第13話

最後の日記。司が最後に書きたかったことをかいた、それだけの…

そう思うと詭弁だがちょっと楽になる。

『中原へ。妻が寸刻、学校に行きました。やっと発表でつかうスライドがあがってきたらしい。学生と徹夜してマウントして練習だって。うちには幸い子供がいないのでこんな勝手もアリです。お互いにね。

そして寸刻、ビニール袋に薬をいれて粉砕しました。すり鉢とすり棒がないので、そんなに細かくはならなかったんだけど、一応粉末。これならよっぽどの事がないかぎり吐くことはないとおもう。

今は呑んでます。最後だしね

本当は日本酒がのみたいなあ。コッチきて日本酒が高いのがよーくわかった。そのかわりワインは安い。

でも俺的には日本酒だったかなあ……いきなり買いにいくのもわざとらしいんで、とりあえずウイスキーにしてみたよ。

まあそんなことはどうでもいいか。

そんなわけで一方的ですが、ゴメン中原、やっぱり俺の意思はかわりません。

準備してて楽しいんだよな〜問題はソコか。ちょっと遠足の前日みたいな気分でさ。

そんなの変だろ?わかってんだよ。でもテンションが地を這ってるよりいいか、と思ってます。どうなることかわかりません。

もしかしたら大失敗でヘラヘラいいつつ病院から「中原ー。俺自殺未遂しちゃってさー。一寸相談したいことあるんできてよ」って電話するかも。

これで失敗したら、自分はちゃんと病気と向き合うよ。

俺も実際のトコ、どうしたいんだかよくわかんねえんだ。本当にここで終りでいいのか自分?とも思う。

でも楽になっちゃいたい気分もある。で一種のカケです。

この薬を吐くようだったら、きっと無意識は生にむかってるってこと。神も俺をまだ生かしてくれる気があるんだって、おもうことにする。

だから死んだらその逆ってことで。

よくわかんないんだ。もうよくわかんないんだよ。

この混乱した状態が、すでに病気が進行した証なんじゃないかって、すごく恐れてる。

でもまあ、病気にならなくたって、自分の生き死にだから混乱もするか。こんなコト、ダラダラかいて何の役にたつんだろうね。まあいいか。所詮相手が目の前にいないのに、壁に向かって独り言いってるようなモンだから。

まあ中原が本当にココにいたら自殺補助でパクられちゃうしな。それは気分が悪いだろ?』


「いや今だって十分気分わるいぞ」


『やっぱり俺は人魚姫だったんだよ。おかしいな、もう人生の半分をとうに過ぎた野郎がこんなこと思ってるなんて。

でもやっぱりそうだったんだ。魔法使いに騙されてここまできちゃった人魚姫、代償として声を奪われ、ただひとめ惚れしただけの男をおっかけて陸にあがったバカな娘。(第一氏素性も性格もなんもしらないような女をいきなり妻にする男つうのもどうかとおもわねえ??) 最後はめでたしめでたしだったっけか?

でもそんなことないんだよ。きっと彼女は苦労した。 正確なハナシを最後まで覚えてないんだが、

きっと彼女の末路は不幸だったに違いないよ。そんな男だから浮気もしたろうし、途中で捨てられたかもしれない。

そして彼女は悲嘆に暮れて、岸壁に立つ城の塔から身投げするんだよ。

まるでオフィーリアみたいに(彼女は橋から飛び降りたんだっけ?)、花にかこまれて、ゆっくりと下流に下る。

そしていつかは海にでる。

彼女がやって来た場所で、彼女はやっと葬られるんだ。

生き物はさあ、やっぱり最後は一緒なんだよ。一生ずっと生きてる生物なんてありゃしない。

それがちょっと早いか遅いか、天命かそうじゃないかっていう差しかないんだ。

俺は先に海にでることにしちゃいました』


「オヤジがハマっていいキャラクターじゃないって自覚してるなら止めろよ。まったく」


『ゴメン中原ホントゴメン。何度謝っても謝りきれない。

自分の目が色盲だったばっかりに、中原の人生はもしかしたら狂ったかもしれない。こんなヤツ目指さなくてもよかったのに。

単なる世をナナメにみてたヤな子供だったんだよ自分はね。

そんな子供を目指したばっかりに、とうとう自殺した人間の日記をもらうハメになったりして。

もうヒトがいいのもいいかげんにしなね。というわけで、捨ててもいいよ。邪魔でしょ?笑 蔵書とかなら売ったりもできるのに日記じゃなあ。せめて俺が有名だったら、この日記も売れるんだけどな。断腸亭日誌みたいに、売ったりできるのにな。

