視界の片隅に

snowdrop

見えぬものこそ

 子供のときから目が悪かった。

 なのでいつも、レンズというフィルターを通して世界を見ている。

 いまでは視力は両目とも0.1以下。

 だが、眼鏡のお陰で不自由に感じたことはない。

 一度外せば、世界は常にぼけている。

 睡眠不足に違いない。

 だから、おかしな事件や事故がおきるのだろう。

 寝不足による注意散漫になっている世界を、世の人は気づいていないのかしらん。

 そんな寝言じみた考えから目覚めさせてくれたのは、コンタクトレンズである。

 角膜の上にかぶせた薄いレンズを通して見た世界は、驚くほどクリアかつ色味にあふれ、輪郭と境界を見せつけてくる。

 この人はこんな顔をしていたのか。

 戸惑いながら初めましてとあいさつしたい気持ちをぐっと堪えては、相手をしげしげと見つめる日々。


 やがて、慣れてきた頃だった。

 私は、駅ビル前で友人と待ち合わせていた。

 往来する人々をぼんやり眺めていると、視界の端に、やけにくっきりと見える人が通り過ぎていく。

 いくらコンタクトレンズを付けているからといって、視界の端までぼやけず見えるわけではない。

 なんだろうと思わず顔を向け、いま見た人を確かめる。

 両目でとらえると、先程みた鮮やかさは失せていた。

 日の当たり具合による目の錯覚だったのかもしれない。

 だが、次に通りを行き交う流れを見ていたとき、ちらほらと、やたらとくっきり見える人が混ざっていた。

 なんだろう、これは。

 目を凝らしてみると、人混みに紛れるように消えてしまった。

 ひょっとすると、意識して焦点を合わせたら、見えなくなるのかもしれない。

 風景をながめるように、何も考えず人の流れをみてみる。

 たしかに、くっきり見える人とそうでない人が混ざっていた。

 数十人に一人の割合。

 しかも若い女の子。

 若いといっても二十代や三十代か。

 不思議と、男は一人もいなかった。


 もしかすると、世にいう「オーラ」が見えているのかしらん。

 オーラのある人とは、一目で相手の印象に残るほど人を惹きつける魅力や雰囲気を持っている人を指す。

 オーラを持つ人で、まず浮かぶのは芸能人。

 帰宅後、画面越しに映る芸能人をながめてみたが、よくわからない。

 照明の強さや画質の良さが災いし、わかりにくくしているのかもしれない。

 その後、人通りの中でたまに見ることもあったが、なぜ見えるのかがわからなかった。

 サンプルが少なすぎるのだ。

 答えの出ないことを考えるのは時間の無駄である。

 私は、気にしないことにした。


 歳月が流れた。

 年始の挨拶に親戚の家を訪ねた際、眼鏡を掛けながらぼんやり眺めていると、視界の端に兄嫁が入ってくる。

 そのとき、やたらとくっきり見え、思わず目をいっぱいに広げ、顔を向けて凝視してしまった。

 すぐに失せてしまったが、確かに見たのである。

 オーラのある人の特徴として、自身に満ちて姿勢がよく、笑顔でポジティブであり、正直で人前で悪口を言わず、公私ともに充実している事が挙げられる。

 可能性は高い。

 けれども、すべて合致しているわけではない気がする。

 かといって、オーラがないとも限らない。

 どっちやねん。

 自問自答の末に出した結論は、私に見えているのはオーラではない。

 だとしたら、何が見えているのかしらん。

 わかりかけていた謎がフリダシに戻ってしまったこの年、長年の疑問に一つの答えが示される。

 秋口に、子供が生まれたのだ。

 生後半日の姪を抱かせてもらいながら、くっきり見えたのは新たな命の輝きだったのかと、生命の神秘に恐れ入った。


 それからまた、歳月が流れた。

 ある年の墓参りの折、近所に住む同級生の家族と顔を合わせた。

 小学生の頃は、毎週遊ぶほど親しくしてもらい、私が一番信用している人たちである。

 初めて会ったときはまだ幼かった同級生の弟くんは、あっという間に私の背丈を追い越し、見上げなければならないほどの高身長。

 大きくなったねと話をしていると、視界の端に、なにやらはっきり見える人に気がついた。

 後日。おじさんに確認すると、同級生はまだ一人だし、弟くんのところには子供はいないという。

 おやっと首を傾げつつ、私はどんな願いも叶えてくれるという神社に毎月必ず足を運び、参拝を続けた。

 桜が咲きはじめた頃、弟くんのところに子供が生まれた知らせを聞くと、私は内祝いを届け、神社へお礼参りに出かけた。

 その後も双子が生まれては内祝いを贈り、ありがとうございましたと神社へ足を運んだ。

 今年の夏、庭先で水浴びする子供と遊ぶ弟くんをみながら、あんなに小さかったのに月日が経つのは早いものだと、微笑ましく見つめ続けた。


 

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