第25話★猫殿下の活躍4、証拠品を見つけたぞ!
(王太子ミケーレ視点)
「この水車小屋がなんだと言うんでしょうね、その猫は」
衛兵め、意地の悪い言い方でロミルダを責めおって! ブーツで爪とぎの刑だ!
「寄るな」
突然、衛兵が足を振り上げたので、余の身体は宙へ放り出されてしまった。
「ミケくん!」
ロミルダが小屋の中に走ってきて余を抱きとめる。余を豊かな胸に押し付けて、衛兵をキッとにらんだ。
「猫ちゃんに乱暴しないでください!」
「その猫が先に私のブーツを引っかいたんです!」
なんと大人げない衛兵だ。不愉快なあまりつい尻尾をロミルダの腕に叩きつけてしまった。これ、勝手に動くので許してほしい……
ロミルダの腕から降りようとしたとき余の小さな鼻先を、食欲をそそるにおいがかすめた。かまどのほうへ吸い寄せられる。
「ミケくんったら食べ物でも見つけたの?」
「去年の冬から人のいない小屋ですよ。食べ物なんてネズミに食い尽くされてますって」
いちいち腹の立つ言い方をする衛兵に、
「いいえ――」
ロミルダは、余が顔を突っ込もうとした
「何か見つかったのですか?」
余の侍従が小屋に入ってきて、ロミルダのうしろからのぞきこんだ。
「これは―― 山羊のミルク?」
容器を手に取り、においをかいで、
「腐ってはいないようだ。つい最近までここに誰かいたのだろうか?」
そうなのだ! いたのだよ!!
ほかにも何か証拠を見つけなければ。余を信じてくれたロミルダの顔を立ててやりたい。
昨夜、棚から花瓶を落下させたあたりに走って行く。石の床にはガラスの粉がわずかに残り、時折りキラリと光を放つ。おもわずその光の粉を、たしっと猫パンチしてしまう。
「まあ、それは何?」
余が前脚で転がしていた光るものを、ロミルダが腰をかがめて拾い上げた。
「ダイヤモンドだわ」
「えぇっ!?」
これには今まで疑いのまなざしを向けていた衛兵も驚きの声を上げた。水車小屋に宝石が落ちているのはおかしい。ロミルダの手の中を見下ろして、
「ロミルダ様のお洋服から落ちたのではないですか?」
「私、ダイヤが縫い付けてあるドレスなんて着ておりませんわ」
ロミルダの清楚な服装を見れば分かるだろうが。
「うわーっ、なんでこの猫はまた俺の靴で爪をとぐんだ!」
騒ぐ衛兵を無視して余の侍従は部屋の奥へ入り、ベッドを見下ろしていた。
「このシーツの乱れ方―― 慌てて出て行ったように見えなくもない……」
あごを撫でながら枕を持ち上げて、
「なっ!」
いきなり驚愕の声を上げた。
「どうされたのですか!?」
ロミルダと衛兵も、部屋の奥へ駆け寄る。
「イヤリング!?」
衛兵が叫んだ。どうやら枕の下に置き忘れて去ったようだが、身体の小さな余にはちっとも見えんぞ。
「このイヤリング、どこかで見覚えが――」
首をかしげたロミルダに、それまで沈黙を守っていた侍女サラが答えた。
「ドラベッラ様がされていたものとよく似ております……」
「それだわ!」
「ドラベッラ?」
眉をひそめた衛兵に、
「脱獄して逃亡中の魔女とその娘が、我々を追ってこの土地まで来たということか!?」
いつもは冷静な余の侍従の声に、焦燥感が垣間見える。
「いったん帰って王妃殿下に報告しましょう。ロミルダ様、さきほどのダイヤもお持ちですか?」
「はい、こちらに」
「これも合わせて王妃殿下にあずけましょう」
侍従はポケットから絹のハンカチを出すと、イヤリングと小粒のダイヤモンドを包んだ。
我々五人――ではなかった……、お猫様たる余と人間四匹は母上の部屋を訪れた。離宮の内装は、壁にまで金糸が使われた王宮の王妃の間と比べるとすっきりとした装飾だ。暖炉横の大きな窓から湖を一望できて、心に涼やかな風が舞い込むよう。鏡のような湖面に、澄み渡った青空と緑の山々が映っている。
余の侍従が筋道立てて見たことを報告し、イヤリングとダイヤのかけらを乗せたハンカチを差し出した。
「このダイヤ――」
母上は何か思い出したのか、横に控える侍女に、
「水辺に残されていたカルロの服を」
と命じた。部屋から出て行った彼女は、しばらくして銀の盆に乗せた服一式を持ってきた。
「懐中時計は残っているかしら?」
母上に問われた侍女は、畳まれたジュストコールを広げ、大きなポケットを探った。無言で首を振ってから、繊細な刺繍が施されたジレのボタンホールにチェーンが止められているのに気が付いた。予想通りジレのポケットから黄金に輝く懐中時計が現れた。
「やっぱり――」
小さなダイヤと時計を見比べてうなずいた母上は、ロミルダと余の侍従に話しかけた。
「ご覧になって。この懐中時計から取れてしまったダイヤよね?」
「ええ、確かに同じものに見えます」
侍従は自信を持って答えたが、ロミルダは小声でつぶやいた。
「どこから外れたのかしら?」
その問いに答えようと母上は、懐中時計の周囲に嵌まったダイヤをひとつずつ確認する。
「全部ついていますね」
侍従が不思議そうに首をかしげたとき、
「――あ」
母上が小さく声を上げ、片手で口を押さえた。
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