永遠に一緒にはなることはない

スリヤ・トミー

第1話

 昔あるところに相思相愛の女性と男性が居た。

 お互い相手を思いやり愛し合い、二度と離れまいと願っていたが、ある日突然女性が消え、男性は探し回ったが見つからなかった。

 村の人間も微笑ましく思っていたので山の中や村の外を探し回ったが見つかることなく男性を慰めることしか出来なかった。

 もちろん男性は結婚の申し出も断り、女性を求めて村を出て探し回った。

 数年、十数年と探し回り男性は足がボロボロになり体も悲鳴を上げても探し求めた。

 だが、ある日の事だ。

 男性が意識を失い、目が覚めると温かい布団の上で食事を作る包丁のタンタンと規則正しい音が聞こえ、起き上がると台所で男が食事を作っていた。

 彼は気づいたのか振り返り笑った。年齢的に同じ年齢に見えたが自分より死にかけた様に青い顔をしていたが、倒れそうというわけではなく食事を運んできた。

 「気が付いたようですね。だいぶ体を無理してたようなので・・・。食事を作りました。食べれますか?」

 彼の名前は信と言った。もちろん自分も名乗り、何故ボロボロだったのかと問われることなく静かに食事をとっていた。

 「訳を聞かないんですね」

 「竹さんが言いたくないという顔をしているからですよ。聞いてほしいですか?」

 「いや・・・、普通は聞かないか?こんなボロボロで死にかけている人間を助けようなんて考えないだろう」

 「私も昔、竹さんみたいに死にかけるくらい探し求めたものがありました。しかし見つけることはなかった。それでも助けてくれた人がいた。その人は死んでしまいましたが、私は恩返しとして誰かを助けたいと思って生きています」

 竹は関心して話を聞いていたが、自分と同じ状況というのが引っかかり聞くと事にした。

 「俺は恋人を探して各地を探し回っていた。けど情報もなく十数年がたった。それでも彼女に会いたかった」

 「その彼女の手掛かりは見つかりましたか?」

 「いや・・・、影も形も見つからない。見たものも居なかった」

 信は食事を終えると一枚の布を出してきた。その布には見覚えがあった。

 彼女に渡した帯だった。着物に会う赤をベースとして模様を描いた自分が作り上げたものだから間違いない。

 「これを・・・どこで?」

 「やはり貴方でしたか。これは私の娘を・・・娘をさらった妖怪が捨てていったものです」

 「娘を・・・さらった?妖怪?」

 「はい、まるで娘の代わりに与えると言わんばかりに着物まで置いて行きました」

 そう言って信は赤い着物を持ってきた。十数年前に最後に見た彼女が着ていた着物と帯だった。

 「貴方の探しているのは妖怪であり、私の娘をさらった者と同じではないですか?」

 「そんな・・・・。彼女が妖怪で・・・・、人の子をさらって・・・?」

 信じがたい話だったが、目の前にある着物と帯と並べられると信じるしかなかった。

 それでも彼女ではない人間だと思って否定する自分が居た。

 「彼女なわけがない!俺と結婚すると言ってくれていたんだ!俺は信じない!!」

 「信じるも信じないも貴方次第ですが、私は娘をさらった妖怪を許すことが出来ない。娘を返してほしいと十数年探し続け倒れているところを助けてもらったのも事実です。今でも娘を探すために夜に彷徨ってしまいます。近くでしか探せないのが悔しいですが、十数年で同じところに帰って来ただけなんですよ」

