最終話「オルフェウスの花」

 そしてその数日後──

 世界各地で繰り広げられていた戦争が、突然終わりを告げたのだ。



 その後、俺の動画の再生回数は記録的な数値を叩きだし、世界各国あらゆる方面から感謝の言葉がコメントに寄せられていた。


 あとから知った話、最初に俺の動画を観てコメントをくれたのが、もっとも深刻だった中東の戦場に駆り出されていた兵士のひとりだったのだ。

 彼がインフルエンサー的な役割を担い、俺の曲を戦場に響かせてくれたらしい。


 その場にいた兵士たちは皆、武器を手放して涙を流したという。 


 俺の曲は人から人へと伝わり、見知らぬ誰かが戦場のあらゆる場所で再生してくれたのだ。そして最終的に国家も含め、戦争に関わる人間全員が武器を手放した。



 いつしか俺の曲は『神の曲』と呼ばれるようになり、世界中の人々の間で語り継がれるようになっていったのだ。



 音楽は世界を救う──

 日葵がよく俺に言ってきた言葉。


 俺は音楽をやっていたのに、そんなことは不可能なのだと決めつけていた。

 皮肉にも音楽をやっていなかった日葵のほうが、音楽を信じていたのだ。


 そして正しかったのは日葵のほうだった。


「……これが凡人である証明──か」

 俺は自分に皮肉を込めて、そう呟いた。



 もう俺には世界を救えるような曲など作れないだろう。

 いや──それ以前に、もう俺には人の心を揺さぶるような曲は作れない。


 なぜなら凡庸な俺という人間ごときが、自分のキャパを遥かに越えたこの曲を生みだせたこと自体、奇跡に等しかったからだ。

 日葵の死という事実と、彼女との約束。そして十年の歳月という条件のもと、俺はこの一曲に自分のすべてを注ぎ込んで作ってきたのだ。

 日葵との出会いによって蓄積された俺の中の価値ある音は、もうすべて絞りだしてしまった。残されたのは枯れ果てた絞りカスだけ──。




 そして俺の作った曲が世界中の戦争を食い止めた、その日────

 あの白い花は、俺の前から忽然と姿を消したのだ。


 その日を境に、俺があの夢を見ることはなくなった。


◇ ◆ ◇


 それから数日後──


 俺は日葵に報告するために、彼女のお墓を訪れていた。


 彼女と会話をするように、笑顔で語りかける。


「……おまえとの約束。叶えてきたぜ。すげぇだろ? ……自分でもびっくりだ」


 俺は持ってきたビニール袋を階段下の隅に置いて、袋の中から線香や花などを取りだした。


「おまえのことを想って作った曲が、世界を救ったんだぜ。日葵」


 お墓周辺を簡単に掃除しながら、会話を続ける。


「そういえば……あの白い花。あれ──おまえだったんじゃないかって、今でも思ってんだよ」


 俺が用意した仏花ぶっかは菊の花。

 無難に白、黄、紫の三色を持参したが、なかでも彼女の好きだった色でもあり、あの花の色でもあった白い菊の花を多めに用意したのだ。


「あの花が現れてから、毎日のように見るようになった夢──」


 左右に七本ずつ、仏花を花立てに供える。


「おまえの声が俺の背中を押してくれた。だから過去を振り返らないで、前だけを向いて生きてこられたのさ」


 俺は墓石に水をかけながら話を続けた。


「これからも俺は前を向いて生きていく。ほかでもないおまえのために──」


 彼女の墓に一礼をしてから、火を灯した線香を供える。


「もう俺の中には価値のある曲を作れるだけのものは残ってねぇけど……。これからも売れねぇ曲を作って、好きな音楽を楽しみながら生きていくさ」


 俺はポケットから取り出したボロボロのメディアプレイヤーに、イヤホンを挿しながら言った。


「生前におまえが欲しがっていた俺のメディアプレイヤー。おまえにやるよ」


 再生ボタンを押してから、日葵の墓前にあるスペースにメディアプレイヤーを置く。


「もともとおまえのために作った曲だ。聴いてくれ」


メディアプレイヤーに挿したイヤホンから、わずかに音が漏れて聞こえてきた。


「この曲の名は────





















────オルフェウスの花」

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オルフェウスの花 音村真 @otomurasin

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