カレー料理専門店やまと
Tsuyoshi
第1話蓮と陽葵
青い海、青い空、緑の山。起伏に富んだ海岸沿いに、彩を添えるようにカラフルでフォトジェニックな街並み。ボート遊びやマリンスポーツに興じる人や、砂浜でオーシャンビューを楽しむ人々。
ここは地中海に面したリゾート地だ。ここでは現地の人だけでなく、観光に訪れている人々もよく見かけ、それもまたこの街に活気という華を添える。
今は昼時で、石畳の街路に立ち並ぶ飲食店には、どこも行列が出来ていた。
「陽(ひ)葵(まり)、今日は何を食べようか?」
一組の日本人観光客カップルが周りの飲食店を見ながら、今日の昼食について話をしている。
「私は何でも良いけど、なるべく並ばないとこが良いなぁ」
陽葵と呼ばれた若い女性が行列に目をやると、皆暑そうに汗を拭(ぬぐ)っていたり、パタパタと顔を扇いでいた。
「ねぇ、蓮(れん)。こっちからすごく良い匂いがしない?」
陽葵は恋人の蓮の手を引いて、自身の鼻孔をくすぐる魅惑的な香りを辿る。蓮もその香りに気付き、二人はまるで誘(いざな)われるかのように歩を進める。
「こっちにもお店があるんだね。うわぁ、こっちも並んでる」
「陽葵、あそこのお店、全然並んでないよ」
メイン通りから少し逸れた通りにもカラフルな飲食店が並んでいる。そんなお洒落な街並みの一角に一軒の店があった。その店は他の店と違い、客が一人も並んでいなかった。
「しかもこの匂い、ここからしてる」
「蓮、見て見て! 日本語だよ」
二人が店の前の看板を見ると、そこには『カレー料理専門店やまと』と書かれていた。
「カレー料理専門店? 日本のカレーが食べれるかもね!」
蓮と陽葵の頭の中にはゴロゴロと大きく切られた具が入ったカレーが浮かんでいた。
「よし、今日のお昼はここにしよう!」
二人は行列が出来ていない事に一抹の不安を感じながらも、魅惑的でスパイシーな香りの誘惑には抗えず、店の扉を開いた。
中に入って見ると、店内はかなり奥行があり、奥の正面では上品な老人ディーラーがポーカーテーブルでカードを客に捌いている。そのテーブルを挟んで左右の壁際に設置されているスロットを楽しむ客達の姿が、二人の目に映る。その光景はまるでカジノのようだった。
「あ・・・・・・れ? ここは・・・・・・カジノ?」
「え? でもカレーの匂いはするよ?」
二人が目にした光景と店内に広がる香辛料の香りに、蓮と陽葵の脳はパニックを起こした。一旦店の外に出て、もう一度看板を確認しようと、蓮が店のドアに手をかける。
「チャオー、いらっしゃいませ! お二人ですかー?」
二人の背後から明るく元気な声が聞こえてきた。「えっ?」と思って振り向くと、そこには声の雰囲気をそのまま体現したかのような、明るい表情の二十歳くらいの女性がエプロンを着けて立っていた。ラテン系のハーフと思われる彼女が、二人にそのまま接客を続ける。
「ごめんなさい、今ちょうど満席です。一人1(ワン)ドリンク制で、ドリンクを飲みながら、あちらのミニゲームでお待ちになること出来ますよー?」
彼女が奥のカジノスペースを指す。老人ディーラーが二人にニコリと微笑んだ。
「あの、ここってカレー屋さんですよね?」
「そうですよ、マヤ姉ちゃんの作るカレーはホント絶品ですよ!」
そう言うと彼女は二人にカードを渡し、奥に案内する。カードを受け取った二人は彼女の後に続いた。案内されている途中、二人が店内を見渡す。入口を入って右側には四人掛けのテーブル席が三つあり、そこに座る客が汗を掻きながらパスタやピザ、グラタンを食べている。
「カレー屋って書いてたけど、色んなメニューがあるんだね」
蓮が陽葵と話していると、反対側、つまり二人の左側から、
「ママ、これ辛いよ!」
「クッ、アァァァァァ!」
という声が聞こえてきた。どうやら左側にも席があるらしい。会話から察するに、ママと呼ばれる女店主がいるカウンター席があるのだろう。二人が声のする方に顔を向けた。
「あらや~ね。王子様くらいで根をあげちゃダメよぉ? あ、お客さん? いらっしゃ~い」
