第41話 ザイン洞窟Ⅲ
小さな揺れで目が覚めた。
ドクトが僕を起こしていたようだ。
「起きたか。交代だ。俺は寝る」
そう言ってドクトが横になった。
僕は返事をせずに起き上がり周囲の警戒をしていた。
――特に何事もなく時間が経ちドクトとダジンが目を覚ました。
ニアールはチャントを酷使しすぎてまだ疲れているらしく眠ったままだ。
ダジンが起こすだろうと思いドクトと話をしようとするとダジンが僕に話しかけてきた。
「ジェニン、たまにはお嬢様を起こしてみるといいですよ」
ニコリと笑いながら言うダジンの目的が分からなかったがそう言うのであればとニアールに声をかける。
妙齢の女性を起こすのは初めてだったので少し緊張したが反応はあった。
「ふぁ…うぅん…」
まさに寝起き、ややスロースターターな感じの起き方だったためさらに声をかける。
「ニアール、そろそろ出発するので目を覚ましてください」
「しゅっぱつ……?え、えぇ!出発ね!」
頭が回り始めたようでいつもの調子に戻った。
「ところでどうしてジェニンが起こしに?」
やや頬を赤らめながらニアールが僕に問いかけてきた。
「ダジンさんがたまには僕が起こしてみるといいと言うので今回は代わってみました」
僕がそう言うとニアールはキッとダジンのほうを睨みつけるがダジンは少し笑っていた。あとで怒られないだろうかと思いながら今度こそドクトと話す。
「少しペースは遅れてますよね?今日は少し無理して進みますか?」
「いや三叉路を超えた時点でもう逃げ切れたも同然だ。この追手は三手に分かれて俺たちを追っかけてくる。人数差は一気に縮まる上に魔獣と相手しなきゃならねえ。あいつらの計算ではそもそも洞窟に俺たちが辿り着くと思ってなかったはずだ。ゆっくりとは言えんが普通に進めるペースで進んでりゃあ問題ねえよ。追い付かれても返り討ちにしてしまいだ」
どうやら洞窟の魔獣との戦闘を面子が追手らしくドクトの読みでは僕達に追いつかれないと踏んでいるようだ。よしんば追い付いても三手に分かれた上に魔獣との戦いで手負いか数が欠けた事を想定しているらしい。
「わかりました。基本の方針は昨日と同じでいいですか?」
「ああ、基本お前が前衛で俺が後衛。ダジンの魔法で敵を分断して始末しろ。ヤバそうだったり相性が悪ければ俺が前にでる」
「はい、それじゃあダジンと少し魔法のタイミングを話し合ってきます」
「おう、あんま時間はかけんなよ」
「了解です」
ドクトから離れニアールに文句を言われているダジンに声をかける。
「ダジン、少し戦闘の際について少し相談が」
「お嬢様すみません、少しジェニンと打ち合わせがあるのでまた後程」
これ幸いとダジンは僕をダシに逃げだした。
「後でね!あとで!」
ニアールはどうやらご立腹のようで後で話の続きをするようだ。
少し離れた所で話をしようとするとダジンが笑顔ではなしかけてきた。
「お嬢様意外とからかい甲斐があるんですよ。それはさておき相談とは?」
館に居た時は冷静というか淡々とした様子だったから気づかなかったが、ダジンは意外と茶目っ気のある性格のようだ。
「からかうのはいいですけど飛び火が怖いのでほどほどにしてくださいね。それはとりあえず置いといて壁で魔獣を分断する時の方針に提案がありまして」
「なるほど。具体的には?」
「基本的には同種の魔獣だけになるようにしてほしいです。昨日のブラックラットとゴブリンのように連携を取られると厄介なので。それと同種だけになってくれると攻撃パターンを掴みやすくなるので助かります」
「了解しました。範囲外でやむを得ない時以外はできる限りそのように壁を張りますね。場合によっては張り直したりもできるのでその時は言ってください」
「はい、でも多分大丈夫です。分断してくれるだけかなり楽になると思うので」
「おい、そろそろ行くぞ!」
しびれを切らしたドクトが僕らをせっついた。
「では行きましょうか」
そうして僕は先頭を歩き出す。
昨日ブラックラットと戦った辺りに着くとブラックラットが三体、手前にスライムが二体居た。
「ダジン!壁を!ニアール!チャン「火の精霊よ!彼の者に力を!」」
昨日散々スライムを狩ったせいかニアールのチャントは特別速かった。
僕は駆け出し手前のスライムを屠るべく野太刀を抜く。
昨日と同じく細切れにする要領で何度も何度も端を焼き斬っていった。
