最終話 ◇ラプンツェルの空◇

   🌿🌿🌿📖🌿🌿🌿


 千草ちぐさは読み終えたその本をそっと閉じました。

 昔、たった一冊だけ自費出版した大切な本です。

 それを誰より喜んでくれたそのひとは、今はもういません。


 何度も繰り返し読んで、すっかり手擦れしてしまった「ラプンツェルの空」という本の表紙を静かに撫でながら、千草はマンションの自室で窓から外を眺めます。


         🪟


『ああ……ラプンツェルのユージーンは最後には帰ってきたけれど、わたしのあのひとは、もう帰ってはこない。空の上へと逝ってしまった』


 ぼんやりと考えながら千草は呟きました。


「世界には、たくさんのラプンツェルがいるのだわ。閉じられた高い塔の上で空を見つめながら、待ちびとを待ち続けるラプンツェル……」


「……愛に囚われてしまったままのわたしたちって、不器用ね」


 開けた窓から風が吹き抜けていきます。


     🍃𓂃𓈒𓏸︎︎︎︎


「だけど、約束したものね。生きていくって……」


 千草の頬には、まだ涙の跡が残っています。


「今はまだ、この扉を閉ざしたまま、外へは出ることができずにいるけれど……」


 いつか、扉の鍵を開けて、外の世界へと歩き出せるように……。


「ねぇ、見ていてね」


 千草は、少しだけ顔をあげて微笑みました。


 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 高い高い塔の上で

 たったひとつの窓から

 世界そとを見ながら

 ラプンツェルは何を

 思っていたのだろう


 変わりゆく空のいろ、雲の流れ

 取り残されたまま

 流れていく時間のなかで


 長く長く伸びた髪を編んで

 たったひとつの窓から

 世界そとへと垂らしながら

 ラプンツェルは誰を

 待っていたのだろう


 空のかなた、道のむこう

 髪に白いひと筋をみつけても

 信じて待ちつづけて


 ああ


 その『こころ』を

 愚かだなどと誰がいえようか



 あなたも

 わたしも


 そんな不器用なラプンツェルだった


 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


 空はどこまでも晴れ渡って、窓から入る柔らかな陽射しが千草を、誰かのかいなのように優しく包んでいます。


 天上の歌のように、どこからともなく小鳥のさえずりが聴こえてきました。


 🌿🌿🌿(了)🌿🌿🌿

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ラプンツェルの空 つきの @K-Tukino

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