燃える朝
小鳥のさえずりと焼いたパンの匂いでエーデルは目覚めた。太陽はエーデルの頭の位置より少し高いところにある。ぬくもりの残る布団を後にしてエーデルは洗面台へ向かった。廊下を歩いているとキッチンの方から流れる水の音が聞こえてきた。覗いてみると、キッチンでセリアが朝ごはんを作ってくれていた。
「セリアさん、おはようございます。」
エーデルが声をかけるとセリアは妙に驚いたような顔をした。しかしすぐに平然とした顔になり笑みを浮かべた。
「おはよう、エーデル。よく眠れた?」
「はい、お陰様でぐっすりです。」
「それは良かったわ!ごめんね、まだ朝食の準備が出来てないの。もう少し待ってて。」
エーデルは頷いて、洗面台へ向かった。顔を洗い、歯を磨く。髪にちいさな寝癖がついていたが、あまり気にはせず自室に戻りテレビを見ることにした。
テレビのダイヤルを回す。しかしテレビはうんともするとも言わない。壊れているのかと思い、エーデルはセリアにその事を伝えに行った。その途中、新聞屋が来ていたことを思い出し、ついでに届けることにした。外に出ると、朝の冷たい風がエーデルの寝癖をなびかせた。新聞を手に取る。すると、ふと目に入った文字に見覚えがあった。すぐさま新聞を開くと、そこには故郷の名前が記されており、その下にはコットの写真が載せてあった。しかし幼いエーデルには読める文字が限られていた。首を傾げていると、明るいカールの声が聞こえた。
「おはようエーデル!いい朝だな!」
「カールおじさん、おはよう。」
「どうしたんだ?そんなところで新聞を広げて。」
エーデルはコットの顔を指さした。
「お父さんの記事が載ってるんだけど、僕、文字が読めないからなんの記事か分からないんだ。」
「そうか、なら俺が読んであげよう。」
カールは新聞を手に取り、その記事を目で追った。その時、カールの顔は一気に青ざめた。にこやかな目が猛獣のように鋭くなったのをエーデルは見逃さなかった。
「…どうしたの?」
エーデルが声をかけるとコットはハッとしてエーデルを見た。
「あ…あぁ、お前さんの国が新しい兵器の開発に成功したんだとよ。良かったな。」
カールはそう言うと新聞を持ってそそくさと隠れるように家に入っていった。エーデルもその後に続いた。
リビングのテーブルの上には朝食が並んでいた。
「あら、おかえり。」
「あぁ、ただいま。」
2人の雰囲気にエーデルは少し違和感を感じた。しかしあまり気にせずリビングのテレビをつけた。
「あ!ダメ!!」
急なセリアの声に驚いたのもつかの間、次に聞こえてきたのは激しい砲弾の音だった。エーデルはテレビを見た。火を噴く戦車、土にまみれる迷彩服の人たち、そして逃げ惑う人々。エーデルは瞬時に恐怖を覚えた。声が出ないエーデルが次に見たのは、父コットの顔だった。しかしコットだと分かるまでに時間がかかった。テレビにはコットと同じ服を着た別人が画面を睨みつけながら戦争の演説をしていた。なぜこの人は父の服を着て戦争へ行けと言っているのか。エーデルはますます怖くなった。
「…お父さん?」
細々とした声をセリアは聞き逃さなかった。
「大丈夫…。きっと違うわ…。」
そう言ってエーデルを抱きしめた。そしてカールはそっとチャンネルを変えた。呆然と部屋の隅を見つめる僕を見てセリアは涙を流した。
「朝ごはんにするか…。」
「えぇ…。」
セリアはゆっくりと立ち上がり席へ着いた。エーデルも席につき、静かな朝食が始まった。味のしない何かをエーデルはひたすら口につめ、牛乳で流し込んだ。目玉焼きにかかったケチャップの濁った赤を見て、エーデルはニュースの映像を思い出し嗚咽した。涙を流す僕を見て、カールとセリア何かを決めたように顔を見合せた。
朝食が終わるとカールはエーデルの横に座り、先程の新聞を広げた。
「エーデル、俺はさっき嘘をついた。本当は知られたくなったが、ここまできて隠し通すのは無理だろう。」
新聞を抑えるカールの手は小刻みに震えている。その小刻みに震える手であの記事を指さした。
「エーデルの国とその隣の国で戦争が始まった。この記事には最初に手を出したのは、隣の国だと書いてあるが、実際はわからん。しかし、戦争が始まったのは事実だ。」
エーデルは驚きのあまり、一周まわって落ち着いてしまった。いや、信じたくないという気持ちが勝っていたのだろう。カールは話を続けた。
「実はこの戦争は予測されていた。いつか始まるだろう。そういわれていたんだ。最近になってその傾向が強くなってきてな、危険を感じたコットがエーデルを俺たちに預けたんだ。」
「…じゃあ、なんで戦争のことを隠そうとしたの?」
しばらく黙ってカールは口を開いた。
「コットから頼まれたんだ。戦争が始まってもエーデルには知られるなって。そして戦争が終わったら迎えに行くってな。本当にすまなかった。」
カールは頭を下げた。エーデルは立ち上がり自室へ向かうと、勢いよく布団に潜り静かに涙を流した。
少年は戦車におかしを詰めた 黒潮旗魚 @kurosiokajiki
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