第17話、湖畔の離宮まで馬車デート!?

 朝もやの中を走ってゆくのは、モンターニャ侯爵家の紋章が描かれた馬車。乗っているのはロミルダと、その侍女サラ、そしていかにも徹夜明けといった風貌の兄オズヴァルド令息だ。前後をはさむ馬を駆るのは侯爵家の私兵たち。一行は王宮に向かっていた。


 今日はいよいよ旅立ちの朝。王宮前で王家の方々と合流し、湖畔の離宮へ出発するのだ。


「皆の者、よくぞ参った!」


 黄金に輝く王家の紋章入り馬車からわざわざ降りてきて、ミケーレ王太子が偉そうに声をかけてくださる。ロミルダたち侯爵家の者は仕方なく馬車や馬から降りることに。


 王妃殿下とカルロ第二王子は黄金色の馬車に乗ったまま、窓から手を振っていらっしゃるのだが。


 型通りのあいさつを済ますと、ミケーレ王太子が怪訝そうに眉をひそめてオズヴァルドを見た。


「そちはモンターニャ侯爵と共にまだこちらに残るのだろう?」


「おっしゃる通りでございます、殿下」


 言葉は丁寧だが憮然としている兄上に、ロミルダはハラハラする。


「一体ここへ何をしに来たのだ」


 両手を上へ向けて大げさに驚いた顔をするミケーレに、


「皆様方のお見送りに。私も同行できるよう徹夜で仕事を片付けようとしたのだが、終わらなかったのです」


 それから声をひそめ、


「殿下と妹はまだ婚姻前。間違いを犯さぬよう、くれぐれもお願い申し上げます」


「ふんっ!」


 ミケーレは不機嫌に鼻を鳴らした。


「それを言いにわざわざ王都まで来たのか? 目の下がクマで真っ黒だぞ」


「ご心配には及びませぬ。部下に仕事を引き継ぎ次第、私も湖畔の離宮にかけつけますゆえ」


 うやうやしく礼をするオズヴァルドに、


「待っていないから安心いたせ」


 意地の悪い笑みを浮かべた王太子は、オズヴァルドの肩を軽くたたいた。それからなぜか侯爵家の馬車に近付いてくる。


「さて、出発しようではないか。余はロミルダのとなりに座ろう」


「はいっ!?」


 思わず間抜けな声を出すロミルダ。


(馬車の中で食べようと思って、昨日クッキーを焼いて持ってきたのに! サラと気ままな二人旅だと思っていましたのに!)


 兄が降りて若干せいせいしていたところに、さらに気を使わなければいけない相手が乗って来た。


「ディライラを」


 ロミルダの心中など想像もつかないミケーレが振り返って声をかけると、侍従の一人がうやうやしく金細工の特注キャリーを差し出した。中では三毛猫ディライラが不安そうに目を見開いて、キョロキョロしている。


 ロミルダと次女サラが乗ったモンターニャ侯爵家の馬車にミケーレと三毛猫ディライラが乗り込んで、一行は出発した。


「ディライラちゃん、馬車に乗って緊張しているのかしら?」


 ロミルダが金細工の柵から指を差し込むと、ディライラが落ち着きなくちょいちょいとさわってくる。


「少し暗くしてやるか」


 ミケーレはジュストコールの大きなポケットから絹布けんぷを取り出すと、キャリーにかけてやった。


「この純金製キャリーはな、余の成人祝いに両親が作らせたものなのだ」


「まあ、両陛下がディライラちゃん用のものを――?」


「いや、懐中時計を作らせる予定だったそうだが、余がいらないと申したのだ。そんな使わないものより、ディライラのために役立つものの方が実用的だろう?」


 ぜんまい仕掛けの懐中時計は高価なもので、王侯貴族など限られた人々しか持っていない。


「懐中時計も毎日使って差し上げれば実用的なような……」


 つい思ったままを言いかけて、ロミルダは口を閉ざした。だがミケーレは気分を害することなどなく、


「懐中時計のほうはカルロが成人したときに受け取っていたな。結局作らせたのだから両親も満足したろう」


 片手で黄金のキャリーを支えながら事もなげに言った。


 馬車は王都の城門をくぐり、石畳の街道を北へ向かって進んでゆく。




 ぱらり、ぱらり――


 宿屋の自室で魔女アルチーナが、ベッドに腰かけた娘の頭にかけているのは魔法の粉。宿代を節約したのか二人が泊まっているのは屋根裏部屋だから、傾斜のついた天井は低く、窓も小さい。


「これで見回りの騎士どもに見つかる心配はない。私の調合した『まやかしの粉』の威力は素晴らしいわ」


「どうなったって言うの?」


 ドラベッラは不審そうにクローゼットを開けた。扉の内側には大きな鏡が付いている。


「嫌だわ! お母様より年上になっているじゃない!」


「安心おし。そう見えるだけだ。雨には気を付けるんだよ。粉が洗い流されてしまうと、幻惑の効果は消えてしまうからね」


 娘に言い聞かせながらアルチーナは自分の身にも粉を振りかけた。


「お母様の姿が揺らいで見える―― やだ、誰よこのお婆さん!」


 老婆の姿に変わった魔女は、クローゼットの姿見の前に立って満足げな笑みを浮かべた。


「成功だ。私の濃い紫の髪も全て白くなっている。これで人相書きとは別人よ」


「私の髪は藤色のままだわ」


「スカーフを取るんじゃないよ。十代の娘には見えぬから大丈夫だとは思うが……」


 姿を変えた二人は、せまい階段を下りて宿を出て行った。


 王都に一番近い宿場町だけあって、メインストリートはにぎわっている。


「なんだか今日は妙に人が多いね」


 さまざまなチーズが並んだ店先でアルチーナが誰にともなくつぶやくと、


「知らないのかい?」


 おかみさんが、アルチーナの注文した羊のチーズを切り分けながら、


「今日の正午頃、そこの通りを王家の馬車がお通りになるんだって。みんな金ピカの馬車を一目見ようと今から場所取りしているのさ」


「王家の馬車が――」


 アルチーナは口の中で繰り返してから、


「この大通りは北の山岳地帯へ続く街道よね?」


「そうだよ。ほら、貴族の方々は毎年夏になると山の方の離宮に避難されるじゃないか。王都は暑いからね」


 切り分けたチーズを測りに乗せながら、おかみさんが答える。


「ほかに注文は?」


「これで結構。ありがとう。でも貴族の方たちが避暑に行くにしては時期が早いんじゃない?」


「噂では――」


 おかみさんは声をひそめてカウンターから身を乗り出した。


「地下牢から消えた魔女の親子から逃げるため、遠い土地に避難されるんじゃないかって」


 アルチーナは無言のまま深くうなずいた。


「お代金は銅貨一枚と銭貨せんか五枚だよ」


 支払いを終えたアルチーナは娘を連れて店を出た。その顔にまた悪い笑みを浮かべて――


・~・~・~・~・~・~・


「魔女の危険から身を隠すために別荘に行くのに、魔女に知れてしまっただと?」

「今度は何を仕掛けてくるんだ?」

「殿下は猫になってたほうが、かわいいから良いのでは?」


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