 「待て、同じ場所?元の村に戻って来たのか?」

 「はい、各地を回り、いつの間にか自分が居た村に帰ってきて村人は私の事など忘れ、妻も病死してしまっていて・・・・、この離れた小屋の老婆に助けられました」

 「そうか・・・、じゃぁ俺も・・・・、もしかしたら村を通っていたかもしれないのか・・・」

 「しばらく休んでいってください。その体では彼女を探すことは出来ないでしょう。私は・・・・娘の事を諦めてしまいました」

 「・・・・」

 俺は何も言えなかった。信に励ましの言葉も言えず彼女が少女を攫ってしまったことが本当なのかと疑念を抱えながら用意された布団で死んだように眠ってしまった。

 そして夢を見た。

 まだ彼女と出会って間もない夢だった。



 「竹さんは綺麗な帯を作るのね」

 最初の出会いだった。彼女は時折現れては俺の仕事を見に来ていた。

 彼女は村人さえも知らないと言っていたが段々と村人とも親しくなり、俺も彼女に心を開き、数か月後に結婚を前提とした付き合いを申し出た。

 彼女はビックリした顔をしていたが、笑顔で抱き着いてきた。それを見ていた村人も喜んでくれた。

 彼女の名前は小夜と言った。どこかで聞いたことのある名前だったが気にせず彼女との逢引きを楽しみにしながら夜には眠り朝早くには会いに行った。

 昼間は小夜が仕事を見たいというので、他の仕事仲間にも、茶化されながら仕事を見ていてくれた。

 「別に仕事休んでも良いんだぞー」

 「私が見たいんですよ。仕事する男性って素敵でしょ?」

 その言葉だけで他の村人も頬を染めて照れていた。

 そして俺は小夜の帯が傷んでいることに気づき内緒で帯を作りプレゼントした。

 「私にですか?素敵・・・・、帯が傷んでるなんて気づいてくれたんですね」

 「よく見てるだろ?着物もプレゼントしたかったけど、俺は帯しか出来ねえんだ」

 「帯だけでも嬉しい。ありがとう・・・・、さっそくつけるね」

 次の日には巻いてきてくれて赤い着物と合い綺麗だった。もちろん着物も傷んでいたが、お金をためてプレゼントしてやろうと思った。もちろん新しい帯も作って、結婚を申し込み、二人で暮らしていこうと思って・・・・。

 しかし彼女は来る回数が減っていった。

 村人も心配し浮気でもしてるのでは?とざわついていたが、ひょっこり現れては俺の仕事を見て一緒におにぎりを食べて話をしていたが、何故か来ない理由を聞いてはいけないと思い黙っていた。

 それでも会いに来てくれるだけで嬉しいと感じていたので、村人も信じ切っていた。

 小夜は段々と夜に来るようになった。まるで誰にも会いたくないと言っているように、もちろん疲れ切っている俺は眠たかったが小夜が来る限りは起きて彼女が帰ってから数時間だけ眠り仕事に行った。

