第22話★猫殿下の活躍2、馬にだって乗れるぞ!

 月明りの下、さらさらと流れる小川に沿って駆け上がり、湖を目指して飛ぶように走る。魔女アルチーナが追いかけてくる気配はない。四本の足をばねのように使って、宙をけるように風に乗れば、人間のときとは比べ物にならないくらい身体が軽い。耳をかすめる風音がうるさいほどだ。


 湖面に浮かぶ無数の火が見えてきて、余は足を止めた。


「何か見つかったかい?」


「いや、だめだ。そっちはどうだ?」


「こっちも手がかりらしきものは何も出てこない!」


 男たちが大声でやりとりするのが聞こえる。警戒しながら湖に近付いていくと、五、六そうの船が湖に出ているのが分かった。それぞれの船に、たいまつを持つ者、船をこぐ者、長い棒で水中をあさる者と三、四人が乗っているようだ。


「くまなく探せ!」


 すぐ近くで大声がして見上げると、岩の上に仁王立ちになった男が、湖面の舟へ指示を出している。この男の声、聞き覚えがあるような――


「師団長」


 岩の脇に立った部下が声をかけた。そうだ、王都騎士団第三師団の師団長ではないか。今回の旅の護衛は第三師団が担っているのだ。騎士団長や副団長、衛兵隊長は父上と共にまだ王都に残っている。


「なんだね?」


「本当に王子たちは水浴びしに湖に入ったのでしょうか?」


 何ぃっ!? あの船ども、まさか余とカルロを捜索しているのか!?


「侍従たちが、岩の上に王子たちの服がきちんとたたんで置かれており、その下には靴がそろえてあったというのだから間違いないだろう。馬も木につないであったそうだしな」


「結構寒いのに、お若いと暑いのですかね」


 そんなわけなかろう。王都の夏なら庭園の噴水が気持ちよさそうに見えることもあるが、こんな涼しい山の上で水など浴びぬわ。


 勘の鈍そうな騎士どもに伝わるとは思えぬが、余はダメもとでコミュニケーションをはかってみることにした。


「にゃーん」

(おい、者ども)


 騎士の足元をぐるりと回り、話しかけながら見上げると、


「ん? 猫?」


「みゃお、にゃあにゃあ」

(敵のアジトに案内するからついてこい)


 伝わっただろうか? 魔女たちの潜伏する水車小屋へ向かおうと背を向けると、かがんだ男がいきなり余を抱き上げた。


「みゃっ!?」

(おい、何をする!?)


「この三毛猫、ミケーレ殿下が大切にしていらっしゃるディライラ様では!?」


「殿下がいらっしゃらないから不安で、ここまで我々を追いかけて来てしまったのか!」


 師団長まで誤解しやがった。姿がディライラと同じなのは何かと不便だな。最高にかわいいという点では素晴らしいのだが。


「もし殿下が救出されたとき、ディライラ様がいらっしゃらなかったら一大事ですよ!?」


「まったくだ。すぐにディライラ様を城に連れて帰るのだ!」


 騎士どもを魔女のアジトに案内する計画はあきらめよう。だがロミルダなら、余の要求を分かってくれるかもしれない。彼女に一の望みを託し、離宮へ帰るのだ。


「はい、ただちに!」


 威勢よく返事をすると、男は騎士服のボタンをいくつか開け、そこに余を突っ込んだ。


「みゃぁぅぅぅ~」

(ジメっとしている! 不快だ!)


「じっとしていてくれよ、ディライラ様」


「うぅー、シャーッ!」

(余はディライラではない! ミケくんであるっ!)


「うわぁ、威嚇かよ。全然かわいくないな、この猫」


 ひ、ひどい! 余は明らかにかわいいのにっ! 早くロミルダに抱きしめられたい!!


 男は余を腹のあたりにしまったまま、馬にまたがった。余も馬の首に前脚をからませてつかまる。


「フン、フフン!」


 馬が不機嫌そうに鼻を鳴らすがこれは無視。


 男は手綱を引いて、馬を離宮の正門へ向かって走らせた。馬が本気で駆ければ湖から屋敷へは一瞬で到着する。


 屋敷の階段を駆け上がる男が目指しているのは、どうやら余の寝室のようだ。頼むからドタバタと大きな足音を立てないでほしい……。人間より聴覚が発達している分、うるさくてかなわぬのだ。


「どなたかいらっしゃいますか!? ディライラ様をお連れしました!」


 扉の前で叫ぶと、中から余の侍従が驚いた様子で出てきた。


「ディライラ様だって!? ここにいらっしゃるが?」


 部屋の中をのぞくと、黄金のかごに入ったまま丸くなっているディライラ、その横で立ち上がるロミルダ、彼女の侍女サラの姿も見えた。


「ええっ、じゃあこの猫は――」


 男が怪訝な声を出したとき、 


「ミケちゃん!?」


 ロミルダが駆け寄ってきた。

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