「ダジン!壁を解いて!」
僕がそう言うと壁が崩れ落ちブラックラットが僕に飛びかかってきた。
昨日の二の舞は踏まないように僕はあえて前に飛び込みブラックラットのしたを潜りながら野太刀でその体を縦に割った。残り二体。
視認しにくいブラックラットは闇に紛れるように僕から距離を取り始めた。
後衛のダジンやニアール達に被害が及ばないように僕は彼らの前に戻り野太刀を構える。
右から何かが動く音が聞こえそちらに向き直るとブラックラットが尻尾を地面に叩きつけていた。
――誘われた。そう思った時には左からブラックラットが僕の左腕へ尻尾を振り切っていた。
「ッッ」
左腕は衝撃で感覚が失せ握力が無くなっており右手の力でなんとか野太刀を落とさずに済んでいる状態だった。
幸い野太刀は軽く右手だけで振るえる。
だが左腕が動かせない事で体のバランスが取りにくい。
――だがやる。
野太刀をしまい、両刃剣を右手に持ち左のブラックラットに向き直り、投げつけると同時に背後のブラックラットに野太刀を抜きながら切り払った。
残り一体。僕の投げた両刃剣を避けたブラックラットは僕に向かって駆けている。
僕は半身でブラックラットの体当たりを避けながら野太刀のを僕の居た位置にそっと置くようにして差し出す。
ブラックラットは真っ二つに割れて死んだ。
野太刀をしまい僕は左腕の状態を確かめる。
少し感覚が戻ってきたが十分に痛い。骨までは折れていないが手は赤黒く変色していた。
次の戦闘に間違いなく支障がある。
「ジェニン見せてみろ」
ドクトが僕の元に寄ってくる。
体でドクトとニアールから腕を隠すようにして治癒魔術をかけてくれた。
「大した事ねえな。次もお前が前だぞ」
そう言ってドクトは二人の元に戻った。
先頭の僕が歩き出すのを促すかのようにドクトは顎を突き出してきた。
僕は頷くと再び歩き出す。
魔獣の死骸を避けて歩くと昨日屠られたゴブリン達の死骸が荒らされていた。
先ほどのブラックラット達に食われたのだろう。
自分達がそうならないようにと細心の注意を払いながら歩みを続ける。
背後で嗚咽が聞こえた。
ニアールだろう。恐らく魔獣の死体を近くで見るのは初めてだったのだろう。
そういえば詰所にも守衛の死体が無かった。
恐らくドクトが気を使いどこかに運んだのだろう。
ドクトがニアールの背を擦りながら魔獣の死骸が視界に入りにくい様に体で隠していた。
擦っている手は払われていたがドクトのさりげない気遣いのお陰でそのまますぐに進むことができた。
しばらく魔獣と遭遇する事なく進む事ができた。
魔獣が多いと聞いていたからもう少し遭遇すると思っていたため少し拍子抜けだった。
そんな僕の心を見透かしてかドクトが話しかけてくる。
「ジェニン、気を抜くなよ。よく考えろ。魔獣と出会った回数は少ないが複数の魔獣
と出会ってんだぞ。数は多い。それに今のところ上手くいってるが、冬の鎧じゃなければさっきお前は腕折れてんだからな」
「はい!」
気を抜いていたという図星をつかれ、確かに接敵している敵の数の多さを考えれば森と同等かそれ以上であることに気づいた。
そしてニアールのチャントやダジンの魔法のお陰で楽に戦えているが、そうでなければ苦戦、もとい死んでいてもおかしくはない。
切り札である酷寒の吹雪は扱えない以上僕は剣術のみで戦う必要がある。
気を引き締めなおし歩みを進めた。
――それから何度かゴブリン、スライム、ブラックラットと出会い油断なく屠った。
多少の被弾をし都度ドクトに治癒を受けたが念のため程度の被弾で済んでいた。
「これだけ狩ってりゃ慣れてきたな。そろそろペース上げるために俺が前に出る。お前は後ろで2人を守れ」
「わかりました。でもまだスコルピオゴーレムを見ませんね」
「ああ……不気味だ。俺が前に来た時はスライムやブラックラットと同じぐらいには出てきたんだがな。」
そう言いながら無精ひげを撫でる。
ドクトが考え込む時の癖だ
「何らかの理由で根絶されたか?いや……あいつはこの洞窟の中では強めの魔獣だ。あいつが消えるならここはもっと危険な魔獣で溢れてるはず……。何かが起きている……?」
呟くようにドクトは俯きながら無精ひげを撫で続けていた。
珍しく注意散漫となっているため僕は周囲の警戒を続けながらドクトの結論が出るのを待っていた。