そこには四席のカウンター席があり、そこに座る客が美味しそうにカレーを食べていたが、結構辛いらしく、店主と思われるスキンヘッドの男性に悶えているところを窘(たしな)められていた。
「え? ママ・・・・・・?」
蓮と陽葵は筋肉質で体格の良い女性口調の店主を見ながら、困惑した表情でポーカーテーブルの席につく。柔らかく温和な表情のディーラーが二人を丁寧に迎える。
「いらっしゃいませ。お飲み物はいかが致しましょうか?」
そう言って、ディーラーがテーブルの上で、二人の前にドリンクメニューを広げた。
「当店の料理はドリンクも含めて全て手作りで無添加となっております」
「全部手作り⁉ え~、すごーい! じゃあ私、マンゴーラッシーお願いします。蓮は?」
「そうだなぁ、俺は普通のラッシーにしようかな」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。あぁ、そうでした。先程の女性から受け取ったカードを拝見しても宜しいでしょうか?」
二人はディーラーにカードを見せると、彼は手元のスマホ端末を操作し、カードナンバーとドリンクを打ち込んで送信した。
「そちらのカードが伝票の代わりとなりますので、保管を宜しくお願いします。さて、それでは席が空くまでの間、ポーカーでもいかがですかな?」
「ポーカーか、俺結構ポーカー好きなんですよね。あ、でもチップは流石に別ですよね?」
「いえいえ。当店のミニゲームはドリンクを頼んで頂いたお客様全員、無料となっております」
蓮はお金の心配をして少し表情を曇らせたが、ディーラーが優しく笑いながら、この店のシステムを説明した。蓮は無料と分かり、安堵した顔でポーカーを受ける事となった。
「お客さん、ドリンクお待たせしました!」
そこに先程の接客の女性が、注文されたドリンクを持ってきた。ラッシーにはストローが差さっており、マンゴーラッシーの方にはストローではなく、代わりにスプーンが差さっている。二人は受け取って、さっそく一口飲んでみる。
「すっごく美味しい! マンゴーの果肉も入ってて贅沢~!」
「こっちも濃厚で美味しいよ。ミントの香りもほのかに香って意外と後を引かないし」
蓮も陽葵もラッシーに絶賛していると、
「真也(しんや)くんのラッシーは本当に何杯でも飲めますよ」
と、ディーラーがにこやかに笑う。すると、カウンター席の方から、
「ちょっと~、博(ひろし)さ~ん。アタシは真也じゃなくてマヤよ、マ~ヤ」
真也・・・・・・もといマヤが笑いながら、ディーラーの博に名前の読み方の訂正をする。これには博だけでなく、蓮と陽葵の二人も苦笑いを浮かべていた。
「ねぇ、蓮。私、ポーカーのルール分からないから、スロットの方に行ってるね」
陽葵がスロットコーナーに行こうとすると、
「では、こちらのメダルをお使い下さい。メダルが切れても、申し付けて頂ければ、追加致しますので、ごゆっくりお楽しみ下さい」
博が日本のかき氷屋台でよく見かける使い捨てカップを陽葵に手渡す。カップの中にはメダルが八分目まで入っていた。
陽葵がスロットコーナーを見渡すと左右の壁際に五台ずつ、日本のパチンコ店やゲームセンターに置かれているスロットが設置されている。
「あー、このアニメ知ってる!」
陽葵が台の前に座ると、彼女の横に座っていた現地人の客が、
「ジャポネーゼアニメ! ジャポネーゼアニメ! ジャポネーゼアニメ!」
と、連呼しながら、それに合わせてスロットを止めていた。
「海外でも知られてるって、日本のアニメ文化ってすごいなぁ。よーし、私も」
陽葵がメダルを投入口に入れて適当にボタンを押していると、何度か柄が揃う。その調子でしばらく回していると、ボーナスが発生。
彼女は何が起こっているのか分からないまま、ボタンを押し続けていると、突然メダル排出口からカプセルが出てきた。
「あれ、なんだろ? わ、ヤッター‼」
カプセルを開けると中から、料理代金10%引きのチケットが出てきたのだ。有効期限のところには今日の日付と、当日限り有効と書かれていた。
