第10話 零番隊のモノノケたち
◇
「……と、いうわけで。今日から
――その日のあやかし公安局、妖魔討伐隊零番隊本部、終礼にて。ぶっすーとした不貞腐れ顔の俺に構わず、配慮の欠片もないとんだ奴隷宣告……ではなく新人紹介をする鬼良隊長。
鬼畜かよってつっこもうにも相手はマジモンの鬼だし、一応は(認める気はないけど)俺の上司でもあるわけで……俺は致し方なく、ものすごく不快感をあらわにした顔の棒読みで「おなしゃーす」とだけ呟いといた。すると、
「はん。〝人間〟の新入りねえ。どうせなら美人で色気のあるネーちゃん寄越せよ。相変わらず使えねーなあ公安トップのボンクラどもは」
どこからともなく聞こえてきた声に、慌てて声の出元を振り返る。
「エッ。っていうか誰⁉︎」
シャキッと並んだ隊員の中で、一人だけ机の椅子にデデンと腰掛けて酒入りらしい瓢箪を煽りながら、楓の葉のような内輪でパタパタと風を扇ぐ謎の男の姿がある。
勤務中に酒⁉︎ いやそんなことより、なぜかその男だけは隊服でなく黒羽根のついた貫禄のある着流のようなものを纏っているし、見るからに雰囲気が――妖気もだが――天狗っぽいんだけど……。
「ああ、アイツ、天崎だから」
「はい⁉︎」
隣にいる雪村サンにさらりと言われ、さらに動揺が深まる。
いや意味わっかんねえ。天崎サンってあの毒舌美女のはずじゃ、と困惑する俺に、俺の指導担当である雪村サンは、ぽりぽりと頬をかきつつも簡潔な説明を施す。
「彼女は俺らとはちょっと性質の違った半妖で、あの天狗男に体を乗っ取られてんだよ」
「体を乗っ取られてる?」
「ああ。だから、天狗の気まぐれで外見や人格がコロコロ変わる。ちょっと違うけど喩えるならジキルとハイドみたいな……。天狗の時は妖力爆上がりするけど素行は最悪だから。彼女自身、相当迷惑被ってると思う」
「は、はあ……」
わかったようなわからないような説明だったが、今、あそこにいて酒をかっくらっているのが、俺の憎むべきあやかし『天狗』であることだけは確かなようだ。つまり……。
――天崎メイサ ≒ 天狗男。
普段は人間であり女。時に天狗であり男。入れ替わり自由な気まぐれ天狗との半妖ってところか……。
今が正真正銘
畜生……。
俺は悶々とする心を落ち着けるよう、ひとまず深呼吸して心を鎮めるのに徹した。
「ま、天崎が
「……なるほど」
返事をこぼしながらも、あやかしとの同居か……と、懐疑的な眼でちらりと雪村サンを見やる。
――雪村ナツメ。
唯一、このメンバーの中でまともに見えるというか、一見〝普通〟に見えている、俺の指導役兼零番隊の狙撃手であるこの男。見た目は王子様風のイケメンのくせに、中身はゴリゴリの『雪男』との半妖なのだそうだ。
彼の場合は、入れ替わり自由な異例半妖タイプの天崎サンとは違って、スタンダードな融合の半妖タイプであるらしい。つまり、人格の基本はあくまで人間である雪村サン。外見の一部や、妖力・身体能力の面でだけあやかしの性能を受け継いでいるそうで、鬼良隊長や狐原隊長もこのタイプなんだと先ほど彼自身から説明を受けた。
人格が『人間』のものであるというなら、暴走する可能性は天崎さんよりは低いだろうけれど……そうは言っても、やはり半分があやかしであることには変わりがないわけで。どうしても嫌悪感が拭いきれないのが正直なところだった。
俺は封印したくなる衝動を抑えつつ雪村さんから視線を外し、今度は右斜め前方に注目を向ける。
「あの」
「……?」
「天崎さんのことはなんとなくわかりました。それで……あっちにいる〝あの人〟は、さっき話に出てた八神サンって人すか?」
俺は右斜め前方にいる、ヒョロリと背が高く、いかにも紳士風の身なりをした黒縁メガネの男性を指差す。
「――これはこれは天狗さん。久しぶりですねえ。随分良いお酒をお召しのようですが、ここは禁酒ゾーンですよ? 酒盛りがしたい気分なのでしたら、僕の〝お気に入りの場所〟で一杯いかがです?」
その人は妙な闇オーラを纏い、にこやかな笑顔を浮かべて天狗に話しかけている(そしてウザがられてる)のだが――。
「……ああ。そうだ。彼が八神サン。あの人、油断するとすぐ自死と〝お気に入りの場所〟を勧めてくるから気をつけて」
「……(どう気をつけろと……)」
