第13話 王子さまの正体は!?

 銃声が轟き、廊下に反響した。

 鉛の銃弾が正確無比に、わたしに向かって放たれる。

 なんて悲劇的な結末なんだろう?

 愛する人に撃たれて死ぬだなんて……これが運命だったのね。


 わたしは強く目をつむる。

 衝撃波が頬を打ち、髪を揺らした。 


「あがっ!!」


 断末魔が漏れた。

 わたしの……じゃない。

 恐る恐る、薄目を開ける。

 すぐ背後に、大柄な男が倒れていた。


「こっちへ!!」 


 有無を言わせない声を、アルヴィンさまが発した。

 わたしの返事を待たず、銃声が上書きされる。

 弾丸が放たれた先にいるのは……鬼の形相で追ってくる、執事さんたちだ。 

 銃弾は追っ手の足を射貫き、転倒させる。


「早く!」


 アルヴィンさまの声に、焦りが混じった。

 どうして仲間の執事さんたちを撃つのか、さっぱり理解できない。

 でも、迷っている暇もない。

 わたしは、アルヴィンさまを信じた。


 背中を追い、息を切らしながら廊下を走る。駆け込んだ先は、一番奥にある部屋だ。

 そこは、物置部屋のようだった。

 白い布をかけた机や棚が、いくつも置いてある。

 最後に部屋に飛び込んだルイが扉を閉めようとして……できない。

 ローレルさんが扉を掴み、阻んだのだ。 


「アルヴィン! 教会の犬めっ!」

「僕が犬なら、あなたは腐肉をあさるハイエナですよ」


 うんざりした声と共に、閃光が走った。

 アルヴィンさまが、至近距離から発砲したのだ。

 ただし銃弾は、届かない。影が盾となって、ローレルさんを守る。

 拳銃は通用しない。

 さらに数発撃ち込んでも、結果は同じだ。

 

 ローレルさんの背後で、影が大きく膨らんだ。鋭い槍に形を変える。 

 このままだと、串刺しにされちゃう!


 ──一か八か。


 わたしは、とっさに動いた。

 ローレルさんに向けて両手をかざし、大きく息を吸う。

 そして、叫んだのだ。


「灼熱の業火よっ!!」


 ……当然、なんだけど。

 わたしの手先から炎なんて出るわけがない。

 魔法が使えないのだもの。完全なハッタリだ。

 でも、わたしの力を誤解しているローレルさんには、絶大な効果があった。


 反射的に彼女は扉から飛び退くと、床に身を投げ出したのだ。

 その隙を突いて、アルヴィンさまとルイが扉を閉める。

 ど、どうよ!?

 わたしの素晴らしい機転と、度胸はっ。

 一度きりしか使えないセコイ手だけど、しっかり成功させたわよ!


「安心するのは、まだ早いですよ!」


 アルヴィンさまの張りつめた声が、空気を震わせた。

 罵り声と共に、扉が激しく叩かれる。大きく軋み、今にも破られそうだ。


 わたしたちは大急ぎで、机を扉の前へ移動させた。

 バリケード代わりのつもりだけど……朝まで持つかは自信がない。

 アルヴィンさまも同じ心境だったみたい。天井を仰いで、嘆息する。


「参ったな、完全に想定外だ。先輩達を待つ余裕なんてないぞ……」

「先輩?」

「──あなたは、何者だ?」


 わたしの疑問を、固い声で遮ったのはルイだ。 

 整った眉をひそめて、警戒感をあらわにしている。


「僕は執事のアルヴィンですよ。お忘れですか」

「とぼけるな。拳銃は、審問官の証だ」


 ルイは冷たく言い放つ。

 知らなかったわ。拳銃って、審問官の証なのね。

 って、感心している場合じゃないわっ。

 運命の人が審問官だなんて……噓でしょう!? 

 そう、間違いに決まっている。そうでしょ、アルヴィンさまっ!?


「君の言うとおり、僕は審問官──審問官アルヴィンです」


 わたしの願いは、あっさりと否定されてしまった。

 アルヴィンさまは、口調を少しくだけたものに変えると、シャツの中から何かを取り出した。 

 それは青銅の蛇が巻き付いた、銀の十字架だ。


 わたしは強い目まいを感じる。思わず、その場にへたり込みそうになった。

 まさかわたしの王子さまが、悪の審問官だったなんて……!

 ルイは厳しい表情のまま、追及の手をゆるめない。 


「おかしいじゃないか。どうして審問官が、魔女に仕えている」

「僕はこの屋敷を、内偵していたんです」

「内偵……?」

「教会は連続失踪事件を追っていたんですよ。魔女の関与を疑ってね。証拠を集めた上で、駆逐する予定だった。ただ君達のおかげで、決行前にクビにされてしまいましたがね」


 アルヴィンさまは軽く肩をすくめると、笑ってみせる。

 つまり事件を解決するために、単身で魔女の屋敷に潜入していた……ってこと?

 わたしは勇気ある行動に、感動した。


「アルヴィンさま! 素敵です! 禁断の愛も、その強い思いがあれば、乗り越えられるはずですわ!」


 わたしの熱のこもった声に、王子さまは、ちょっと困ったような表情を浮かべる。


「……レナさん、禁断とは?」

「わたし、魔女ですので! あ、魔法は使えませんけどっ」

「君が──!?」


 アルヴィンさまの驚きの声は、途中で中断された。

 甲高いヒステリックな音が、耳をつんざいた。 

 わたしたちは、完全に虚をつかれた。

 前触れなく窓ガラスが砕け散り、二つの影が部屋に飛び込んできたのだ。

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