エピローグ
「これより、新作猫型ロボットの起動実験を開始します」
どこか和んだ空気の中で、研究職員の誰かが宣言した。白すぎないライトの光に照らされた部屋の中。僕を含む約二十人もの研究者たちの前に、〈彼〉はいる。僕は隣の相棒と顔を見合わせた。
「成功するかな」僕の呟きに、相棒は力強く頷いた。
「するよ、絶対だよ」
断言するその言葉が頼もしくて、僕は少しだけ俯いた。懐かしいような愛おしいような感じがした。
この研究所で再会した時はかなり驚いたものだった。
『なんでここに!? 医療関係の仕事に就きたいって言ってなかったっけ!?』
『かよく覚えてるなぁ。でも人間なんて案外すぐ変わっちゃうんだよ。それでも忘れずにいることが大切だって、キミが言ったんでしょ』
確認するような諭すような色が浮かんだ目に、僕は泣きそうになって、だけどそれをどうにか隠して頷いた。
『そうだったね……』
そんな会話があって、それから約六年。今日は大きな節目となる起動実験であり、それからもしかしたら僕の人生の節目であるかもしれなくもなくもなくもなくもなかった。僕は白衣のポケットに手を入れて、中のものを少しだけ触った。……実は今日の起動実験が無事に終わったら、相棒の彼女のことを夕食に誘おうと思ってる。そこでプロポーズの言葉と共にこれ渡すのだ。もともと彼女のものであった物。それは、あの時砕けたエルラニアで薔薇の形を作った、金のペンダント。まあもうこの起動実験がちゃんと成功することぐらい、わかってるんだけどね。
僕らはまだまだ研究所の下っ端ではあるが、今回のこのロボット開発にはそれなりに関わらせてもらっている。猫型ロボットの設計もそうだが、その他〈ひみつ道具〉と呼ばれるたくさんの便利器具も、いくつか実用化出来そうなところまでは作り上げた。その中にはあの糸電話の形を模したものだってある。
僕はちょっとだけ懐かしく思いながら、起動実験対象の〈彼〉を見つめた。
丸いフォルム。二頭身の体躯。猫の耳があって、それから黄色い。そして今、赤くて丸い球のついたしっぽを、研究職員の一人が引っ張った。不意にぎゅっと手を握られて、横目で見たら隣の相棒が悪戯っぽく笑っていた。
ぎゅいん、と空間の捻じ曲がるような音。黄色い猫型ロボットがぱちん、と大きな目を開く。
昔の僕らの友達が──彼と彼女が、どこか遠くで微笑んだ気がした。
猫型ロボットが一度瞬きをする。
「やあ、こんにちは」
そう言ってにっこり笑う。
糸電話 ツナガル 二十二世紀 蘇芳ぽかり @magatsume
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