第1章 その1

2019年、リビア南部のとある村、午後3時。

アディーサは3人の男と対峙していた。

いずれも迷彩柄の戦闘服を着て銃器で武装している。

男の1人が口を開いた。

「ここの村長に用がある。嬢ちゃんは引っ込んでな。」

アディーサはそれに応じず、言葉を返した。

「村長からの言伝。ゲリラに手を貸すつもりはないってさ。大体、こんな小さな村からこれ以上何をせしめようっていうんだよ。」

このゲリラたちは何度も村を訪れては食糧や物資を運んでいった。いずれも国連から送られてきた物資だ。国内では内戦が続き、元々貧しかった村は既に経済的に立ち行かなくなっていた。

アディーサの言葉に反応し、別の大男が反論する。

「お嬢ちゃん、あまり舐めないでもらいたいねえ。国連からの物資が昨日届いたのは知ってる。俺たちはそいつを少しばかり分けてもらいたいだけなんだ。」

アディーサはわざと聞こえるように舌打ちをする。

大男はしたり顔をするとアディーサの肩に手をかけた。

「悪いことは言わないから下がってて……」

その瞬間、肩にかかった手を中心に大男が宙を舞った。

直後、派手な土煙をあげて地面に叩きつけられる大男。

「悪いことは言わないから、何だって?」

口の端を吊り上げ男たちを一瞥するアディーサ。

それを見て興奮した1人が雄牛のように突進してくる。

それを難なく躱し、すれ違いざまに大男の脇腹に拳を捻り込む。

「ぐっ……!!」

突進した勢いのまま地面を転がる大男。

最後の1人に振り返ると銃を構えていた。

木製のストックに黒い銃身。飽きるほど見たAK-47だ。

「そこでストップだ、お嬢ちゃん。さもないと……」

男が言い終わる前にアディーサは駆け出していた。

絞られる引き金。空を穿つ弾丸。

アディーサはフルオートで放たれる銃弾をうねるように躱すと飛び上がり、大きくその身をひねった。

男の側頭部を捉えるアディーサの爪先。

弾かれるように宙を舞う大男。

地面に叩きつけられるとそのまま動かなくなった。

「このアマ……!!」

最初に投げ飛ばされた男が起きあがろうとしたところに突きつけられるAK-47の銃口。

いずれかの男から奪ったのであろうその獲物を構えるアディーサの瞳は凍てつくように冷たかった。

殺されるーーーそう思って目を瞑った大男に投げかけられる声。

「殺し合いがやりたかったらよそでやりな。人を巻き込むんじゃないよ。」


男たちが車に戻り、一目散に逃げ出していくのを見送ったアディーサは村内に戻ると1人で考え事を始めた。

(アイツらの仲間が報復にやってくるかもしれない。みんなに声をかけて今晩中にでも移動の準備を始めないと……。)

