空時計
高黄森哉
それは宙に浮かぶ
電車の車窓から見える都会の景色はどこか青さを帯びている。それは、夏の空を、ビィルディングの壁面が、反射しているからかもしれないし、単に、アブラゼミの絶叫が、私の認知を歪めているからかもしれない。
空虚で静かな、コンクリートの林立。摩天楼とはいうけれど、それらは、塔というよりも、墓石のようだ。だけど、その姿には涼しさを感じる。風鈴の風に揺られた、あの涼し気に近い。
雲が見える。真夏の薄い雲。綿あめの作りかけ、みたいな、縮れ方をしている。その白い雲の向こうに、巨大な数字が茫漠と浮かんでいる。昼前の白い月みたいだ。けれど、もっと大きい。
私は見なかったことにして、膝の上の参考書に目を落とした。数式がずらりと、テキストの上に並んでいる。参考書は青色をしている。参考書は不親切で、ただぼうっと眺めているだけでは、解決しない問題ばかりだ。
あの数字が空に現れたのは、夏の初めだった。夏の初めに現れて、人々を驚かせたそれは、今では日常の一部と化している。だれも、まるで太陽のように、そこにあって当然だと言いたげに、それを認めている。
あの数字は、無機質にカウントダウンを進めている。毎、零時に、一から五の間で、数字は減り続けている。専門家によると、このペースで進めば、十年先まで、零にならないそうだ。
一から五までの数字づつ減っている現状なのだが、それが急に、百減るかもしれない。その可能性が皆無だなんて、あり得ない。そういう考えは、テレビ討論で巧みに批判された。権威や、レトリックで。でも、専門家は万能ではない。
都会だから、中枢機関が沢山あった。国もここを、あの数字のためだけに、捨てるわけにいかなかった。とりあえず、調査班の観察と、警告網の配備を決め、それで安心だということにした。皆、この街に戻ってきた。
あれは危険かもしれない、という安全志向は冷笑の波にさらわれていく。メディアは、数字が零になると起こるかもしれない、人々の不安を、それを共有したい人々の叫びを、デマだと決めつけ悪とした。
例の災害による例の被害に対し、周囲の反応が非科学的で非合理的だと、弾圧したのと同じだ。例の災害の例の被害は、今もブラックボックスのままだ。見なかったことで、無かったことにしたらしい。
零になったら、なにが起こるのか。私たちは、それを知ってる気がする。なにか良からぬことが起こるに違いない。明確に見て見ぬふりをしている。確かにそこにありつづけているが、知らないふりをすれば、零になるかのように振舞っている。
人は信じている。自分に都合が悪いことは起こらない。だから、シートベルトをしないで、平気なのだ。だから、机の下に隠れなくても平気なのだ。だから、外に飛び出さなくても平気なのだ。嗚呼、リスクが零になる。
お空の数字に目をやると、唐突に零を刻んだ。空見ろ、やっぱり専門家は、間違っていたんだ。丁度、同時だった。東京の街が、縦にグラグラと揺れる。もうすぐ、首都直下型大地震が来る。
空時計 高黄森哉 @kamikawa2001
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