「うわ~、全然勝てない。さっきフルハウス引いた時、絶対勝ったと思ったのにぃ」
「ホッホッホ、残念でしたな」
蓮の方はポーカーで惨敗中だった。博は好々爺のような笑い声をあげた後、蓮と他の客に再びカードを配る。
「そういえば、どうしてこんなカジノみたいなサービスを?」
蓮が博にこのカジノサービスについて尋ねると、
「行列が出来た時に、暑い中イライラしながら順番を待つよりも、こういうミニゲームでもしながら待つ方が楽しいでしょう?」
博が笑いながら話す。そして続けて、
「それに、お連れのお嬢さんみたいに、ゲームに勝って割引チケットが当たったら、ラッキーじゃないですかな?」
と言いながら、手札の四枚をオープンする。本来こういう手は使わないのだが、ここでは本格ルールではなく、所謂(いわゆる)お家(うち)ルールというやつで、揺さぶりの掛け方は自由らしい。開示されたカードはスペードのJとQとKとA。ロイヤルストレートフラッシュの流れだ。
「うえっ⁉ 嘘だろ! 俺降ります・・・・・・」
蓮は今回の手には自信があったのか、表情に出てしまっていたが、博の揺さぶりに怯んで手札を捨てて勝負を降りた。蓮の手札はハートのストレートフラッシュだった。他の客もお手上げだといった身振りで、全員カードを捨てて勝負を降りた。
「ホッホッホ、危ない危ない」
そう言って、博が最後のカードを捲ると、
「うわぁぁぁ! 降りなきゃ良かった!」
蓮がガックリと落ち込む。博の最後の一枚はダイヤの4だった。つまり、役無しだ。
「あ~、おじいちゃんの手口に引っ掛かっちゃったんだ? 残念だったね~。お客さん、カウンター席空いたんで、どうぞ~?」
「これこれ、ミシェルちゃん。手口なんて人聞きの悪い。作戦じゃよ、作戦」
接客の女性、ミシェルが空いた席に二人を案内しようと呼びに来た。ミシェルが二人をカウンター席に案内し、二人は椅子に座った。
「いらっしゃい、料理は何にするのかしら?」
蓮と陽葵の目の前に立つマヤが、メニューをカウンター越しから二人に広げて渡す。
「うわぁ、いっぱいあって迷う~」
「なるほど、カレーをベースに使った料理だからカレー料理専門店なんだ」
「ウフフ、そうよ~。ところでお二人さん、日本から来たの?」
メニューに載っている品数の多さに、どれにしようか悩む二人にマヤが気さくに話し掛ける。彼は見た目こそスキンヘッドと整えた顎髭の厳つい海外軍人といった風貌だが、ピンクのフリフリ前掛けエプロンを着けた姿と女性口調でかなり印象が柔らかくなっていた。
「そうなんですよー。彼氏の蓮と一緒に地中海旅行しようって計画して、それで大学の休みを利用して来たんです。ところで、店主さんも日本語お上手ですね!」
「あら~、学生さんなのね! 道理でお肌ピチピチで可愛いなと思ったのよ~! あとアタシの事はママって呼んでね~?」
そう言ってマヤは陽葵の手を指さす。陽葵が嬉しそうに照れ笑いをしている間、マヤは蓮の鎖骨から唇まで、ねっとりとした視線を送る。
「・・・・・・なんだか視線を感じる」
舐めるようなマヤの視線を感じ、蓮がマヤの方に目を向けると彼と目が合った。その直後にマヤが蓮にウインクを飛ばし、ゾワッとしてメニューに再び目を向ける。
「ええっと、ママさんって、ハーフの方なんですか?」
「そうなのよ、日系三世ってヤツね。さっきお兄さんがボロボロにやられちゃったそこのディーラーが、アタシとそこのミシェルちゃんのおじいちゃんで、大和博さん」
マヤが博とミシェルに視線を向ける。
「大和・・・・・・あっ、だからお店の名前も日本語で『やまと』なんですね。じゃあ元々このお店って、おじいさんのお店なんですか?」
「大和はアタシとミシェルちゃんの苗字でもあってね。ちなみにアタシ、下から読んでもヤマトマヤなのよ。ってやだ、話逸れちゃったわね。お店はそこの博さんから引き継いだのよ」
陽葵がカジノスペースの方に視線を向けると、博がニッコリ微笑んでくれていた。
