第17話 ダメ魔女は止まらない

 ぽかぽかとした、うららかな日差しが心地良い。

 森からは鳥のさえずりが聞こえてくる。

 ああ……生きているって、ほんと素晴らしいわ。

 わたしは、軽く閉じていた目を開けた。


 昨夜見た立派なお屋敷は、跡形もなかった。

 家具や小物、それに動かなくなった人形が、無造作に散乱しているだけだ。


「レナ様、どうぞ」


 琥珀色の液体が満たされた、ティーカップが差し出された。

 わたしはお礼を言って、受け取る。

 太陽のような微笑みを浮かべているのは、ローレルさんだ。

 ちょっと躊躇したけど……紅茶を飲む。味はとっても上品だ。


「割れなかったカップがありましたの。それに、ティブラルの茶葉まで! ほんとラッキーでございますわ♪」  


 その変貌ぶりには、まだ慣れない。

 館の魔女との戦いの後……目を覚ました彼女は、一切邪気のない清らかな淑女に変わっていた。

 まるで聖女のよう。

 ルイの手当も、てきぱきとこなしてしまった。


「酷いことをする人もいるのですね」


 ……とか言いながら。

 わたしと同じように、何ともいえない顔をしていたアルヴィンさまが、軽く咳払いをした。


「……そろそろ、説明をしてもらっても?」

「えーっと。影がバーーーッと襲いかかってきたと思ったら、パッ! としてひらひら花びらが舞った感じです」

「……」

「──姉さんは、翻転ほんてんの魔女だ」


 やけに重々しい口調で割り込んだのは、ルイだった。

 それを聞いて……わたしのお腹が鳴った。


「はんぺんの魔女? そういえば、お腹すいたわよね、朝食の時間だもの」

「あら、それでしたら、わたくしが支度いたしますわっ♪」


 そう言うと、ローレルさんはガレキの中から食材を探し始めた。

 アルヴィンさまもきっとお腹が空いたのね。難しそうな顔をして、腕を組む。


「翻転? 初めて耳にする魔法ですが」

「初代アーデルハイトは、反言魔法を生み出した。その力は──意味への、干渉だ。姉さんは触れたものの意味を、逆転させる力を受け継いだんだ」

「だから影の魔女は淑女となり、館の魔女は生が死に翻転した……というわけですか。この目で見ていなければ、とても信じられなかったでしょうね」


 遠くでローレルさんが、ガッツポーズをするのが見えた。

 手には、少し歪んだフライパンが握られている。


「どの意味が翻転するかは、本人すら分からない。老婆が幼女に、男が女に変わるかもしれない。実に厄介な魔法だよ。だから母上が、力を封じた。このことは、母上とボクしか知らない」

「その封印を解く鍵が口づけだった、と? 厄介であることは認めますが……なぜレナさんに隠していたのです?」


 ローレルさんが、ベーコン肉の塊と奇跡的に割れなかった卵を探し当てた。

 さっすが! できる家令は違うわっ♪

 わたしも思わず、ガッツポーズを返す。

 理由は分からないけど、ルイは世界中の悩みを背負ったような深いため息をついた。


「隠してなんていないさ。この通り……力に頭が追いついていないだけだ」

「なるほど……」

「ん? なんだか小馬鹿にされたような気がするけど」

「気のせいだ」


 だったらいいけど。

 ルイはアルヴィンさまと間合いを取るようにして続ける。


「力を制御する術を身につけ、アーデルハイトの次期当主に相応しい魔女となること。それがボクたちの、旅の目的だ」


 そこで、ルイは声を低くした。

 整った顔に、警戒の色がありありと浮かんだ。  


「事情は話した。──さあ審問官、ボクたちをどうする?」

「君達が人に害をなすのなら、躊躇なく駆逐するつもりですよ」


 空気が一瞬で張りつめた。

 あれ……? いつの間にか、とっても真面目な話になってる?

 腰を低く落とし、ルイが身構える。

 アルヴィンさまは、静かに手で制した。


「ただし、魔女という理由だけで、駆逐する気はありません」

「──ボクたちを見逃す、と?」

「僕は審問官として、少々規格外の部類に入るんです。魔女が、憎むべき相手だけではないことを知ってる」


 そう言うと、アルヴィンさまは少し笑った。

 その笑顔はどうしてか、少しだけ寂しそうだった。

 理由を聞くかどうか迷った、その時──。


 遠くの方から「アルヴィン!」と、声が響いた。

 目を向けると、小柄な女の子がふたり、こつちに向かって駆けてくるのが見える。


「まずい、先輩達だ」


 アルヴィンさまは、気が重たそうに呻いた。

 頭を軽く押さえながら、わたしたちに告げる。


「もうじき僕の仲間が来る。君達のことはうまく話しておくから、すぐに立ち去るんだ」

「立ち去る……? って、お別れってことですか!? イヤです! わたしたち、結ばれたのですよ!?」


 いきなりここでお別れだなんて、酷すぎる。

 わたしの訴えに、アルヴィンさまは目を白黒させた。 


「レ、レナさん! それは誤解です! 確かに口づけはしましたが、結ばれては……」

「乙女の初めてを奪っておいて、責任は取らないとおっしゃるのですか!?」

「いや、あ、あれは緊急避難的なもので……」

「アルヴィンさま! わたしの夫になってください!」


 もはや問答無用。

 わたしはアルヴィンさまの胸に抱きついた。

 わあ♪ と、ローレルさんの黄色い声が上がる。

 ルイの顔は見えないけど、きっと応援してくれてるわよね!


