第42話 ザイン洞窟Ⅳ
僕らは野営地で一休みし洞窟の出口へと足を向ける。
対策とも言えない対策に僕を除く全員が反対したがそれ以外の妙案も出ずに僕の案で決まった。
自分でも正気を疑う作戦。
作戦と言ってもいいのか怪しい。そんな方法で戦う事を僕達、いや僕は決めた。
僕は先頭を歩き進む。やつがいるのがわかる。
「では手筈どおりに」
僕がそういうとニアールは苦い顔をし、ダジンは不安げに、ドクトは真剣な表情で僕を見る。
「行きましょう!」
「火の精霊よ!彼の者に力を!」
冬の鎧は強い熱を帯びた。肌が熱に焼かれジリジリと痛み始める。
それを我慢しながら僕は酷寒の吹雪を発生させた。
――酷寒の吹雪で体温が奪われ保てないのであれば熱で体を温めればいいのだ。
単純だが自傷行為に近い戦法。
徐々に奪われる体温よりも発生する熱量のほうが多く僕の皮膚は悲鳴を上げる。
だが関係ない。先にやつのほうが死に僕は生きる。
そう改めて決意しスコルピオゴーレムの希少種と対峙する。
「土の精霊よ、彼の者に力を」
ダジンが野太刀に土のチャントを付与してくれた。
「では行きます!!」
僕は駆け出し自身の三、四倍ほどはあろうやつの足元を潜るように滑りこみ野太刀で下から腹を叩くように斬りかかる。
刃は僅かに通った。だが本当に僅かだ。そしてドクトの言う通り普通に斬ろうとすれば刃が刺さり足が止まってしまうとそう感じた。
そして僕が腹をぶっ叩いたタイミングで三人が横を駆け抜け洞窟の外へと走っていく。
僕は立ちふさがるように構える。
六本の鋏の腕に尻尾。それらが少しでも僕に当たれば致命傷になる。
だから僕は体の下に潜りこみ少しでもその腕を振るえないように立ち回る。
尻尾だけは長く良く曲がるから気をつけろとドクトから言われていたから尻尾には気を配りながら足を叩き、斬り、避ける。
飛んでくる尻尾を全力で避け、傷つけた足をまた叩く。
ほんの少しずつだが足に切り傷が溜まっていく。やつは足元に居る僕を脅威と認識したのか、足の力を抜きのしかかろうとしてきた。
予想していなかった僕はギリギリの所でそれを避けたが野太刀が下敷きになった。
引き抜こうとするも、尻尾が僕を穿ちに来る。野太刀をはなし、避ける。
ただの両刃の剣を抜き対峙するが正直な所心許ない。
出来れば野太刀を拾いたいが野太刀はやつが踏みつけ抑えている。
だがその心許ない剣しか手元にないためこれを使うしかない。
僕は重さのある両刃剣で傷だらけのやつの足に傷を増やすべく駆ける。
ドクトが言うには打ち込むのではなく引き斬るのがコツらしい。
僕は努めて引き斬るように両刃剣を振るう。
少し引っかかったが足が止まる程ではなかった。
今の感覚を脳内で反芻しながら二度、三度と引き斬る。
やつは体の下に潜られないように少しずつ下がっていく。
――良い。理想的な展開だ。両刃剣を収め野太刀を拾いながら前足を斬りつける。
僕が駆け、近づけば近づくほどやつは下がる。
だが多数の腕と尻尾で行く手を阻み僕を殺しにかかってくる。
僕は身を翻しそれを避け洞窟の出口へと走る。
当然だがやつは僕を追いかけてくる。
もう一度体を反転し、やつの頭を野太刀でぶっ叩いた。
頭が揺れた事でやつの動きが鈍くなる。
前足を叩き、叩き、斬り、そして避ける。
時間が経てば経つほど酷寒の吹雪でやつの体は動かなくなる。
そして僕の身は焼かれるが根負けはしない。
ここで死ぬわけには行かない。
冬の魔道具の守り手は僕だけなのだ。
野太刀を振るう。避ける。振るう。
何度も何度もそれを繰り返した時だった。奴の腕の斬りつけを胴体に貰ってしまった。
白い鎧が赤く染まる。
幸い傷は深くない。そして鎧に付与されたチャントの熱で傷は焼き塞がれた。
深い一撃さえもらわなければ傷は塞がる。そんな馬鹿な考えが頭過ぎる。
そんな考えで戦っていれば必ず致命的な一撃を受ける。
一瞬緩みかけた心を引き締めひたすらに前足を斬りつける。
その内にやつは腕の二本を足のガードに回し尻尾で素早く僕の体を貫こうとしてくる。
想定外の行動に僕は距離を取る。取ってしまった。
恐らくもう距離は詰めさせてくれない。そういう間合いに下がってしまった。
さっきまでは攻め続ける事でなんとか拮抗していた。
だがこの状況は逆に攻められ、受けに回る事になる。
六本の腕に、一本の尻尾、一人で受けるには無理だ。
僕は再び出口のほうへと駆け出しやつを誘う。
しかし一定の距離を保ちながら尻尾で僕を狙う。
身を翻しても二本の腕を壁のように使い距離を詰めさせない。
その上で四本の腕と尻尾で僕の命を奪い取りに振るわれる。
詰みだ
そう思った。
だがドクト達は既に洞窟を抜けているのを確認した。
奴を殺すことを諦め、尻尾を避けながら洞窟の外へと走る。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
奴を殺すことを諦めた途端鎧の熱を強く感じ肌の焼けるような痛みが僕を襲う。
