったからだ。
あの時の母を見たのは隠れていたからで、母には気づかれなかったが父と何かでもめていた時に見せた赤い目だと確信し私は本気で逃げることを考え違う道を探す。
だが近衛兵に囲まれている以上、何も出来ない。
早く出たい苛立ちと恐怖が入り混じり、私の中で何かが呟いた。
ー殺せば良いじゃない
「え・・・?」
その声を聞いた瞬間、私は意識を失った。
次に目覚めた時、血まみれの母と首や足がもげた近衛兵が散らばっていた。
幸いなことに母の命まで奪ってないらしい。
「・・・う・・・」
「お母さま!!」
「げ・・つら・・い・・・。あな・・たの・・・けつ・・いは・・、わか・・りました・・・。い・・・きな・・さ・・い」
喋れているという事は再生するまで時間がかかるが生き残ることが出来ると判断し、私は血まみれの姿で里からの抜け道から外の世界へと出た。
永遠に一緒にはなることはない スリヤ・トミー @3715
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