暁に吠える彼女(恐れ)

からいれたす。

暁に吠える彼女(恐れ)

 鬱陶うっとうしいくらいに狂っているわね。

 暁の空に向かって口をあけてたたずむ顔見知り。

 彼女はマッドネスでトキシックでちょっとアホー。


「まーっ」

「ねえ、なにやってるのかしら?」


 目を覚ましたら、ベットの脇に立った女が、窓から差し込む陽光に向かってまーって奇声を発していたわ。

 軽く混乱しないかしら? 少なくとも私はしたわ。悲鳴をあげてもおかしくなかったわよ。


「海を見つめて、口からなにかを吐き出しながら、直立するアレのものまねです」

「微妙すぎて、なにひとつ伝わってこないわね」


 そんな得意げな視線を向けられてもこまりますわ。褒められたい犬のようなしっぽを幻視させないでくださいませ。


「思いを馳せるには丁度いいのです」

「いったいなにを思うのよ……。あなたのメンタルも含めてさっぱりわからないわ」


 どうして、わたくしの世話係はちょっとイカれているのかしら。対処に困るもの。ひかえめに言ってど変態ばっかりだわよ。


「まーヒント1。海に関係がある、ネコ科の猛獣の類であります」

「唐突すぎて、私がますます大混乱するわね」


 ああ、ものまねのヒントがはじまったのですね。面倒くさいのでさっさと答えてしまいたいわね。


「まーヒント3。シンガポールの海に向かって慟哭を吐き続けるという伝説のライオン、その名は、なんでしょうか」

「ほとんど言ったわね。2はどこにいったのかしら? 少なくとも慟哭を吐き続けるなんて、私は嫌だわ」


 朝から疲れちゃうもの。


「じゃぁ、砂糖でいいです」

「どうして甘々なカップルのいちゃこらを見ちゃった感じなのかしら」

 あっという間の、方向転換だわね。


「ゆるさぬ。まー。ってな具合ですよ」

「あ、なんかちょっと親近感も湧きそうね」


 砂糖を吐く人なんて実際は見たことがないけれどもね、ふふっ。ちょっとうらやましいわね。


「ちゅーとかするからです」

「あー慟哭するのも仕方ないわ。場合によっては“まー”ともいうかしらね」


 やだ、なにその我が意を得たりって感じの顔つきは。仲間だと思われたのかしら。困るわ。


「毎日、砂糖を吐くものだから、海水が甘じょっぱくなっているのですよ」

「仮にそれが事実だとしても、そんなに吐く必要なんてないわね」


 あれが、本当に砂糖だったら大事件だわ。


「それがですね、嫉妬に狂っていたんです」

「不思議、なんだかあたまがおかしい像に思えてきたわ」


「さすがです。人魚とライオンのキメラですから、のです」

「言い方がひどい。物理的な問題にすり替わっているわよ」


 なにやら、色々と語弊が発生している気もするけれども。ひどい風評被害に見舞われているアレに同情を禁じえないわね。


「ときには嘆き、毒を吐くことも肝要です」

「あなたの価値観は異色にすぎないかしら」


 あれが毒(物理)を吐いちゃったら不味いからね。


 眼下にひろがる公園には、この国のシンボルとも言える像が勢いよく水を吐き出し続けている。


「ところで、お嬢様本日の予定はどうなさいますか?」

「そうね、とりあえずはアレでも見に行こうかしら、そのあとは食事が終わったら考えるわ」


 窓の外を指差すように軽くジェスチャーを交えて、散歩に出かけることにした。


「まぁ、メイドのわたしがお供いたします」

「え、えぇ。よ、よろしくおねがいしますわ」


 それにしても、朝日の中で喉を通り過ぎる珈琲の美味しさは格別ね。


「ところで、お砂糖はないかしら」

「まーしますか?」

「やっぱり……いらないわ」


 仮にだせたとしても御免被ごめんこうむりたい気分だわね。

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