とある日の日常

シャオメイ

彼女と私と木(百合)

「優美、ほらあそこ。」

「あれがそうなの?」


 友人の加奈子が公園の中心に凛々しく立つ樹木を指した。その樹木の周りには小さな人集ひとだかりが出来ている。


 公園は広く、広場の地面はきらきらとした新雪に埋もれている。頬に当たる風が冷たい。吐く息は当然白く、友人のそれもふわふわと吐かれていて可愛らしかった。


「加奈子が言う、あれが噂の?」

「そう、噂の。」


 友人に手を引っ張られて歩みを進める。友人の手にめられているミトンの手袋に、微笑みが増す。樹木に近づくと遠目からは分からなかった、色めきだった女の子や男の子が沢山居た。


 加奈子もその1人だった。

 私の足がもつれるのも気にせず、ずんずんと歩いて行く。


 友人は他の女の子と同様、樹木の根元で歩みを止めた。私に向き合い、私の両手を握る。


 不覚にも胸が高鳴ったのが分かった。


「この木の名前、優美は知ってる?」

「ううん、知らない。でも本当に珍しいね、冬に緑が成る木なんて。」

「可愛いよね。ほら、毬藻まりもに似てる気がしない?」

「うん、似ている気がする。」


 2人で笑い合う時間にむず痒しさを感じた私は、赤いマフラーに顔をうずめた。


 友人が教えてくれたその木は、この地では有名らしく、この冬の時期になるとよく雑誌で特集が組まれるそうだ。一度読ませてもらったことがあるが、学生の私には少し早かった。それはランジェリーも掲載される雑誌だからだ。友人は私よりも少し早く大人になるんだと、寂しく思ったのは内緒である。


 加奈子は赤いマフラーに埋もれる優美を見て胸がずきりと痛んだ。


「…優美、」

「ん?なぁに?」


 少し間延びした声で返事をする彼女に、加奈子は泣きそうになる。

 握っていた手を離すと彼女の首に勢いよく巻きついた。


 友人は私よりも背が頭一つほど高い。そんな友人が急に抱きついてくれば、背中から新雪に落ちていくのも当然であった。冷たい感触が後ろから伝わって来る。自分の栗色の髪はきっともう、雪が張り付いて離れないだろう。コートも濡れてしまうが友人が暖めてくれるから問題はない。

 それよりも友人だ。綺麗なロングの黒髪が新雪に付いてしまっている。首に巻きついている腕もびしょ濡れだろう。


「か、加奈子?どうしたの?大丈夫?」

「…うん。」


 友人の声はいつもよりも暗い声だった。

 友人は何も言わず上半身を起こし立ち上がると手を差し伸べた。ミトンには沢山の雪が着いている。私も雪が着いた手袋で友人の手を受け取った。


 彼女は加奈子の手を取り立ち上がった。加奈子は上手く笑顔が出来ていない自信を持ちながら、彼女の雪を払い落とす。


「…加奈子?」

「ん、…あのね、私、結婚するの。」

「…、…結婚?」

「…そう、お見合い結婚ってやつ。」


 加奈子は彼女の雪を粗方あらかた落とすと、自分の雪も払いながらそう告げた。


きっと彼女は喜んでくれる、きっと。

だから私も、笑えばいい。


 強ばりながら笑顔を作り彼女を見る。だがいつになっても加奈子が思っていた笑顔と言葉が彼女から出てこない。

 それどころか苦味を潰した顔をして加奈子を見ている。そしてどんどん吐く息は白く、止まることなく吐き出されていった。まるで蒸気機関車のようだな、と加奈子は思い、はっとした。


 彼女の呼吸が荒い。胸が上下に激しく揺れ、口が大きく開かれている。

 加奈子は咄嗟に彼女を優しく抱きしめた。


「やっ…優美っ?落ち着いて…っ!」

「…はっ…っ!はぁっ…はっ…っ、はっ」

「どっ…どうしたの!?…ねぇ!大丈夫!?」


 加奈子が問いかけた。











「-この木ね、ミスルトウって言うんだって。」

「…ミスルトウ?」


 加奈子は優美が落ち着いたのを見て話しかけた。周りにいた男女にも心配を掛けてしまったが、彼等は1分ほどで治まったのを見て安心して散っていった。新雪を少し払うと木の根が見える。そこに寄り添い座り、今に至る。


 彼女は加奈子の肩に頭を預け、ぼうっと雪景色を見ていた。


「雑誌に書いてあったんだ。ミスルトウの下で、ある事をすると願いが叶うと。」

「願いが?それ本当?」

「本当。…でも、誓いの儀式があるんだって。」

「誓いの儀式…?」

「…2人でする必要があるの。だからほら、この木の周りには2人組が多いでしょう?」

「本当だ…ねぇ、一体どういう儀式なの?」


 加奈子は自分の顔が熱くなるのを感じた。彼女は何も知らない。自分はそんな彼女と儀式をする為に、覚悟してここに来たのだ。


何を今更。

どうせ叶わぬのなら夢を見たっていいじゃない。


 怖気付いた自分にそう言い聞かせ、未だ何かにすがるような目をする彼女を見た。

 彼女の体を起こしがしっと両手で腕を掴むと言った。


「…ミスルトウ、別名<宿り木>のつるの下でキスをすると、一生結ばれる、…、…の。」

「…………えっ」


 たった一文字がとても長く感じた瞬間だった。

 その間の加奈子は、彼女の反応がなく、やはり言ってはいけないかと顔を青くしたり、はたまた自分の言った意味を考え赤くしたりと百面相をしていた。


 友人の言葉に私は再び赤いマフラーに顔を埋めた。視界には彼女の黒タイツに女学院の制服のスカート、ミトンの手袋、そして赤いマフラー。


赤いマフラー。

去年、ミトンの代わりに貰ったんだった。


「…加奈子は、その…」

「えっ、なっなに?」

「…その…私の、事…す、…す、き…なの…?」

「………う、うん。」


 -いつから、と質問をしようとして私はやめた。

 きっとそれは私自身への質問だ。





















加奈子は男性と結婚をする。


だからこの想いは、ミスルトウが持っていく。




私は恋をする前に失恋した。


だからこの想いは、ミスルトウに隠していく。








その日初めて、私は彼女とキスをした。

ミスルトウが見守る中で。

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とある日の日常 シャオメイ @Xiaomei_3

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