 「最近、小夜ちゃん見ないけど喧嘩でもしたのか?」

 仕事仲間が聞いてきたが、理由を説明すると余計に不満を言ってきた。 

 「まるで俺たちには会いたくねえって感じするな?本当に村の仲間に入る気があるのか?大丈夫か?最近お前の調子も悪そうだし」

 「俺たちに不満があるなら言ってほしいよな。村の仲間入りするなら水臭いぞ」

 「彼女にも理由があると思うし、何も聞けねえんだ」

 「おいおい、旦那になるなら嫁の行動くらい見とけよ」

 まだ夫婦じゃなかろうにと年寄り連中は言った。

 しかし聞いてはならないと、頭のどこかで思ってしまい夜の逢引きを楽しんでいた。

 「ごめんね。最近疲れてるよね」

 「良いんだ。けど村の連中も心配してるぞ?」

 「うん・・・、最近・・・・体の調子がおかしくて・・・」

 「なんだと?どこが悪いんだ?医者には見せたのか?今からでも村の医者を叩き起こすか?」

 「大丈夫。村の人も心配してた?大丈夫って伝えてね。また来るね」

 そう言って小夜は愛おしそうに俺の頬を撫でてくれた。

 今まで口吸いさえしたことのない俺と小夜だったが、今回初めて小夜から口吸いをしてくれた。

 ビックリした俺だったが、照れ臭そうに立ち上がって去っていく小夜を追いかけようとしたが立ち上がることが出来ず、意識を失った。

 朝になり村人が起こしてくれたが、自分で立ち上がることが出来ずに支えてもらいながら自分の家で横になった。

 「何があったんだ?小夜ちゃん来たんだろ?」

 「竹・・・、話がある。他の者は仕事に戻るんじゃ」

 「長老?」

 長老と呼ばれた老人も人に支えてもらわないと歩けないほどの年寄りで、ほとんど外には現れないくらいだった。

 その長老が現れたという事は何かがあると村人が思い、何も言わずに皆仕事や農作業に戻っていった。

 「最近、村人から小夜と言う娘が来なくなったと聞いたが本当か?」

 「えっと・・・はい」

 「段々と来なくなったのも本当じゃな?」

 「はい」

 「竹・・・、その娘の事は忘れるんじゃ。村人にも言うてはならぬ」

 「何故ですか!?」

 「その娘は・・・・・


 そこで目が覚めた。

 朝日が眩しい。久々に熟睡したと思うが小夜にあった頃の夢を見たと思うと切ない。

 「うなされてましたよ?大丈夫ですか?」

 「彼女と出会った夢を見た・・・・。懐かしいはずなのに・・・」

 「判りますよ。私も娘の夢を何度見たことか・・・」

 今まで忘れていたことがあったが、最後に長老に言われたことだけは思いだせない。まるで靄がかかったかのように記憶から消えている。

 「今日もゆっくりしていてくださいね。その足じゃあ歩くのは無理だと医者が言ってました」

 いつの間に医者なんて呼んだのだろうか?眠っている患者を診る医者なら怪しいとしか思えないが、心配してくれて呼んだのだろうと思って自分の足の裏を見ると処置されたあとがあった。

 「ありがとう。今日も世話になって良いのか?」

 「その足では何も出来ないでしょう?」

 「それもそうだな。迷惑をかける」

 「良いんですよ。恩返しは恩返しで返すんです。私は受けた恩を誰かの為に使うと決めたんですから」

 「お人好しと言われそうだな。いつか騙されないか?」

 「それは仕方ない事ですね。では畑の様子を見て来るので、ゆっくりしていてください」

 「ああ」

 竹はゴロンと布団に横になり、天井を見ていた。そして人影のようなものが横切った。思わず起き上がり目をこすって確認するが何もなかった。

 「誰か居るのか?」

 答えるものは何もなかったが、俺は気になって仕方なく痛い足で立ち上がり天井を見上げていた。

 人影があったところから布切れが落ちてきた。着物の破けたような生地で幼子が好む色と模様だった。

 「誰かいたのか?」

 激痛が走る足で天井に上るために台所にあった樽を持ってきて天井に顔を出すと、端っこに幼子がいた。

 「危ないよ?こっちにおいで。何もしないから」

 「見つかったらダメなの。おっとうが殺されちゃうの」

 「父親って信の事か?」

 「うん。私が見つかったら、おっとうを喰らってやるって言われてるから、おっとうを守るって決めたの」

 「でも君が見つかっても食われるんじゃないのか?」

 「うん、でもおっとうが心配で約束したの、おじちゃん伝えてくれる?私は死んだって・・・、二度と会えないって・・・、おじちゃんに見つかっちゃったから・・・、あいつか来ちゃう。私もお、おっとうの傍に居れない」

 アイツが来ると言われ危険なのはわかったが、信が言っていた少女なのか判らないが幼子のままの女児を天井なんて置いとけない。

 「アイツが来るなら余計に、こっちにおいで。天井は危ない」

 「ダメ・・・おじちゃんも食われちまう」

 カタカタと女児が震えだし、俺の後ろを見ていた。もちろん気配を感じた俺も振り返ると獣の耳が印象的な女が女児の前を通り過ぎると女児の姿は消えていた。

 残ったのは女児が着ていた着物だけだった。

 「何してるんですか!?危ないですよ!」

 「信・・・・俺は夢でも見ているのか?」

 俺の前に居た女児が着ていた着物がヒラヒラと落ちていき、床に落ちて信が動かなくなった。

 そして俺は樽から下りて着物を拾い上げると間違いなく女児が着ていた着物で、破けた着物と同じものだと判った。

 「なんで・・・?天井に?」

 「今から話すことを信じるか?俺なら信じないかもしれない」

 「そんな・・・・トコ・・・」

 それどころではなかったらしいので落ち着くまで自分も見たものを思い出した。獣の耳、前髪は長く顔が見えなかった。まるで霧のように小屋を通り過ぎていき、女児を着物を残して、どこかに行った。

 「竹さん・・・・話してください」

 何かを決意したのか信の顔は怒りに満ちていた。

 「ああ、俺も信じがたいことだが・・・・」



 全てを話すと信は笑顔が消えており立ち上がり、ボロボロの扉を壊すくらいの勢いで開けて出て行った。

 もちろん俺も行こうとしたが、足が痛くて小走りも難しかった。

 山道を通った後があり俺も同じように通っていくと墓地のような場所に出た。

 そこで信は倒れていた。

 「信!!!」

 起こし上げると信の眼は開いたままだが呼吸も止まっていた。そして青白くなっていて既に冷たくなっていた。

 「信?おい!!」

 返事がないが、自分も急いできたのに誰かに殺されたとしても傷跡もないし死んだとしても冷たくなるのが早すぎる。一体どういうことだと思案するが考えがまとまらない。

 信は何故ここに来たのかと、まとまらない頭で辺りを見渡す。

 「・・・・」

 十数年前に失踪した娘が、そのままの姿で父親を見守って存在していた?