 アルヴィンさまは、わたしの肩を抱いた。


「レナさん、いいですか、聞いて下さい」

「式の日取りですね!? お誕生日が八月二十二日なので、その日が良いかと!」

「そうではなくて──僕には、やらなくてはならないことがあります」


 次第に、ふたつの人影が近づいてくる。

 アルヴィンさまは真剣な眼差しでわたしを見つめ、告げた。 


「だから、あなたの気持ちに応えることはできません」

「そんな!?」


 あまりのショックに、足がふらついた。

 間髪を入れずに、身体が地面から浮き上がった。

 ルイが、わたしを肩の上に抱えたのだ。


「バカ姉! 行くぞ!」

「どこによっ!? 絶対行かない! と、止まりなさい、話はまだ途中な……どこ触ってるのよっ! 馬鹿ルイ!」


 わたしは背中を叩いて猛抗議したけれど、ルイは意に介さない。

 全力で走り出す。

 フライパンと、ベーコン肉の塊を手にしたローレルさんと共に。

 アルヴィンさまの姿は、あっという間に小さくなっていった。

 頬が濡れた。


 ……運命って、本当に残酷。

 それが、わたしの初恋の終わりだった。





 初恋の終わり……。

 になんて、絶対にさせないからっ!!


「って、どうしてこうなる!?」


 ルイの呆れ果てたような声が、部屋に響いた。

 きょうで何回目だろう?

 わたしは完全無視を決め込んで、双眼鏡から目を離さない。


「あのな、何度も言うが、正気かっ!? そもそも、この旅の目的は──」

「静かにして!」


 わたしはルイ以上の声量で、ぴしゃりと言い返す。

 お願いだから、朝から文句を言い続けるのは止めて欲しい。

 でもルイの憤懣は、それくらいではおさまらなかったらしい。

 またお説教が始まる。


「いいか、バカ姉は魔女なんだぞ!? 教会の真向かいのアパートを借りて、あいつを四六時中監視するなんて、狂ってるっ。連中にバレたら串刺しにされるぞ!?」

「真実の愛の前には、小さな障害よ!」


 わたしは一歩も退かずに反論する。


「これぞ愛のなせるわざですわ。素敵ですわ♪」


 背後で、ローレルさんがにこやかに笑った。

 彼女は鼻歌を歌いつつ、お茶の準備をしている。


「あ、出てきたわっ!」


 わたしは思わず声を上げた。 

 視線の先に、教会を飛び出すアルヴィンさまの姿がある。

 きっと事件が起きたに違いない。

 あの時の早とちりを、わたしはずっと後悔していた。


 アルヴィンさまは、やるべきことがある、と話してくれた。

 つまりそれは──目的を果たした後に結ばれたい、そう言っていたのだ。

 だとすれば、わたしの成すべきことはひとつ。

 影ながら、魔女退治をお手伝いするのだ。 


 一刻も早く、花嫁になるために!


「ローレルさん、夕食までには戻りますので! ルイ! 行くわよっ!」

「行ってらっしゃいませ♪」

「はっ!? ボクは行かないぞ!」


 ジタバタと抵抗するルイの襟首を引っ張りながら、外に出る。 

 あたたかな風が、街路樹を揺らしていた。

 ローレルさんがにっこりと微笑みながら、見送ってくれる。

 わたしとアルヴィンさまの間にある障害は、とっても大きい。

 でも、不思議と足取りは軽い。


 多少の障害があった方が、燃えるものね。 

 絶対に、アルヴィンさまと結ばれるのだ!

 深い深い青空の下、わたしたちは走り出した。





 魔力0のダメ魔女ですが、追放されたので銀髪弟(毒舌)と王子さま探しの旅に出て参ります♪ 完





*****


ここまで読んでくださった皆さまへ


『ダメ魔女(タイトル略)』をお読みくださり、誠にありがとうございます。

白き魔女の投稿を一旦中断して書き始めた短編でしたが、なんとか……!なんとか、キリのいいところまで書きおえることができました~~~!!!ヨカッタ

執筆中に応援してくださった皆さまには、感謝しております。

ありがとうございます ( ᴗ̤ .̮ ᴗ̤人)


さてさて。今後の予定……ですが!

二か月半もほったらかしにするというweb小説にあるまじき暴挙に及んでいた『白き魔女と黄金の林檎』ですが、年始の1月3日から、第二部を再開する予定にしております。


https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806


見捨てられていないか、大変心配ですが💦

気長におつき合いしてくださると……嬉しいです! よろしく、お願いいたします😂!!


それでは、次回は聖都編でお会いしましょう~!


みみぞう





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔力0のダメ魔女ですが、追放されたので銀髪弟(毒舌)と王子さま探しの旅に出て参ります♪ みみぞう @mimizou55

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画