売れもしない、しかも邪魔で重い。いい迷惑だな。今度こういうヤツがいたらうかつに近寄らないようにね

その目がみてる景色と記憶にこんなヤツをうかつに入れちゃだめだからね。そうしないとこういうことになるし。

中原はいいヤツでウカツだから、中原っぽいんだけどな

でもまあ、止めておいたほうがいいです。


結局こんなコトをグタグタいってる自分には中原の目は手にはいらなかった。

それが一番欲しかったんだ。でももう諦める事にするけどね。

あと最後にお願いが。

できればその風景に、自分の妻もいれてあげてください。君なら出来るよ。 なーんてこれは押し付けか? でも一応お願いしておく。こんなタイミングのお願いじゃ断われねーか? つくづく卑怯だなあ。俺って(わかってて書いてるとこが更に悪党だよな)

じゃあ本当にバイバイ。

まあ、俺らが出会ってから、今まで会ってなかった時間全てを合算すれば、これから中原にあえるまでの時間なんて体した事なさそうだから、全然俺は心配してない。

いつかは海にでる。 道の長さはひとそれぞれ

だから、ただそれだけだって。

中原はぜひ、ウネウネと正しい道を楽しく下ってきてください。こんなイレギュラーに川にとびこむんじゃなくてね。

そしてその目で観たイロンナ事を今度は俺におしえるようにね。

俺のみてきたモノは、だから中原に託します。勝手だけど、そうします。じゃあ海で

海で会おう』


「悪党!確信犯じゃねーかそれって!僕に選択の自由はないのかよ!」

僕は一人で大声で怒ってた。

ハタっと気付いてかなりどうかとおもった。


これからどうしたらいいものやら。

残った日記は多量にあるし、読んでない部分を読むべきだろう。それはわかるけどでもとりあえず

僕は電話をしなきゃだよ。とりあえず電話を

時間は午前11時。11時間時差の向こうは午後10時だ。

電話していい時間じゃない。すくなくともあまり仲がいいわけでもない彼女の家になんか。

でも僕はもう黙ってはいられないのだ。事実を知ってしまった僕には


住所録にかきつけた電話番号を慎重にまわす。ダイレクトコールだから一寸緊張する。

出た女性に向かって僕は「司さんですか?」といったら英語で返答があったので、いきなり英語が話し出せない僕はちょっとあせったが、たどたどしい言葉で奥さんをお願いした。

しばらくまって彼女が出た。

「かわりました…」

最初のヒトコト、何いうかすら決めてない。ウカツだった。心の中で舌撃ちしつつ僕は言った。

「中原です。司の日記をよみました。連絡しなきゃっておもいました」

「あらそう…」

「ご免なさい寝てました?」

声がやたら、つかれてた。

「その反対。あまりねむれないのよ。不安でね …友達に毎日きてもらってるのよだから」

このケアを頼まれてたんだよね僕はきっと

「あーあの。中原の日記なんですけど… 彼が一番に思ってたのはきっとあなただってわかったんで、やっぱりご報告しておこうかと…ほら、このまえいったときに、あなたが僕に『財産はくれたけど心はくれなかった』って言ってたじゃないですか。でもそれが違うってことを言いたくて…」

「事実でしょ?日記はあなたにおくったんだし」

東京の自分の部屋から見える風景はいつもの東京の風景。下の家の庭で犬がムダ吠えしてる。

あの部屋からはどんな夜景がみえるんだろう。司は毎日何をみてたんだろう。

「彼自身が最後に僕にあてて書いてあります。これは彼の目がみた記録です。心じゃない。それがいいたくて…それと、一度日本に居らしてください。司史郎はそこじゃなく、ココで育ったんですから。彼を理解するにはココを観るのが一番いい筈です」

受話器の向こうは無言だ。

でも僕は言わなきゃ。躊躇することなく

「司は、先にいってるとかいてありました。海であおうと。直接彼の口からその言い訳を聞く前に、僕が知ってる事情を確かめておくのも悪くないんじゃないですか? 僕もあなたが見た司史郎が知りたくなってきました。ぜひ来てください」

彼女はしばらく黙った後、こういった

「あなたの言ってるコト、半分も理解できなかったわ。でも日本にいけばいいってことだけは判った」

「間違いないです。僕がもらったのは単なる彼の目だけですから」

だからきっと心はもらってません。そこまで口にできなかった。

その前に彼女が笑った…ような気がしたから

「ホント、ワケわかんないコトいってる。中原さん、錯乱気味だわ。でもわかった。また連絡します」


電話を切ると軽い嘆息。


今までの僕は司史郎っていう幻想にふりまわされてた。

でもこれからの僕は…事実に近い司史郎にふりまわされるんだな。多分ずっと

これをたどって海へいく。 その距離はよくわからないし、これからもいろいろあるだろうけど

でも目的地はソコなんだ

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いつかは海にでる エイカカイエ @eikakaie

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