出かかる苦情はさておいて。とにもかくにも、
――八神シュウヤ。
なんとなく近寄りがたくてまだ一言も会話を交わしてないけれど、彼もまた、零番隊の一人で、『死神』との半妖であるらしい。
確か、初めて天崎さんや雪村さんを見かけた時に、〝お気に入りの場所〟=死体安置室で昼食がどうのこうのいってた人だ。その時はずいぶん変わった人がいるなと思っていたが、人間と死神の半妖と聞き、なんとなく納得がいった。
縁起も悪そうだし、できるだけ近づかないでおこう……そんなことを思っていると、
「ああ、もう終礼始まってたんですね」
「おう、来たか」
遅ればせながら狐原隊長が、今までの白い隊服とは打って変わり、黒いロングの隊服に身を包んで颯爽とこの場所に現れた。
二、三、鬼良隊長とやり取りを交わす彼のその腕には、もう『壱番隊』の文字はない。
その理由は、鬼良隊長からの説明で明らかになった。
「――よく聞けお前ら。本日付で急遽、壱番隊から零番隊に特例異動することが決まった狐原だ。見知った奴もいるだろうし、
そう紹介され、改めて頭を下げる狐原隊長……いや、狐原副隊長。
――狐原ソウシ。
言わずもがな、『天狐』との半妖だ。
これは先ほど噂で知った話だが、彼はずいぶん幼い頃から半妖であったにも関わらず、それを頑なに隠して生きてきた猛者らしい。大抵の人は有り余る妖力に振り回されて、それなりの配慮――零番隊の場合は専属の専門家(アドバイザー)でもある影山さんの存在――がないと、半妖であることを包み隠して生活していくことはかなり難しいそうだが、そこはやはり、さすが狐原さんというか……。
とはいえ、憧れていたのに。彼のその突飛した能力の根底には『半妖』という潜在能力があってこそだったのか、と思うとなんとも居た堪れない気持ちになってくる。
何食わぬ顔で左腕に新品の零番隊腕章を付けている彼をぼんやり眺めていると、ふと、狐原副隊長と目があった。
「そういうわけだから。よろしくな、紫ノ宮」
相変わらず隙のない瞳で圧をかけてくる狐原副隊長。色々言いたいことはあるけれど、それを口にしたところでどうにもならないのはよくわかっているので、俺はもう、引き攣ったように笑いながら「は、はあ……」と、曖昧にこぼすしかなかった。
「そうそう、それと。君は『西川』とは顔見知りだったと聞いたけど……」
「あ、はい……」
ふいに狐原副隊長にそう切り出され、胸がずきりと痛む。
というのも、先ほど終礼前に、今回の〝野狐〟の一件について、世に蔓延る野獣を無許可で操り、街で暴走させたり、巨大化させて市民を脅かしたりした犯人は彼――西川先輩――だったとの衝撃報告を、鬼良隊長から受けたところだった。
「本当に……本当に西川先輩が、あの件の犯人だったんでしょうか……」
今でも信じられない。あの気さくな西川先輩が、公安局本部から〝幻惑薬〟を盗み出し、『野狐』が『天狐』に見えるよう細工をして街で暴れさせていただなんて。
「……ああ。希少種の『天狐』を討伐したとなれば、討伐隊隊員としての評価が確実に跳ね上がるからね。だから幻惑薬で偽装して、得意の『傀儡術』で野狐を操りながら、自らが討伐をして一旗上げるつもりでいたようだよ。まあ結局、満月で想像以上に野狐が暴徒化したお陰で、途中から傀儡が効かなくなって、焦って逃げ隠れしていたみたいだが。君が封印して持ち帰った野狐から検出された幻惑薬の成分や、本人の自白からも、それらの事実は確定している」
「そうですか……」
確かに西川先輩は、上昇志向の強い人だった。
国の平和を守る為に陰陽寮に入寮して、血の滲むような努力をして、討伐隊を志願して。念願叶って入隊した討伐隊で、せっかく壱番隊にまで上り詰めたというのに。
「……」
――きっと、俺のせいだろう。
なんの実力も実績もない俺なんかが、あっという間に零番隊に配属になってしまったから、先輩の闘争本能を余計に煽ってしまったのかもしれない。
「おいコラ、なに辛気くせえツラしてんだよ新入り」
「いでっ」
なんて、一人落ち込んだように悶々と考え事をしていたら、鬼良隊長に小突かれた。
「なっ、なにするんすか……!」
ムッとしたように鬼良隊長を見上げる。
――鬼良リョウマ。