「それで、そこで動き回ってる従妹(いとこ)のミシェルちゃんがね、小っちゃい頃からマヤ姉ちゃんと一緒にお店やる~って言ってて」
「それで私も学校で調理師免許取って、このお店で働いてるんですよ~」
陽葵の問い掛けにマヤが答えている途中で、ミシェルが話に割り込んだ。提供する料理を取りに来たついでだったようで、それだけ話してテーブル席の方に料理を運びに行った。
「アタシがお店継いでから、博さんは前線を退いて、ポーカーの趣味も兼ねてこのお店を手伝ってくれてるのよ。ところでお二人は注文決まったのかしら?」
マヤとのおしゃべりの間に、二人は何を注文するか決めたようで、マヤに注文を頼む。
「私、このキーマカルボナーラお願いします」
「ええっと、俺はカレーで」
「カルボとカレーね? 辛さはどうするの? ウチのは基本辛いから、女王と王様とババは辞めといた方が良いわ。初心者には王子様がオススメね」
「じゃあ、私は王子様で」
「俺は・・・・・・このババで!」
「あら~ん、ババ行っちゃうの? 漢(おとこ)ね~。アタシ達にカッコイイとこ見せてちょうだい」
「ちょっと、蓮。大丈夫なの? ママさんも辛いって言ってるけど・・・・・・」
蓮が辛さで『ババ』を選んだのには理由があった。ババを完食した後、ママとゲームをして、勝ったらドリンクを除く料理代が無料になるというのだ。ゲームの内容が気になるのもあるが、陽葵に格好つけたいのが大きな理由だ。
数分後、まずは陽葵の目の前に料理が置かれた。深めの皿にうず高く盛られたカルボナーラ。牛乳は使われておらず、濃厚なチーズと卵黄にボロネーゼのようなキーマカレーが平麵に絡められていた。麺の上にはキーマカレーが別に盛られ、窪ませた中央には卵黄が乗り、その上からパルメザンチーズと粗挽きの黒胡椒が散らされる。
そして陽葵の料理を提供した直後、蓮の前にも料理が置かれる。蓮達が最初に想像していたカレーとは違い、挽肉のそぼろ感が強いキーマカレーだった。平たい皿の中央にライスを平たく盛り、その上からキーマカレーを全体にかける。挽肉の上にはズッキーニとトマトと南瓜のスライスを焼き目がつくまで焼いたものが添えられていた。
「さぁ、冷めないうちに召し上がれ」
「うわぁ! 美味しそう! いただきます!」
「想像とは違ったけど、すごく美味(うま)そう。あっ、でも匂いが辛い!」
二人は冷めないように、サッと素早く料理の写真をスマホで撮影して、それから手を合わせてから料理を口に運ぶ。
「・・・・・・美味しい! 確かに辛いけど、チーズと卵で程よいピリ辛具合になってる! それにこのカレーも最初に優しい甘みがあるから、味の濃厚さが引き立つというか。あの、ママさん、これってどうやって作ってるんですか?」
見た目だけでなく味も美味しく、量も女性向けなキーマカルボナーラ。陽葵はあっという間にペロッと平らげてしまった。自分でも作りたくなったのか、マヤに作り方を尋ねる。
「あらアナタ、食レポ上手いわね! これはね~、挽肉と同分量の微塵切り野菜を先に炒めてから、別鍋で挽肉を炒めて最初の肉から出る油を捨てるの。それから赤ワインで臭み取り。水分が飛んだら炒めた野菜と合わせて、カレー粉と黒糖で最初の香りと甘みをつけるのよ」
「これ黒糖入ってるんですね! あっ、野菜は何を炒めてるんですか?」
「玉ねぎ、人参、じゃが芋、茸類、ナス、南瓜、それに大蒜と生姜ね。玉ねぎから先に炒め始めて、次に大蒜と生姜。あとは火の通りにくい物順に炒めて、最終的に玉ねぎが飴色になれば野菜はOKよ。野菜で結構甘みが出てるから、黒糖入れる時は注意してね?」
マヤがベースとなるキーマカレーの作り方を陽葵に教えている横で、蓮は汗だくになりながら、辛さババレベルのキーマカレーをハフハフと食べていた。
「カレェー‼ 美味い! けどカレェー‼」
「あとは各種ソース系で味をつけて・・・・・・って、お兄さん、さっきからそれしか喋ってないわよ? ほ~ら、ガンバレ、ガンバレ」
「ちょっと凄い汗じゃん。本当に大丈夫なの~?」