 数年のずれがあるだろうが小夜が失踪したのも十数年前だ。

 もしかしたら小夜も同じように俺を見守っている?つまり死んでいる?

 血の気が引いていく。

 ガサっと茂みから老人と付き人のような村人?が現れ墓地に手を合わせ何度も土下座するように頭を擦り付けていた。

 「この者を連れていけ。信の死体は燃やせ」

 「はい」

 判らぬままに信の死体を奪われ、俺は二人の男に掴まれ引きづられる様に来た道とは違う通路へ運ばれた。何度も擦られた足は悪化したのか血が流れているのが自分でも判る。

 「こいつか」

 「はい、信のやつが私に頼んできた者です」

 「誰だ?なんだ!!どういうことだ!!?」

 「うるせえ!!!」

 「っが!!」

 殴られて意識が遠のくが心配そうに倒れる俺の頭を押さえてくれた。


  

 また夢を見た。

 「竹・・・あの小夜という女子は妖怪じゃ。人の生気を喰らって生きておる。幼子になったり男や女子になって様々な人間から生気を喰らっては雲隠れする妖怪じゃ、忘れるんじゃ。お前は死なない程度に生気を吸われただけじゃから生きておるが、体力があったからじゃろう・・・。あの女子のことは忘れるんじゃ」

 「長老・・・、小夜は妖怪じゃない・・・。人間だ・・・・。俺と夫婦になるって約束した」

 「人間に化けた狐の妖怪じゃ。昔、この辺にも巣を作り何人も若者を食われてしもた・・・。お前は生気だけで済んだが、昔は体ごと食われとったんじゃ」

 長老は怒りを現わして骨と皮しかないと思わせる手で力いっぱい握りしめていた。

 「でも・・・小夜とは違う!そんな名前だけで決めるなんて・・・。それに倒れたのだって、俺が疲れてただけで」

 「小夜というのは、村人が付けた名前じゃ。小さな夜。昼間に来て獲物を見つけ、段々と夜に呼び出し小さな夢を見せては喰らっていた。故に小さな・・・短い夜とも呼んでいたんじゃ」

