第16話 口づけは罪の味


「な、な、な、ななななにを言うの!?」


 と、突然、アルヴィンさまと口づけをしろだなんて……。 

 ルイ、ナイスアシストじゃない!


「……なぜですっ!?」


 驚いたのは、アルヴィンさまも同じらしい。

 ルイは、いたって大真面目な顔で叫び返してくる。


「しなければ、全員ここで死ぬ! ちくしょう、ボクだってこんな頼みをしたいものか!」


 理由は分からない。

 でもこんな状況で、冗談を口にするはずがない。


「口づけを交わしたら、魔女に触れ──!」


 声は途中で途切れた。

 わたしは、悲鳴をあげそうになった。

 ルイが……壁の中へと、取り込まれてしまったのだ。 


「ルイっ!!」

「くっ……レナさん!」


 アルヴィンさまが、真剣な眼差しでわたしの顔を見た。


「ひっゃいあ!?」


 え! そ、それは、す……するってことですかぁ!?

 恥じらいで、わたしは両手で顔を隠す。あ、指の間からアルヴィンさまのお顔はバッチリ見ているけど。


「その……構わないだろうか?」

「えっ!? ええっ!? 嫌っ……! なことないですっ。 ぜんぜんウエルカム! 大歓迎!」


 心臓の鼓動が、ああもう! うるさいっ!

 アルヴィンさまが、わたしの肩を抱いた。


「レナさん、目をつむって」 


 まさか王子さま探しの初日に、口づけできてしまうなんて……夢みたい!

 わたしはぎゅっと目を閉じた。

 アルヴィンさまの息づかいが近づいて、少しだけ背伸びをする。 

 唇が、触れる。


 熱い口づけに、わたしはうっとりとした。

 唇が重なったのは、ほんの短い間だったかもしれない。

 でも、無限のように思えた。

 その時だ。


 ドクリ、と心臓が大きく鼓動した。 

 身体の奥底で、何かがキラリと光った。


「──レナさん?」


 わたしは目を見開いた。

 な……なんだろう!?

 身体が熱い。

 まるでマグマのような熱い力が、湧き上がってきたのだ。


 この感覚──初めてじゃない。きょう二度目だ。

 そう、あれは昼間……偽審問官に、口づけをされそうになった時だわ!


「何をしている!?」


 苛立ったローレルさんの声と共に、わたしたちを影が襲った。

 咄嗟に、わたしはアルヴィンさまを突き飛ばした。両手を広げて庇う。


「レナさんっ!!」


 どす黒い悪意の刃が、わたしを貫いた。

 あまりの衝撃に、悲鳴すら出ない。

 これって……死ぬのかしら?

 なんだか、あっけない最期。

 でも、愛する人を守れたのなら、本望かも。

 最後に口づけもできたし……。

 あたたかな風が吹いて、わたしの頬を撫でた。


 殺伐としたお屋敷には不釣り合いな、春の陽気を思わせる風だ。

 もう天国なのかしら?

 お迎えって、ずいぶん早いものなのね。

 わたしは目を開ける。

 同時に、うす桃色、黄色、赤色……いくつもの色彩が、視界の中に溢れた。


「へ?」


 無数の花びらが、風に舞っていた。

 やっぱり天国なのね。

 ほんと、美しい。

 そして花吹雪の向こう側に立つ、唖然とした顔のローレルさんと目が合う。


「天国に……ローレルさん?」

「小娘! 何をした!?」


 ええ!? ここ、天国じゃないのっ!?

 よく見たら……お屋敷の中だ。

 状況は変わっていない。執事さんとローレルさんの影に包囲されたままだ。

 そしてわたしは、傷一つ負っていない。

 ただ一つ変化していたのは……影が花びらへと形を変え、絶え間なく降り注いでいることだけだ。

 なにが起きているのか……さっぱり分からない! 


 でも今は、戸惑っている時間なんてない。  

 早くルイを助けなきゃ!

 わたしは、ローレルさんへと駆けた。


「ルイを返してくださいっ!」


 彼女へ手を伸ばす。 

 指先が、触れた。

 途端、糸の切れた操り人形のように、ローレルさんは崩れ落ちてしまった。

 ど、どうしてなの!? 

 気絶しちゃったら、ルイを助けられないじゃない!?


「レナさん、屋敷に触れるんだ!」


 わたしに襲いかかろうとした執事さんに体当たりしながら、アルヴィンさまが叫ぶ。 


「お屋敷に!?」

「どこでもいい! それでカタがつくはずだ!」


 執事さんたちは包囲網を狭めると、一斉に飛びかかってくる。

 時間がない。

 わたしは大急ぎでかがんだ。 


 ── ヤメロ! フレルナ! ヤメロ! ヤメロ! ──


 思わず耳を押さえたくなりそうな声が、部屋に反響する。 

 わたしは飛びつくようにして、床に触れた。  

 変化は、瞬きをするよりも早かった。

 まるで手品を見ているかのようだった。 

 パッ、と。


 お屋敷の壁も天井も、床も、全てが、だ。

 黒い塵へと還り、霧散したのだ。

 アーデルハイトの館ほど大きかったお屋敷は……いや、館の魔女は、一瞬で消えてしまった。

 そして──当然のこと、なんだけど。


 わたしたちの身体は、落下する。

 重力の見えざる手に引っ張られて、二階だったはずの場所から、地面へ落ちたのだった。

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