第5話(終) きみと離れた理由

 美生はその話を聞いて、戦慄を覚えた。

「嘘でしょ。祐之のお父さんが、そんな。怪物だなんて……」

 美生の目に涙が溢れ出す。

「本当だ。調べたよ、深きもの。っていうらしい」

 おぞましい物を思い出したくないように、祐之は吐き捨てた。


【深きもの】

 光の届かない深海に潜む人型の種族。

 その姿は、人の形をしたグロテスクな魚で、首にエラがあり地上ではだぶついた皮のように見える。

 老衰しない上に肉体的な寿命がない為、数百年生きている個体が深海で生活している。

 ただし、不死ではない為に外的な要因でしか死亡しない。

 海に住む巨大な神性・ダゴンとハイドラ、大いなるクトゥルフを崇拝し、それらに仕える。

 メスの個体もいるが、オスの大半は異種姦を好み、その欲望を満たす為に人間の女性を手篭めにし、その数を増やす。

 深きものの血を引くものは、ごく普通の人間だが同族との接触、極度のストレスがきっかけ、あるいは年齢と共に深きものへと変貌していく。


 祐之は告げる。

「これで分かっただろ。これが、きみと離れた理由だよ」

 うつむいた美生に祐之は続ける。

 深きものへの変貌を遠避ける方法はあるにはあり、それは単純に海面から隔絶された内陸地での生活だが、飽くまでも影響を遠避け、深きもの化の進行を遅らす程度であるというが、中には変異せず天寿を全うする者もいれば、隔世遺伝で目覚める者もいる。

 と。

 その話を聞いて、美生はどうして祐之が山岳監視員となったのか理由が分かった。少しでも深きものへならない為だ。

「なら、私もここに住むわ」

 美生の言葉に祐之は驚く。

 しかし、すぐに首を横に振る。

「ダメだ。僕が深きものにならなくても、隔世遺伝で目覚める可能性がある。こんな呪われた血を残しちゃいけないんだ。かと言って、死ぬ勇気もない。僕はできることは一人で、ここで暮らしていくこと。仮に怪物になっていくのが分かったら、自分の手で終わらせるよ。

 子供や、孫が怪物化する恐怖を味あわせたくない。美生には幸せになって欲しいから。だから、僕は君と別れたんだ」

 祐之は優しい目で美生を見る。

「祐之の幸せはどうなるの?」

 美生の問に祐之は微笑んだ。

「僕は十分に幸せにしてもらったよ。人を好きになるという感情を教えてくれた。ありがとう、美生。僕のことは忘れて、誰かを好きになって。

そして、幸せになって」

 そう言って祐之は優しく美生を抱き締めた。

 美生は祐之の腕の中で涙を流し続けた。

 翌朝、美生は祐之の住む山小屋を出発していた。

 もう戻ることはないだろう。

 美生が振り返ると、そこには小さくなった山小屋が見えた。

 美生は空を見上げる。

 雲一つない青空が広がっていた。

 自分は今にも泣き出しそうなのに、何故こうも違うのか。

 美生はふと思う。

 自分が泣けないのは、祐之がいないからだ。

 祐之が泣いていないから、自分も泣く訳にはいかないのだ。

 祐之は最後に言っていた。Web小説が更新されなくなったら、その時が僕の死んだ時だと。

 もし、祐之が死んだら、その時に一緒に死のう。

 それが祐之と別れてから美生が決めたことだった。

 天国なら、きっと二人は幸せになれるはずだと。

 同じ歳で再会する為に、美生は生きていくことにした……。

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深き山にて kou @ms06fz0080

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