 「この村でですか?」

 「ワシが小僧だった時に大人たちがざわついておった。そしてそのときのワシの曽爺様が名付けたんじゃ。小夜と」 

 「でも自分から小夜なんて言います?」

 「だからこそじゃ。お前さんも聞いたことあるじゃろ?言い伝えとして親から子へ子から孫へと伝わっているはずじゃ」

 俺は息をのんだ。

 そう言えば父が昔に馬鹿らしい話だと酒を飲んでは愚痴っていた。しかし母は真剣に話をしていて自分の弟が食われたと毎回話をするたびに泣いていた。

 鬱陶しそうに父が酒を投げつけては母は黙り込んでいた。

 「でも・・・・昔居た場所に戻って来るなんて・・・、しかも名前まで・・・」

 「人間の記憶は消えていくもんじゃ。お前さんも忘れておったじゃろ」

 言われて気づいた。確かに母が泣きながら話をしてくれていたのを忘れていた。

 「判ったな。あの娘の事は忘れるんじゃ」

 「嫌だ!!小夜に会って聞くまでは俺は忘れない!!」

 「・・・・村の人間には言うでないぞ・・・。忘れておいた方が村の為じゃ」

 そう言って長老は出て行った。


 目覚めると家の天井ではなく冷たい土の天井だった。起き上がると鉄格子で作られた牢獄で見張りが一人立っていた。

 「どういうことだ。信は!?ここはどこだ!!?」

 「黙れ!!」

 そう言って見張りの男は持っていた棒切れで俺を殴った。それでもあれからどうなったかが気になって何度も殴られようが何度でも問いかけた。

 そうしているうちに老人が現れた。信が死んだときに居た老人だ。

 「ここまで殴る必要はない。男、名を何という」

 鼻血や打撲のあとを気にせず話しかけてきた老人に俺は名前を名乗ると、老人は牢獄の前に座り詫びるように頭を下げた。

 「竹さん、信の最後を看取ってくれて、ありがとうございます。あいつは気が狂っておったんだ」

 「どういうことだ?お人好しにしか見えなかった。気が狂っているなんて分からない」

 「あいつは私の孫だ。娘が、嫁が居るというのも妄言だ。あいつは独り身だ。十数年前に村を出たと思ったら村のはずれの老婆を殺して居座っておった。村の人間には近よるなと言いつけたが、今回竹さんが来たことで医者には気をつけろと言って護衛までつけたが、今回は本当に竹さんが居たんで治療してから報告を受けたんだ」

 確かに老婆が居るとは言っていたが、まさか殺して成り代わったというのか?

 「しかし俺も見た。あいつの娘だという幼子に!獣の耳をした妖怪が通ったと思ったら着物だけが残って幼子も妖怪も消えた」

 「・・・・そういう事なら竹さん。貴方を出すことは出来ない。村の者に知られることは許せんのでな」

 「な!!?つまりアンタが言ったことの方が妄言だったってことじゃないか!!俺を出せ!!俺は探し人が居るんだ!!」

 「探し人・・・?短夜のことですかな?」

 「短夜?」

 昔聞いたのが短い夜、縮めれば短夜となる。

 「小夜・・・・と呼ばれなかったか?」

 「そう呼ぶ者も居ますな。もしや探し人と言うのは短夜のことですかな?」

 「だったらどうだって言うんだ」

 「尚更、ここから出すわけにはいかん。村の者に不安を与える」

 村の人間が知っているという事は、小夜は本当に妖怪だった?俺は妖怪を探していたのか?

 それでも最後まで知りたいと願うのは罪だろうか?

 「アンタが頭を擦り付けて土下座していた墓地はなんだ?」

 「・・・・今まで食らわれた者の墓だ。短夜は、あそこに食らった者の残骸を捨てていた。最近は食われた後じゃなく、まるで魂を抜かれた状態で発見される。生気を食っておるんだろうな」

 「あそこに居るなら俺が確認する。俺は小夜に会いに来たんだ」

 老人は難しい顔をしたが制止するように手を上げた。

 「他の者にも聞いておく、一晩だけ待て」

 「・・・・判った」

 そう言って老人は見張っていた男も連れていった。

 短夜と言う妙な名前で呼ばれた妖怪が小夜?

 「小夜・・・・。会いたい・・・」

 牢獄から見える月明かりが美しいと思いながら小夜を思い出していると月光から何かが近づいてきた。

 まるで美しい布が飛んでいるような目を奪われる幻想的な光景に俺は見えた。その布はだんだん近づいてきて、それが長い黒髪だと気づいたのは牢獄に、その姿を確認するまで時間がかかった。

 そして美しい獣の耳と確認するには時間がかかったが、長い髪を見て思いだしたのは信の娘を消した妖怪。

 その妖怪は、ゆっくりと近づき離れていく俺を確認するように近づいてきた。

 「離れろ!人殺しの妖怪!!」

 その言葉を聞いた妖怪は近づくのを止めた。

 「酷いわ竹さん」

 その声は記憶の底に残っていた小夜の声だった。恐る恐る目をこすりながら確認すると長い髪から見える瞳は涙で美しく濡れていたが、間違いなく小夜の眼であり輪郭も見えていた。 

