私を見捨てる雨

績カイリ

短編

私を見捨てる雨。あの日もこんな雨が降っていた。




私は目的もわからずあぜ道を歩いている。

傘も差さず合羽も着ずに。昨日までおたまじゃくしであった蛙共が私を避けている。雨に濡れた稲がしおれ、とても"恵みの雨"なんて言えない。

それにこんな雨だと言うのに私は靴を履いていない。


それよりもっとひどいのは

ずっとべっとりした視線を感じることだ。


何のために歩いているかは思い出せない。

だか、歩みを止め、後ろを振り返ってはならないと本能が告げていた。


もう足の感覚は無くなった。唯、この妙な感覚だけが私を追いかけていた。




ーーッ、急に寒気が増した。

体の震えが止まらない。目眩がする。全身の感覚など無く歩くのが精一杯だった。

四肢の筋肉が緊張し、頭が白くなる。

怖い。



肩が重くなった。もう視界もぼんやりしてきた。

脚は震え、上半身が重く、もう歩くのもままならない。私は生まれたての子鹿のようになっていた。

ついに体が動かなくなった。呼吸が乱れ、それでも私は前進しようとする。


ついに歩みを止めてしまった。

ついに後ろを振り向いてしまった。


そこには何もなかった。

しかしこの風景は私の中に閉じ込めておいた記憶を呼び覚ました。

そうだ。ちょうどこんな雨の日。私は実の娘をここに捨てたのだ。


そうだ。それで私は今日、娘に謝りに来たのだ。

しかしもう私には話す気力すら残っていない。


全身を襲った寒気は消えた。

しかし娘は私を助けてはくれなかった。

きっと私は娘に許されていない。

今度は私が見捨てられる番なのだろう。

私を見捨てる雨は、降りやまなかった。

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私を見捨てる雨 績カイリ @sekikairi

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