第14話 影と館の魔女
ガラスの破片が宙を舞い、キラキラと水晶のように煌めいた。
はっきりと確認したわけじゃないけれど、ここは二階か三階だったはずだ。
それなのに、窓を破って何かが飛び込んでくる。
影はふたつ。両手に短剣を握った、執事さんだ。
窓なんて、完全に注意の外だった。
次の瞬間、人の形をした脅威が襲いかかってくる。
そう、アルヴィンさまと、わたしに向かって。
……え?
わたしっ!?
ちょ、ちょっと待って!
殴ったり斬ったりとか、野蛮なことは専門外なんですけど!?
「バカ姉っ! 逃げろっ!」
ルイの声には、明らかに焦りがある。
逃げるって言っても──どこによ!?
執事さんは一直線にわたしに向かってきていて、とても逃がしてくれるような雰囲気じゃない。
凶刃が、あっという間に鼻先に迫る。
ルイの助けも間に合わない!
刹那、パン! と、乾いた音が響いた。
火花が散り、執事さんの手から短剣がはじき飛んだ。
さらにもう一発。
銃声と同時に、額を撃ち抜かれた執事さんは倒れた。
わたしを救ってくれたのは、もちろんアルヴィンさまだ。
さすがは王子さまっ!
……って、この状況ぜんぜん喜べない!
アルヴィンさま自身に、凶刃が迫っていた。
わたしを救ったせいだ。自分の安全を後回しにしたことで、反応が遅れたのだ。
「──アルヴィンさまっ!」
無防備な背中目がけ、切っ先が振り下ろされる。
「審問官! 伏せろ!」
ルイが鋭く叫んだ。
とっさにアルヴィンさまは、床に身を投げ出す。
半瞬前までいた空間を、ルイの痛烈な回し蹴りが切り裂いた。
そこには凶器を手に、驚愕の表情を顔に貼りつけた執事さんが立っている。容赦なく蹴り飛ばされて、男は床の上で動かなくなった。
アルヴィンさまは立ち上がると、服についたホコリを払った。
「……ルイ君、でしたね。礼を言いますよ」
「勘違いするな! バカ姉を助けてもらった借りを返した、それだけだ」
ルイの返事は、どこまでもそっけない。
もう、この子は可愛げがない!
わたしはつかつかとルイの前まで歩くと、白い磁器のような頬をつねった。
「ルイ! もっと愛想良くしなさい。いずれはお義兄さんになる人なのよっ」
「こいつは審問官だぞ!?」
「だから何? 愛の前には、小さなこと!」
「……正気かっ!? ボクの姉さんを嫁にするとか、絶対に認めないからな!」
認めない、とか。
まるで、どこかの頑固オヤジみたいなことを言う。
と。
わたしはそこで──凍りついた。
「……どうした?」
怪訝な顔をして、ルイが尋ねる。
いや、どうしたも、こうしたもないから。
ルイの背後で、ゆらりと立ち上がったのだ。
頭を撃ち抜かれたはずの、執事さんが。
その顔は無表情で……まるで人形のようだ。
「……!!」
「魔力で動く、術式人形です」
「人形……?」
アルヴィンさまは拳銃を構えると、わたしたちを背中にかばった。
「大丈夫です、魔女ほど手強くない。以前、似たようなものと戦ったことがありますので」
「……つくづく、とんでもない屋敷だな。まさかあなた以外の執事は、全員人形なんじゃないだろうな」
「人間もいましたよ。恐らく彼女らの、非常食として雇ったのでしょうがね」
非常食って……その言葉に、これほど不吉さを感じたことなんてない。
「──そこまでですわ」
聞こえないはずの声が耳に届いて、わたしはハッとした。
なにが起きたのだろう?
目を離したほんの数瞬で、バリーケードは綺麗に消えていた。
そして室内に、ローレルさんと十人近い執事さんが侵入している。
わたしたちは、完全に袋のネズミにされていた。
「アーデルハイトの小娘には失望いたしましたわ。せっかく不死を得られると期待しましたのに」
ローレルさんは、わたしを一瞥すると悪意に満ちた声を響かせた。
失望……って、わたしは誤解だって、言ったわよ!?
人の話も聞かないで、本当に失礼な人だわっ。
両眼に冷酷な光を宿らせると、彼女はアルヴィンさまへ視線を向ける。
「まさか、お屋敷に教会の犬が入り込んでいたとは。主は大変お怒りです」
「いい加減、ひとり芝居はやめたらどうですか。この屋敷の主人は、あなたでしょう?」
アルヴィンさまは、毒々しい敵意を向けられても動じることはない。
「影の魔女ローレル。あなたを駆逐する」
冷徹な眼差しで、アルヴィンさまは拳銃を向けた。
でも彼女の目に浮かんだのは、畏れでも怒りでもなく──哀れみ、だ。
「愚かなこと」
「……なんだって?」
「主なら、ずっと側にいるではありませんか」
側に……いる?
次に生じた変化に、わたしは息を呑んだ。
それはグロテスクな光景だった。
壁や天井、床──。
いたることろに、目が、浮かび上がったのだ。
思わず悲鳴を上げて、飛び上がりそうになる。
目を疑うような光景に、アルヴィンさまはうめく。
「まさか……」
「そう。この館こそが、我が主なのです」
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