 「・・・・本当に・・・小夜なのか?」

 「ずっと探してくれてたのね?嬉しい」

 「小夜!!」

 俺は迷わず抱きしめ彼女の存在を確認するように抱きしめ彼女の匂いや髪の感触を再度確認した。

 間違いなく小夜だった。

 「小夜は妖怪じゃないよな?人を喰らって生きる妖怪じゃないよな?」

 その言葉を聞くと小夜は俺を抱きしめ、耳元で囁いた。

 「貴方と夫婦になるために貴方も同じになってもらいたくて・・・、初めてなの・・・・夫婦になろうって言ってくれたのは・・・」

 初めて?同じになってもらおう?一体何を言っているのか判らないが、頭が嬉しさで一杯で彼女を抱きしめたまま頷くことしか出来なかった。

 「君と同じになろうとも君を思う心は変わらない。俺と夫婦になって一緒に暮らそう」

 「ほんと・・・?じゃあ・・・」

 彼女が腕から抜け出すと、人の気配が近づいてきて小夜は慌てて姿を消してしまった。

 「小夜!!」

 「話し声が聞こえたんだが気のせいか?」

 近づいてきたのは見張りの声で姿までは現さなかった。出口で見張っているらしい。

 「竹さん・・・、こっちに来て」

 小声で小夜が呼んでいる。声のする方に痛い足を引きづりながら移動すると小夜が消えかけるくらい姿で居たが俺には小夜と会えたことの方が歓喜の言葉しかない。

 「竹さん、貴方の一言で全部が変わるわ。貴方の・・・たった一言で」

 まるで誘惑するように艶めかしい声を出す小夜に酔うように俺は、その一言を口に出した。

 「・・・・小夜・・・愛してる・・・・」

 その瞬間、俺の体が小夜の髪に包まれ、まるで繭のように小夜の体に包まれた。中は心地よく昔に母が抱きしめてくれたような安心感があった。

 そして目の前には愛しい小夜の笑顔があり、嬉しそうに笑っている。最高の幸せと言える。

 「なんだ!この光は!!」

 外で見張っていた男が現れ悲鳴を上げたが関係ない。俺は小夜と暮らして幸せに生きるんだ。

 


 心地よい感触から冷たく痛い床の上に寝ていた。

 起き上がると誰も居ない、小夜も居なかった。あれは夢だったのだろうか?

 「小夜・・・?」

 「ここに居るわ、竹さん」

 いつの間にか小夜が後ろから抱きしめていた。小夜の存在を感じながら涙が零れる。

 「ここはどこなんだ?」

 「私が喰らっていた人間の墓地よ。貴方も人間を喰らって初めて私と同じになるの。さあ行きましょう」

 「人間を・・・喰らう?小夜・・・?」

 手を取って移動しようとする小夜の手を離すと小夜は不思議そうに視線を俺に向けた。

 「私と夫婦になってくれるんでしょ?同じになってくれるって言ったじゃない」

 「人間を食っていたのか?本当に・・・?」

 「貴方も喰らっていかないと存在が消えてしまうのよ?変化し始めが一番辛いわ。早く人間を食べないと狂うほど苦しむわ」

 そういえば、さっきから頭痛と空腹が酷くなっている。

 変化しているのか?

 「どうやって戻るんだ?人間に!!!」

 「・・・・え?私と夫婦になってくれるんでしょ?私と同じになってくれるんでしょ?」

 「確かに小夜と一緒になりたい!でも人間を食うなんて出来ない!!」

 小夜の眼が鋭く光った。月明かりの所為なのか目が光っているように見えた。

 「貴方もそうなのね・・・、私と同じになるのは嫌なのね。今までのことは嘘なのね」

 「そうは言ってない!!人間を食わない方法もあるはずだ!!」

 小夜が間合いを詰めて真正面に顔が近くなった。吐息が感じられるほどの近さで口吸い出来る距離だったが、そんな感じではなく小夜の眼は怒りに満ちていた。

 「人間を食わないと私と同じにはなれない。私も人間にはなれない。貴方も他の人間と同じなのね。私を拒否するのね」

 「さ・・・よ・・・?」

 「さよなら」

 目の前が真っ暗になり俺の意識は途絶えた。



 「短夜様。申し訳ございません。申し訳ございません。どうかお怒りをお沈めください」

 老人が墓地に頭を下げに来たが、小夜の姿わなく、竹の遺体だけが残されていた。

 その顔は驚愕に満ちており、苦しみを与えられたように息を引き取っていた。

 「はやく竹さんの死体を燃やせ!!」

 「はい!!」

 月明かりを照らす木に座りながら小夜は泣いていた。

 「一緒になるって言ってくれたのに・・・・。さよなら・・・私の愛した人」

 小夜は一体何者なのかは誰も知ることが出来ないだろう。

 そして竹の魂も小夜の一部となり、違う意味で一緒になったと言えるが彼女にとっては、ただの食料になっただけだった。

 




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