エピローグ 新たな始まりへ

 一週間の静養を終え、紫苑が碧映と共に白の里を発つ日となった。待ち合わせの時刻よりも早めに紫苑が里の入り口で碧映を待っていると、程なくして当主の老婦人や葵をはじめ、多くの里人が集まってきた。

「はい、これ」

葵が錦の袋を差し出す。袋を開けると、中からは数珠のようなものが出てきた。連なる水晶の合間に、黒翠色の珠が等間隔に配されている。珠には所々に朱色が散っている。紫苑が不思議そうな顔をすると、老婦人が穏やかな声音で問うた。

「見覚えがないかしら」

紫苑は数珠を手のひらに載せて陽に翳す。大地の奥底に眠る力を感じさせる黒翠の色合いと、鮮血のような朱色。ふと、紫苑の脳裏にあの夜自分の体内から出てきた石のことが思い浮かんだ。とんと存在を忘れていたが、どうやら老婦人が預かっていたようだ。

「もしかして、あの血石ですか」

紫苑の返答に老婦人はにっこりと微笑んだ。

「そう。ちなみに私と篠と葵の合作よ」

老婦人がちらりと横を見やると、葵が真紅の目を誇らしげに輝かせる。

「前に、お守り石を作らせてって言ったでしょ。心を込めて作った守り石には、作り手の心が宿って、石の力を高めてくれるんだって。だから私、いっぱい、いっぱい、願いを込めて磨いたの」

紫苑は黒翠色の艶やかな珠を指先でそっと撫でる。単なる石塊でしかなかったものを削り、ここまで磨きあげるには、相当の労苦がかかったことだろう。一点の曇りもない透明な水晶と相まって陽光に煌めく数珠は、とても美しく見えた。

「とっても嬉しいわ。大事にするわね」

紫苑が目を細めると、葵は弾けるような笑顔を向けた。

「紫苑、左手を出してご覧」

促されるまま紫苑は数珠を老婦人に渡し、左手を彼女の面前に差し出した。小さな手が左手首に数珠をはめる。当初こそ硬質なひんやりとした感触だったが、じきにつけた部分がじんわりと温まってきた。何かが身体を巡っていき、そして心地よく馴染んでいく。老婦人の手が数珠を包むように手首に触れる。緋色の双眸がじっと一点を見つめ、程なくして安堵と喜色が浮かんだ。

「これで下界で穢れに当てられても、滅多なことは起きないはずね」

老婦人がそう言って手を離したところで、里の入り口から馬蹄と車輪の音が聞こえた。横付けされた馬車の御者台からこちらに手を振っているのが父だと分かり、紫苑は驚く。わだかまりが解けた翌日自邸に戻ったと聞いたものの、また戻ってくるから、と碧映が言ってはいた。だがまさかこのことだとは思わなかった。

「ふふ、散々振り回してくれたのだから、これくらいのことはしてもらわないと。ねえ」

凛とした声が響く。見ると碧映が不敵な笑みを浮かべて立っていて、紫苑は苦笑いする。

「では、此方たちはこれで。お世話になりました」

「またいつでもいらっしゃいな」

礼を取ると、老婦人が慈愛の眼差しで応じる。傍らで葵も屈託のない笑顔を見せた。

 里人たちに見送られ、紫苑は碧映とともに父の御す馬車に乗り込む。程なく鞭が鳴り、馬車は新緑の山の間を軽快に進んでいった。



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紫紺の目覚め Xunxun @XiangCun

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