頭の中で段取りを整えていると、後ろから軽い衝撃が襲ってきた。

「アディーサ!」

振り返ると、黒い髪を三つ編みにした少女が満面の笑みでこちらを見上げている。

「ハーラ。危ないから出てきたらダメって言ったじゃない。」

そうアディーサが言うと言い訳をするように口を尖らせてハーラは反論してきた。

「だって、悪い人たちはみんなアディーサがやっつけてくれるもん!!」

いくらアディーサが強いと言っても流れ弾が当たったり、人質にされたりということがおこりうるにだが、この幼い少女にそんなことを説明しても通じないだろう。

「アディーサは村長のところに行くの?」

首を傾げながら訊ねてくるハーラ。

「ええ、そうね……アイツらがまた戻ってくる前に話し合わないと。」

険しい表情が出ないように気をつけつつ、ハーラに返答するアディーサ。

「じゃあ、お話が終わったらご飯を食べにきてね!約束だよ!」

そう言うと、こちらの返事も聞かずに駆け出して行ってしまうハーラ。

やれやれ、とその様子を見ていると背後から気配がした。

「子供は元気が1番じゃ。その点ハーラは優秀じゃな。」

白くなった顎髭をさすりながら、いつの間にかそこに立っていた老人に目をやるアディーサ。

「村長まで……。銃を持った相手の近くにいるのは危ないんですから、本当に……。」

ため息混じりに告げるアディーサに対して、鷹揚な笑みで返す村長。

「こんな場所じゃ、死ぬ時は死ぬ。それにお前さんが万が一苦戦した時はこいつで追い払ってやろうと思ってな。」

そう語るその手には、先ほど追い払った連中とはまた違った小銃が握られている。FN-FALと言ったか。以前村長から聞いた話ではかつて陸軍に所属していた際に手に入れた銃ということらしかった。

それを聞いて再びため息をつくアディーサ。

「村長、教え子のことは信頼してくださいよ。」

笑みを崩さずにアディーサに目配せをする村長。

「ほっほっ。お説教は後じゃ。とりあえず若いもんを集めよう。話すことがあるんじゃろう?」


村長の家。

村長とアディーサ、それに加えて若い男性が7人円を描くようにして座っている。

「それじゃあ、この場所はそろそろ危ないってことか……。」

それを聞いて項垂れるアディーサ。

「ごめんなさい。もう少し上手くやりようがあったのかもしれない……。」

どよめくように話し出す集まった若い衆。

「お嬢ちゃんは悪くねえよ!」

「悪いのはアイツらだ!銃を振り回して好き放題やりやがって!」

「どのみちここじゃなにも育たねえしな……。」

それを堰き止めるように、大きく咳払いをする村長。

「とにかく、明日にでも襲撃があるじゃろう。今晩中に移動することを考えたほうがいい。幸い近くに用地の当てがある。」

一呼吸置くと言葉をつづけた。

「台車に積めるだけの荷物と子供たちを積んで、それを馬に引かせる。アフマドのところは身重の嫁がいたな?彼女も台車に乗せろ。しんがりはアディーサ。頼めるか?」

それを聞き寸分の迷いもなく頷くアディーサ。

「よし、それでは夜の礼拝までに準備を終わらせて、礼拝ののちに移動。一晩かけての移動になるぞ。アラーのご加護があらんことを……」

その時、外から叫び声と破壊音が響いた。

急いで外に出るアディーサ。その勢いのまま声のする方へと足を急がせる。

こちらへ向かってくる村民を引き留めて何が起こったのか訪ねる。

「一体何が起こっているの!?」

すると村民は大いに取り乱した様子でそれに答えた。

「分からないわ!あんなモノ見たことない!それが襲ってきて……。」

その時再び響く悲鳴。

(あの声は……ハーラ!?)

怯えた様子の村民に逃げるよう伝え、全力で走るアディーサ。

まず視界に入ってきたのは、まるで竜巻にでも襲われたような破壊の跡。

家の屋根は吹き飛び、地面は抉られている。

次に目に入ってきたのはへたり込んでいるハーラ。

悲鳴を上げながら後退りしている。

その生存に安堵する間も無く最後に目に入ってきたのはーーー全身黒づくめの毛のない獣。

「これは、何……?」

予想外の出来事に一瞬思考が停止するも、その獣がハーラに向かっていくのが分かるや否やアディーサは彼女に向かって飛び出していった。

「ハーラ!!」

獣の腕が振り上げられる。

と同時にアディーサはハーラを庇うように抱きかかえた。

その直後、全身に襲いくる衝撃。

何が起こったのか分からないまま宙に投げ出され、その勢いのまま地面に叩きつけられるアディーサ。

「アディーサ……?アディーサ!!」

薄れゆく意識の中、そこにあったのは死への恐怖ではなく……自分の名を呼ぶ目の前の少女の命を救えたと言う安堵であった。

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グリームアダー @IppeiTanaka

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