しょっきりさん

染谷市太郎

しょっきりさん

「こら!遅くまで外にいるとしょっきりさんに連れてかれるわよ!」

「はいはい」

 門限を過ぎて帰ってきたゆかりは、母の古臭い脅しを受け流した。

 ”しょっきりさん”とはこの田舎で昔から子供に使われる脅し文句だ。

 そんなものいるわけない、とゆかりは真面目に聞くことなく自室にこもる。


「しょっきりさんなんて、いるわけないじゃん」

『ゆかりのとこもそんなこと言うんだね』

 通話口から笑い声が聞こえる。

「美紀も?」

『うちはもうしばらく聞いてないけどね』

「はー……お母さんもいい加減にしてほしいよ。おかげで今日も遊びに行けないし」

 心底残念そうなゆかりの声音に美紀は笑う。

 ゆかりたちは高校生だ。年相応に放課後繁華街へ遊びに行こうとという計画を立てていた。

 しかしゆかりだけ、母からの電話がうるさく帰ってきた。過保護なのだとあきれるため息をつく。

『まあまあ、今度一緒にいこーよ』

「うん、私の分まで楽しんできて」

『りょーかい!』

 軽快な返事で通話は切れる。

 いいなあと呟いて、ゆかりは瞼をとじた。




「う……あ、朝!」

 目が覚めた。秒針が指す時刻に驚愕する。

 普段はこんな時間になる前に母が起こしてくれるはずだが、と逆ギレをして一階へ駆け下りる。

「お母さん!どうし、て……」

 受話器を持って立ち尽くす母の表情に、ゆかりの怒声はしりすぼみになった。

「ゆかり……美紀ちゃんが……」

 言葉を選ぼうとして、何も言えなくなる母に、ゆかりは崩れ落ちた。


「ねえねえ2組の死んじゃった子ってさ」

「あ、それ読んだ読んだ」

 クラスメイトの姦しい声に、ゆかりは頭をもたげる。

 彼女たちの手に持たれた雑誌に目を剥いた。

「なに、これ」

「えっちょっ」

 ゆかりは雑誌を奪うようにして目を通す。

『女子高生刺殺 しょっきりさんの仕業か』

 赤い文字の鮮烈な記述に、ゆかりの指はちぎれそうなほど雑誌を握りしめていた。

「なんなのよ、これ!?」

「な、なにって」

「美紀のことおもしろいことみたいに書いて!」

 ゆかりの剣幕にクラスはシンとなった。

 しかしゆかりにはそんなことどうでもいい。美紀の死が、まるでオカルトの話のように書かれ、娯楽として消費されている。こんなことが許されるものか。

 ゆかりは勢いのまま教室を飛び出した。


「ゆかり、どうしたんだよ」

 追いかける足音がゆかりを止めた。海人だ。彼は美紀と共通の友人でクラス全体から一目置かれている生徒だ。

「どうもこうもない!こんな書き方されるんだったら、私が美紀を殺した犯人を捕まえてやる!」

 バンッと叩き付けられた雑誌を海人は受け止める。

「じゃあ俺も一緒に行くよ」

「!」

 思わぬ提案にゆかりは目を輝かせた。

「いいの?」

「うん。きっと、美紀と最後いたのは僕だからね」

 昨日、繁華街へと遊びに出かけたメンバーに海人もいたのだ。

「絶対、捕まえよう」

 ゆかりはぐっと拳を握りしめた。


 繁華街の喧騒に紛れるように建つ大きな廃墟、そこが美紀の殺害現場だった。現場は規制線が張られているが、建物が大きいためそれも一部だった。

 夕日が沈もうとしている中、ゆかりの携帯電話が鳴る。

 母親からだった。当の昔に門限は過ぎている。普段は文句を言いながらも従うゆかりだが、今日は着信を無視し、電源を切った。

「こっちだよ」

 海人の案内で廃墟に入る。中はボロボロで、埃臭かった。

「美紀はこんなところで何をしていたの?」

 小学生でもあるまい、探検などしないだろう。

「そうだね、僕らの年齢じゃ廃墟そのものには魅力を感じることはないね」

 でも、と海人は腕を伸ばす。

「いい使い方があるんだ」

 腰からわき腹にかけて撫でられる感触にゆかりは鳥肌を立てた。

「何するのよ!」

「知りたいんだろ?美紀がここで何をしてたか?」

「まさか、あんたここに美紀を誘いだして……!」

 否定しない海人にゆかりは唇をかみしめる。

「そんな顔するなよ」

「きゃっ」

 海人が大きく腕を振りかざした。ゆかりの服が裂け、皮膚に血がにじむ。海人の手に、大きな裁ちばさみが握られていた。

「マスコミもうまく書くよな、しょっきりさんなんて」

 海人の発言にゆかりは確信する。このはさみは美紀を切り刻んだものだ。

 わずかな光源にぎらりと光る、恐ろしい凶器にゆかりは真っ青になる。

「ひっ」

 ゆかりは恐怖のあまり逃げ出した。逃げる獲物に、海人はゆっくりと追いかける。

 廃墟は混とんとしており今どこにいるのかさへわからない。それを知る海人は、ハサミと金属をこすり合わせ、甲高い不協和音を上げながら追い詰めた。

 足音と不快な金属音が反響する。どこから近づいているのか、混乱するゆかりに海人は舌なめずりをして迫った。

 暗い視界の中、逃げ惑うゆかりの背後に、海人は忍び寄る。

 バチンッ

「きゃあぁっ」

 痛みが走った場所を抑える。鋭利な刃物で裂かれたゆかりの太ももから赤い血が流れていた。

「楽しかったね、鬼ごっこ」

 物陰から海人が現れる。足の傷と恐怖から動けないゆかりの髪を掴んで引き上げた。

 涙でぐちゃぐちゃになったその表情に、海人は血の上った笑い声を漏らす。抵抗する女を屈服させるとき、海人にとって一番の瞬間だった。

「いいよね、田舎は。人殺しても誰のせいにだってできる。動物や、災害や、怪談なんかにも」

 ひっひっ、と悲鳴も上げられないゆかりに、海人は興奮した証を露出させた。

 覆いかぶさられたゆかりは抵抗する。


 びくりとゆかりが体を固めた理由に、海人は気づかなかった。

 微かな不協和音に気づかなかった。

 ゆかりが今恐怖したものを気づかなかった。

 背後の影に気づかなかった。


 少女の瞳だけが、それを映す。


 しょっきり


 ぼとん

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しょっきりさん 染谷市太郎 @someyaititarou

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