カレーと奮闘する蓮を見てケラケラと笑いながら応援するマヤと、同じく笑いながら蓮の汗をタオルで拭いてあげる陽葵。二人の応援を受けながら、何とか完食する蓮。汗がとめどなく噴き出してきて、蓮は追加のドリンクとヨーグルトアイスを注文した。
「追加ありがとねぇ~。じゃあ、さっそく・・・・・・ゲームといきましょうか?」
追加のアイスとドリンクを蓮の前に置いたマヤは、トランプを出して慣れた手つきで細かくカードをシャッフルする。そして自分を含めた三人の前に、均等にカードを配っていく。
「ゲームは・・・・・・・・・ババ抜きよ」
マヤは予(あらかじ)め中央に捨てていた一枚のジョーカーを人差し指と中指で挟み、二人に見せながら不敵な笑みを浮かべる。蓮はまだ口内と喉に残るスパイシーな香りと辛みと、畳みかけられるように唐突に開始されたババ抜きに、思考が全く追いついていなかった。
「この勝負に勝ったら、あなた達の料理とデザート代はタダにしてあげるわ。そちらのお嬢さんは、さっき割引券ゲットしてたから負けても割引できるからね?」
三人がダブったカードを捨てている時に、マヤはこのゲームで勝敗した際の説明をした。
(見たとこ、お兄さんが八枚で一番多いわね。次にアタシが七枚、お嬢さんが六枚ね)
頭と同様、毛の無い眉をピクリとも動かさずに、二人の手札を目だけで流し見るマヤ。
(ねぇ、蓮? ババ持ってる?)
蓮にアイコンタクトを送り、ジョーカーの有無の確認を試みる陽葵。
(ん? なんだ、陽葵のやつ、急にウインクしてきて。あ、もしかしてさっきの激闘でちょっと惚れ直させちゃったかな? へへっ)
完全に勘違いして陽葵にウインクを返す蓮。
(蓮は持ってない。ということはママさんがババを持っている・・・・・・)
蓮の勘違いウインクから、更に勘違いを重ねる陽葵。
(お嬢さんのあの様子からして、ババを持ってるのはお兄さんね。アイコンタクトなんか取っちゃって、フフッ。バレバレよ)
既に誰がジョーカーを持っているか見抜いたマヤは、表情を一切動かさず、心の中でほくそ笑んだ。
「それで引く順番だけど、お嬢さんから時計回りで、お嬢さん、お兄さん、アタシ・・・・・・で、良いかしら?」
「私はそれで良いですよ」
「俺も大丈夫です。じゃあ、陽葵。俺のカードを引いてくれ」
陽葵が蓮の手札から一枚選択して引くと、
「・・・・・・っ⁉」
いきなりジョーカーを引いてしまった。さっきのアイコンタクトはなんだったのかと、陽葵は蓮を睨む。睨まれた蓮は、陽葵の態度に困惑しながらマヤの手札を引く。
「なんだよ~、睨むなよ。ウインクしたり睨んだり、忙しいなぁ。おっ、揃った」
「あらら、ババ引いちゃったのね、お嬢さん。顔に出てるわよ?」
「アハハ~、何の事ですか~?」
マヤの言葉で図星を突かれて、思わず一瞬目が泳ぐか、それを誤魔化すように笑ってとぼけた。しかし、誰が見てもまる分かりだ。陽葵はポーカーフェイスが苦手らしい。
「あら、お嬢さんありがと。揃ったわ」
陽葵が誤魔化している間に、スッと彼女の手札を引いて、揃ったカードを捨てるマヤ。
「ほら、次は陽葵だぞ」
「わ、わかってるわよ。あ、揃った」
陽葵がカードを捨てる。これで一巡した。現在の手札はマヤが六枚、ババ無し。陽葵が六枚でババ有り、蓮が五枚でババ無しとなっている。
それから再び順繰りに手札を取る。
「あらやだ~ん、ババが来ちゃったわぁ~ん」
マヤにジョーカーが回ってきた。マヤは敢えて言葉に出して、ジョーカーが手の内にある事を宣言した。
「ヤッター、やっとババから解放された~!」
ポーカーフェイスが苦手な陽葵からカードを引くのだから、逆を言えば自分の手の内も明かしているのと同じだからだ。宣言はするが、表情は崩さないマヤ。
それからまた妙な緊張感の中、カードの交換が続いた。しかし、三人の手札の枚数はうまくいけばあと一巡で終わる枚数になっていた。次に引くのは蓮。マヤの二枚のカードを睨む。
(このターンでうまくいけばタダ! 右か、左か・・・・・・・・・どっちだ?)