一瞬転びそうになるがなんとか持ち直し走り続ける。
ヤツが身をよじったと思うと僕に背を向け尻尾を最短距離で貫こうとしていた。
――避けられない
確かにそう思った。
少しでも触れれば死ぬその毒刃。僕はそれに貫かれようとしていた。
「伏せろ!!」
ドクトの声に従い走るのをやめ伏せた。
頭上で耳が馬鹿になるほどの轟音が鳴り、何かが爆ぜ、それが僕を貫こうとしていた尻尾は明後日の方に向かせた。
「嬢ちゃん!チャントを解け!ジェニンこっちに走ってこい!」
体を焼く熱が消える。ドクトが何かを叫んでいるようだが、先ほどの轟音で耳が馬鹿になり、何を言っているかわからない。
だが出口へと走った。
平衡感覚が狂っている。
ふらつきながらも走る。走る。
ドクトに近づいていく外から差し込む光でやや眩しい。
だが走る。
もう少し、もう少しというところで右腕の感覚が無くなった。野太刀ごと、鎧ごと右腕を落とされた。
直後に激痛が襲ってきた。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
痛みが頭を支配し一瞬足が止まった。だが冷静な頭が働き、野太刀を、腕を拾い上げて走った。
血を流しながら走る。
ドクトの元までついた時僕は意識を失った。
――
目が覚めた。洞窟の天井は無く空が明るい。
野太刀は!?右腕は!?
自分の手を見ると添え木と包帯で隠れているが間違いなく指先があり野太刀を痛みがある。
そしてその手には野太刀が握られていた。
生きている。なんとか生きている。
だがどうなった。それがわからなかった。腕を、野太刀を拾い走り意識を失った。
あのままだとドクト達も襲われたはずだ。
ドクトがやつを倒したのだろうか。
「ジェニンが起きてるわ!ドクト!ダジン!」
思案しているとニアールの叫ぶ声が聞こえた。
「ニアール……やつは……腕がどうして……」
「落ち着いて!ドクト!ダジン早く!」
「お前が落ち着け嬢ちゃん。どけ。ジェニン、気分はどうだ?」
「体が重だるいですね。あと右腕がすごく痛いです。どうして腕の感覚が……?それよりもやつはどうしたんですか?」
「お前も落ち着け。あいつは洞窟を崩落させて通せんぼにしたよ。
キプリ国の門兵にはしこたま怒られたがスコルピオゴーレムの希少種の姿を確認してたからそれだけで済んだ。お前の腕はキレイにスッパリいかれてたから駄目元でくっつけて治癒魔法使ったらくっついた。が、多分激しく動かせば落ちるから添え木してある。無理はするな。他には何かあるか?」
「洞窟を崩落させたって事は追手も当面は来れませんよね?」
「山越えをしてくる可能性はあるが山越えには時間がかかるからそうだな。仮に超えてきたとしてもキプリの門兵がいるし、しばらくはゆっくりできる」
「良かった……」
「お前の傷が癒えるのをここで待ってから、しばらくは最寄り街のサーガットでのんびりしようや」
ドクトはニヤリとしながら言った。
「ニアールとダジンはどうするんですか?」
「着いて行くわよ。というより着いて行くしか私達生きていけないわ」
「お嬢様の言う通り私達は館での生活しか知りませんからね。外にいきなり出て生きていくには実力も知識も経験も足りません」
「そうですか……その節は「もういいって言ったじゃない!謝るくらいなら早く傷を治して街でゆっくりさせて!」」
謝罪しようとした僕にかぶせるようにしてニアールはそう言った。
「わかりました。では傷を治すために寝ます。正直体が気だるいので」
そうして僕は意識を手放した。
――
ザイン洞窟を抜けて三か月が経った。
僕らはサーガットの街に滞在していた。
これだけ経っても追手が来ない以上しばらくは安泰とドクトは言っていた。
僕はまだ違和感の残る右腕のリハビリをしている。
その間ダジンとニアールはドクトの指導を受けながら魔獣を狩り経験を積んでいる。
僕も参加したいところだが今無理をするとこの腕の違和感が一生残る可能性があると言われ我慢している。
僕の腕が治り次第約束の場所。地図には載っていない豊穣の島という場所にドクトが案内してくれる。
そこで僕は冬の魔道具を完璧に使いこなせるようになる。だがその島は大陸の北西。つまり前まで滞在していた大国ヴァーフェス国を突っ切るか大きく迂回しなければならない。
当然突っ切るのは論外なので迂回するわけになるのだがドクト曰く長い旅になるそうだ。当然だ。大国を迂回するのだ。
長い旅になるだろう。
だがドクトとダジンとニアールの三人が居る。
里を出た時の一人ではない。その安心感と里を捨てた罪悪感で心がないまぜになるが冬の魔道具の守り手としての任はきっとうまくいくと理由のない確信があった。
きっとうまくいく。
1章完
冬の魔道具 逢坂人辻 @ousakahituzi
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