赤竜王の求婚

らんた

赤竜王の求婚

 ある昼下がりの午後、吟遊詩人が広場で人々と一緒に座っていた。すると突然、遠くから炎が人々の方へ向かって来る! なんと赤竜が広場の中央に下りてきたではないか。

 吟遊詩人ととても貧しい中年の男を除いて人々はみな恐れて家の中や街の外へと逃げていく。街はパニックに陥った。階段部分で将棋倒しになる悲劇もおきた。ところが竜は広場に立つだけでなにもしない。ただ集まってきた兵士には唸り声を上げ、威嚇している。


 魔法言語のひとつである竜語がわかる吟遊詩人はなんと竜と会話しているではないか。人々が恐れながら見ていると、こう言った。


「恐れるでない!この竜は嫁を欲しがっている。だれかこの竜に娘を嫁がせる者はおらぬか」


街の人々や兵士は……。


「本当か!」


「嘘つくな!」


と次々非難する。それを見て竜はさらに大きな怒りの咆哮をあげる。


「人間の嫁さえ我のものとすれば危害はあたえぬ。しかし、それがかなわぬのならこの街は地獄の炎と化すであろう。我は暴力は好まぬ。だれか我の嫁になるものはいないか! ……と、言っている」


 振るえながら吟遊詩人が通訳している。

 それは事実上の生贄の要求であった。誰も竜に娘を嫁がせようとはしなかった。しかしこの世に財産は娘だけという貧しい親だけがその申し出を受け入れた。悲鳴を上げる娘。しかし、兵士に縄をかけられむりやり竜の前に連れて行った。すると竜は娘を肩に乗せて行ってしまった……。

街の人々は胸をなでおろした。


 あの事件から数年が経った。父だった男は毎週教会にやって来ては祈りを捧げていた。市長から援助金ももらって普通の生活をしていた。娘など惜しくはなかった。飢えに苦しむ日々に比べたら毎日が幸せであった。ミサが終わり広場に腰を下ろす。そこに突然小さな竜巻のような突風が吹き・・その中そこに突然あの吟遊詩人がやってきた。


「娘さんのことは心配じゃないのか」


老人は喜んで答えた。


「ええ。心配ではない。私は幸せだ」


 吟遊詩人は下をうつむいたかと思うとやがて怒りがこみ上げ持つ杖が震えていく。後ろに背負った楽器も振るえていた。


「この愚か者め!」


 そういうと詩のような歌が広場に響き渡る。数秒で杖に白い光がたまるとそれを男にぶつけた。


 「ぐあああああ!」


 男の姿がどんどん変わっていく。なんと男の紙が抜け落ち、老いていくではないか!

変化が終わると広場には騒ぎを聞いて集まり円陣を組んで見守っている住民と老人と吟遊詩人の姿があった。


 「その呪いは娘と竜に会えば解ける。竜がその呪いを解くであろう。そなたは今から竜宮へいくのだ」


 老人は吟遊詩人に言葉にならないほどの声で怒り狂う。しかし、吟遊詩人は杖を振るい小さな雷撃を発した。


 「ぐあああああ!」


 またしても呻き苦しむ。


 「竜宮はここから二百キロ先の洞窟の中だ。そこで竜と娘に会うのだ」


 数日後、多数の人々に見送られながら老人は旅立っていく。その風貌はどうみても七十歳は越えるであろう老人であった。


 怪鳥が飛び交う山を登りながら吟遊詩人がいう洞窟へとやってきた。そこに吟遊詩人から手渡された鱗をかざす。


 すると光り輝く空気のような門が現れた。そこにおそるおそる入ると……。そこはもう洞窟の中ではなかった。


 きらめく王宮の中であった。窓を見るとそこには黒とも紫とも言いがたい空気が流れていた。老人は疲れと喉の渇きによって、気を失って倒れこむ。


 やがて従者が老人を見つけ、王宮へ運んでいった。


 老人が目を覚まし気がつくとそこはベッドの上だった。


「おじいさん、大丈夫? なにか欲しいものはありますか。どうして竜宮に?」


老人は答えた 。


「お腹がすいて喉が渇いています。私は竜に嫁いだ娘を探しにやって来た者です」


 老人が話し終えると、その女中の娘は、すぐに部屋を離れ、竜王にこのことを伝えた。竜王は命じて言った。


 「その者をここへ」


 老人が応接の間で見たものは美しき娘達ときらびやかな調度品に囲まれた部屋、そして大きな王座であった。そこに翼をはためかせ赤竜がやってきてそこに座る。


 「すまぬのう、竜族というものは実は元々人間なのじゃ。人の子から成長し、竜になる。じゃから友たる魔術師に頼み子孫を作るようにしているのじゃ。もちろん人間の言葉も実は分かっておる。我かてもともと人だったのじゃ。あれは演技じゃ」


唖然とする老人を無視して竜王はさらに言った。


「ここにいる子供たちは今はまだ人間の姿じゃ。しかし十四の年に眠りつき、ゆっくりと肉が溶け半年後には竜の姿となるのじゃ」


 老人は、自分の娘がそこにいることすら分からなかった。しかしその娘達から一人の娘が進み出た。娘にも父親にもわかった。娘は父親を抱きしめて口づけをして言った。


「私はあなたの娘です。ここが私の嫁ぎ先です」


お互いが涙を流し、抱き合う。それをみて竜は……。


「もうよいじゃろ」


 そういうと竜王がなにやら呪文を唱え老人に向け爪にたまった光を老人に放った。なんと光につつまれた姿の後に父親の姿がそこにはあった。お互いの姿を再び確かめ合い、再びお互いが涙を流し、抱き合う。


「私の夫は天国と地獄の番人、大地の竜王です」


 男はひと月の間、娘のところに留まった。ある時に、婿たる竜に乗って一緒に天国に行き、天国のあらゆるところを見た。またある時は、地獄にも行った。無事帰ってこれたのだが、小指の先が焦げていた。娘がそれを見て笑う。しかし、十四の子が肉の固まりとなって竜の姿を見て耐えられずある人に二リヤル(※1)だけ借金していたことを理由に帰ることにした。来てからひと月たった時に、老人は旅の荷物をまとめて帰る用意をした。娘と婿である竜王がいくらでも留まってくれるように頼んでも聞かずに帰ることとなった。老人は婿に言った。


 「できるだけ早くに行かなくてはならないのです。二リヤルを返さなくてはいけないのです」


 老人は逃げるようにその場を去りこの世たる洞窟へと戻った。


 元の街へ戻りこの話をしたがだれも聞き入れてくれずやがて狂人扱いにされ、男は幽閉されたという。しかしこの話を記録した僧が後の世に伝わり、今この国の代表的な昔話になったという。


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参考文献


竹原威滋・丸山顯德編著『世界の龍の話』三弥井書店 1998年 pp115-117. 『托鉢僧と七つの頭を持つ竜』より。


※1:二リヤルとは今の日本円で一円程度の価値である。

※2:赤竜で七頭となると聖書の黙示録に出る邪悪な竜と同じ姿だが、この竜は邪悪ではない。

※3:この作品は昔話を元にした創作童話です。


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