(ウフフ、面白くなってきたじゃな~い。でもこの子・・・・・・迷う姿も可愛いわねぇ)
(どっちなんだ・・・・・・右、と見せかけて左か? いやいや、左と見せかけての右からの左からの右。ん? 右? 右ってどっちだ? えーっと、皿を持つのが左で、右は・・・・・・)
軽くゲシュタルト崩壊を起こし始める程に迷う蓮の額には汗が滲み、それがツーっと頬に伝う。心なしか少しやつれて見える。
「ウフフフフ、迷ってるわねぇ~・・・・・・あら、お兄さん、ちょっと老けた? ほらほら~、早く彼女にカッコイイとこ見せてあげなさいよ~?」
「蓮、頑張って!」
迷う蓮に声援を送る陽葵と、心を乱れさせようと彼を煽るマヤ。
(落ち着け、落ち着くんだ蓮! 陽葵にカッコ悪いとこ見せられん)
「よし、決めた!」
覚悟を決めた蓮は男らしく、颯爽と、堂々とマヤの手札に手を伸ばす。そして蓮がカードを掴んだ瞬間、
「アァァァァァァァァ~~~~~ン‼」
と、急にマヤが大声をあげる。
「うあぁぁぁぁぁ‼」
急な大声に驚かされた蓮は情けない悲鳴をあげて、カードから指を離す。蓮の反応が可愛かったのか、マヤはクスクスと含み笑いをしていた。また、陽葵も蓮と同様にマヤの大声に驚かされたが、マヤの奇声と蓮の反応がツボに入ったのか、声をあげて笑い出した。
「きゅ、急に変な声出さないで下さいよ!」
「あら~、ごめんなさいね~。お兄さんがババ取ろうとしてたから、つい・・・・・・ね」
(あぁー、びっくりした。陽葵にも笑われるし、クソ~! 絶対勝ってやる)
気を取り直して、蓮はマヤの手札の一枚を掴んで引く。先程取ろうとした方のカードだ。
「・・・・・・っ!」
グッ、と強い抵抗を感じた。どうやらマヤが引かせまいと指に力を込めているようだ。
(あっ、これ、ババじゃないな。でも一応・・・・・・)
蓮は一度カードを離して、反対側のもう一枚を引こうと指をかける。マヤの口元が緩むのが見えた。
(軽い・・・・・・じゃあこれがババか)
「・・・・・・と見せかけてこっちだぁーーー‼」
蓮は最初に掴んで離した方のカードを掴み直し、勢いよく引き抜いた。
「これで俺の勝ちだーーーーーー‼」
「あぁん、意外と激しいのね」
マヤから取った手札を見る・・・・・・・・・ジョーカーだった。
「だから言ったじゃなぁ~い」
マヤのチープな策略にはまり、放心状態の蓮にマヤは口元をほころばせながら、忠告はしたと笑う。
「あっ、揃った! やった、上がり~」
「あら、おめでとう、良かったわね。・・・・・・あら、アタシも揃ったわ」
意識呆然の蓮をよそに陽葵とマヤが坦々とゲームを進め、それぞれ揃って一抜け二抜けしていった。
「あ~、楽しかった。お兄さん、残念だったわね。じゃあ、お嬢ちゃんは一割引きで、お兄さんは割引無しね。あっ、そこの機械にカードを差し込んだら料金表示されるからお金入れてね」
マヤが笑いながら、自動精算機を指さして説明する。蓮と陽葵はマヤの指示に従って代金を清算した。
「料理も美味しかったし、ママさん面白いし、また来ますね!」
「くっそ~、次はポーカーとババ抜き、どっちか絶対勝ってやりますよ!」
カレー料理専門店やまとでのひと時を満喫した二人は満足げだった。
「ウフフ、またいらっしゃいね。待ってるわよ」
「ホッホッホ、またのご来店を心待ちにしております」
「ありがとうございました~! また来て下さいね!」
気さくなマヤママに、物腰柔らかなディーラー博、元気な笑顔の看板娘ミシェルに見送られて、蓮と陽葵は再び、地中海の陽気でフォトジェニックな街の中に溶けていくのであった。
カレー料理専門店やまと Tsuyoshi @Tsuyoshi-k
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