第15話 化け物屋敷は眠らない

 ──お屋敷そのものが、魔女だとか。

 とても信じられない。

 でも紛れもない事実であることを、部屋中の壁に浮かび上がった目玉が証明していた。

 わたしは、ようやく理解した。


 お屋敷に招き入れられた時、目まいに襲われて倒れた。

 あれは……魔女の中に入ることを、無意識に拒絶していたのだ。


「……とんだ化け物屋敷だな」


 苦々しげに、ルイは吐き捨てる。 

 確かに、こんな不気味なお屋敷なんて、そうそうない。

 ローレルさんは愛おしそうに壁を撫でていた手を止めた。表情を、冷酷な物に一変させる。


「主への愚弄ぐろうは許しませんわよ。あなたがたこそ、無能の魔女、穢れた血、審問官……よくも揃ったこと。丁重にもてなして損をいたしましたわ」


 そう言うと、白くて細い腕を、わたしたちに向けて振り下ろす。 


「ゴミを始末なさい」


 それが合図だった。

 凶器を手にした執事さんたちが、一斉に動く。

 と。


 ── クウ……アーデルハイト……クウ ──


 地鳴りにも似た、不気味な重低音が、カタカタと部屋を震わせた。

 それは、お屋敷自身から聞こえてくる。

 ローレルさんは声に頷き、一言つけ加える。


「小娘は、なるべく殺さないように。主がご所望です」


 ご所望……って、人を物みたいに。

 わたしは怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 失踪事件といい、ほんと酷い人たちっ!


 わたしはビシッと、迫り来る執事さんたちを指さすと、声を張り上げた。 

 

「あなたたち、悪事はそこまでよ! 例え神さまが許したとしても、わたしが許さないっ。さあルイ、やっておしまいなさいっ!」

「エラそうに命令するな、バカ姉!」


 不平を口にしつつも、ルイは駆け出した。

 わたしたちに殺到する執事さんたちを、迎え撃つ。

 短剣がひらめいた。 


 相手が常人であれば、反応すらできず喉元を切り裂かれていただろう。

 でもルイは、ただの銀髪少年じゃない。

 凶刃は空を切る。

 躱された、と気づいた時には姿はどこにもない。

 ふわりと人間離れした跳躍をして、執事さんの背後に着地した。

 悲鳴と怒号が、同時にあがった。


 鋭い蹴りが放たれ、執事さんが文字通り吹き飛ぶ。

 時計の振り子が三回往復する間に、さらに三人の執事さんが無力化されている。

 人形を相手にしても、ルイの優位はゆるがない。

 いや、人でないと分かったことで、より切れが増したかもしれない。手加減をする必要がなくなったからだ。

 でも、攻勢はそう長く続かなかった。


 阻んだのは、影だ。

 ローレルさんから伸びた影が、死角からルイを切り刻み始めたのだ。 

 彼女の攻撃は、慈悲の欠片もない。味方である執事さんを両断しながら、襲いかかってくる。

 攻撃は激しさを増して、影がルイを取り囲んだ。 


「審問官!」


 ルイは、わたしを庇いながら戦うアルヴィンさまを一瞥した。


「灯りを撃て!」


 そ、そうよ! 

 影を消せばいいんだわ!

 即座に意図を理解すると、アルヴィンさまは壁に備えつけられたランプを撃ち抜く。

 部屋は暗闇に落ち……いや眩しさに、目がくらんだ。


 明るさが、数倍にも増した。

 壁から、新たなランプが生えたのだ。

 それもひとつじゃない。ちらっと見ただけで、十数個はある。

 

「くっ!」


 苦悶の声が漏れた。

 眩い光が、ルイの動きを一瞬止めたのだろう。

 鋭利な影が、深々と足に突き刺さっていた。


「ルイっ!」


 床から無数の触手が伸びる。

 ルイの身体にまとわりつき、壁に縛りつけてしまう。

 たちまち繭のようにされて、身じろぎひとつできなくなった。

 そして、タイミングの悪いことに……。

 アルヴィンさまの拳銃が、乾いた音をたてた。


 ──弾切れ、だ。

 銃弾を装填するのを待ってくれるほど、このお屋敷の人たちはお人好しじゃない。


 武器はない。ルイも動けない。

 凶器を持った執事さんと、ローレルさんの影に取り囲まれて、おまけにここは魔女の体内だ。

 どう楽観的に考えても……絶体絶命の、ピンチだ。


「──審問官!」


 意を決したように、ルイはアルヴィンさまに視線を送った。

 そして、耳を疑うようなことを口走ったのだ。


「頼むっ! 姉さんと、口づけをしてくれ!!」

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