今は普通の人間の形をしているけれど、この人は俺が最も憎むべくあやかし――『鬼』との半妖だ。先ほどの鬼の立ち姿が脳裏をよぎりものすごく不快な気持ちになるけれど、他の半妖たちと同様、あくまで国民の平和のために命を賭して戦う隊員であることにも変わりがないので、闇雲に責めるわけにもいかないのが歯痒いところだ。
鬼良隊長はやれやれと肩をすくめながら、諭すような口調でこぼす。
「勘違いすんじゃねえ。西川が伸び悩む自分の成績を気に病んで、この件を計画・準備し始めたのは最近より前の話だ」
「!」
「確かに今回、お前の零番隊配属の件を噂で聞いて、それが後押しになった側面もあるかもしれねえが、そんなのお前には一切非のねえこと。これは明らかにアイツのメンタルの弱さが招いた結果なんだから、いちいち加害者ぶって責任感じるようなシケたツラしてんじゃねえ」
「……」
「お前は新入りのくせに大口叩いてイキってるぐらいがちょうどいいんだよ」
「鬼良隊長……」
相変わらず丸みのない、鬼らしい言葉だ。
でも、鬼良隊長の言っていることは最もで、落ち込んでいた心にスッと染み入ってきたというか……妬まれてナンボだって腹割ってた着任直後の自分を思い出し、今さらくよくよしてらんねえなって、ケツを叩かれたような気持ちになった。
「うす」
まあ、鬼だし。『ありがとうございます』だなんて、口が裂けても言ってやらないけど。
「わかったんなら、今日はもう解散だ。各自残業に戻れ」
感謝の言葉なんて微塵も期待していない鬼良隊長は、手をひらひらさせて蜘蛛の子を散らすようなそぶりを見せる。
「おいおい鬼さんよ、強制残業たぁパワハラもいいところだな。もう業務時間は終わってんだから、公安のねーちゃん適当に見繕って酒飲みに行こうぜ」
これは天狗。
「おい天狗。お前、それが天崎の体だってこと忘れんなよ」
これは雪男。
「ふふ。雪村くん、彼女のためにこんなところで妖銃構えちゃうだなんて相変わらずですねえ。……ああ、死体が出たら僕が責任持って面倒見ますんで、どうぞ心置きなく殺り合っちゃってくださいね」
これは死神男で、
「相変わらずなのは君もだよ八神。ただでさえ暑苦しい上層部からの監視を避けたくて、極力素性がバレないよう注力してたっていうのに……着任早々問題ごと起こさないでくれよ」
これは狐男。
「……」
鬼、天狗、雪男、死神、天狐――。
「おら新入り、いくぞ」
「ちょ。鬼良隊長、いくってどこにっすか」
「決まってんだろ、電球替えだ電球替え」
「はい⁉︎ 残業してまでやることっすか⁉︎」
「お前なあ。他隊の奴らは、俺ら零番隊が極力出動にならないよう、みんな定時もくそもなく身体張って死に物狂いで頑張ってんだよ。そのお陰で俺たちにはそれなりの余暇があんだから、頑張ってる奴らのために光差してやるぐらいワケねえだろ」
「……」
俺はあやかしが嫌いだ。
あやかしと名のつくものは一匹残らず駆逐してやるつもりだし、知ってしまったからにはここにいる
「……了」
――でも、まあ。
鬼良隊長の志操は嫌いじゃないし、もう少し様子を見てからでも遅くはないから。それはまだ先の話だけど。
「先に言っときますけど。俺……鬼、超嫌いだしめっちゃ怨んでますから。いくら隊長とはいえ、もし鬼良隊長に何か異変とか、人に危害を加えそうな怪しい言動があれば容赦なく封印術ぶっ放しますんで」
「コワ。お前、上司は労われよ」
「俺は大口叩いてイキってるぐらいがちょうどいいって言ったの、鬼良隊長じゃないっすか」
「チッ。お前、そういうとこはしっかり学んでんのな。……まあいい。んじゃ、いくぞ」
「うす」
はじまったばかりの隊務生活に今一度身が引き締まるような緊張感と、少しばかりの高揚感を抱いて。
俺は曲がりかけた『零番隊』の腕章を真っ直ぐ付け替えると、先をいく鬼良隊長の背中を追いかけた――。
ARMY OF MONSTERS.
――……この話は、妖魔討伐隊零番隊に任命されたあやかし嫌いの俺……落ちこぼれ陰陽師と、個性豊かな
【コンテスト応募用短編『ARMY OF MONSTERS―零番隊のモノノケたち―完】
ARMY OF MONSTERS -零番隊のモノノケたち- 三柴 ヲト @oto_mishiba
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