「キプリ側に集まっているのか?何故だ……。キプリ国側で何かあり鉱石が回収されず餌場が増えた……?」
ぶつぶつと呟き続けるドクトが突然僕に向き直ったかと思うと今まで見た事もない焦った顔で僕の両肩に手を置いた。
「恐らくスコルピオゴーレムの希少種と戦う事になる」
ドクトは希少種と戦うと確かにそう言った。
洞窟に入る前には追手に追いつかれるとしても逃げの一択だと言っていた。
その希少種と戦うと。
「逃げるの間違いですよね?」
「いやどうあがいても戦闘になる。どうしてですか?進むのがまずいなら戻ればいいじゃないですか」
「昨日三叉路を超えた所で戦闘になってスライムに挟撃されただろ。あれはゴブリンの仕業だ」
「ゴブリンの?」
「恐らく細かい指示を出してる狡猾なゴブリンが居やがる。そしてそいつはスコルピオゴーレムの餌になる鉱石を撒いてスコルピオゴーレムの位置を操ってやがる。でないとこんだけ現れねえのはおかしい。」
「なるほど。でもだからと言って希少種と戦う事にどうつながるんですか?」
「本来希少種ってのは亜種がよりデカく、より変種として進化したものだ。
そして希少種は亜種が育って生まれるものだ。んでスコルピオゴーレムの餌を健気にホイホイやってるゴブリンが居るわけだ。結果、原種は上位種に、亜種は希少種になる。
そしてそいつらの行動範囲を操るゴブリンは恐らく両出口を今スコルピオゴーレムでふさいでいるはずだ。
下がろうが前に進もうが最低でも亜種か上位種、最悪希少種とかち合う。狡猾なゴブリンなら入ってきた方向とは別の所に希少種を置くだろうから、俺たちは希少種と対峙するって寸法だ」
洞窟の天井を仰ぎながらドクトはそう言った。
「ちなみに希少種はドクトさんレベルの傭兵が六人必要と言っていましたが僕はその数に含まれますか?」
「ああ、その野太刀を使ったお前なら数に入れてやるよ。だがそれでも二人だ。ダジンと嬢ちゃんは数に入らねえ。入ったとしてもまだ足りねえ。何か策を練らねえと全滅だ」
ドクトは無精ひげを撫でながらもう片手でガシガシと頭を搔いた。
「スコルピオゴーレムの希少種について教えてください。僕も何か考えます」
「ああ、そうだな。奴の体は原種と違って鉱物でできていやがるから基本的には斬撃は通らねえ。通っても絶ち切るところまではいかねえから剣が刺さって引き抜かなきゃならん。
上手いやつは滑らすように斬るが慣れが必要だ。
そんで名前の通りサソリの腕でそれを六本もってやがる。おまけに鉱石のお陰でよく切れるナイフのような尻尾に毒も付いてくる。
幸い動きは鈍重だが手数の多さと死角から飛んでくる尻尾の攻撃が厄介だ。一発貰えばスッパリ切れる上にかすり傷でも毒で体がどんどん動かなくなる致命的な攻撃だ。解毒薬は持ってるが早めに処置しねえとこれで死んだ奴がいる。」
「それって斬撃しかない僕らと相性悪すぎませんか?」
「そうだよ。だからどうするか困ってんだ。ダジンのチャントで剣に打撃を付与できるのは有効だが、二人で六本のハサミを持った腕と尻尾を掻い潜りながら奴が力尽きるまでぶっ叩くのは現実的じゃねえ」
「酷寒の吹雪は有効でしょうか?」
「有効ではあるが体が固まり切る前にお前の体温が尽きるだろうな。」
「じゃあ逆にニアールのチャントはどうでしょうか?」
「熱も有効だ。だが嬢ちゃんのチャントじゃ熱量が足りなくて有効打にはならねえな」
「そうですか……」
「とりあえずここでウダウダしてても仕方ねえ。とりあえず進むぞ」
「わかりました」
――
それから妙案は何も思い浮かばないまま三日ほど足を進め、ドクトが前衛を務めペースは上がり洞窟の出口は近いところまで来られた。
そして
僕らは少し引き返し野営をし、ダジンとニアールにも事情を説明し対策を練る。
「私の石の壁で道を作り逃げるのはどうでしょうか?」
「お前の石の壁が堅ければ有りだが多分腕でガツンと割られて俺たちは岩の下敷きになるだろうな」
ダジンが提案するがドクトがすぐさま否定した。
それを聞いたダジンは苦虫を嚙み潰したような表情でそれを黙って聞いていた。
「私のチャントも役に立てないの?」
「嬢ちゃんのチャントも練度が足りてないせいで熱量が足りねえ。もっと高熱のチャントが扱えたならってところだな」
「それじゃあ八方塞がりじゃない!」
「そうなんだよなあ……」
無精ひげを撫でながらほとほと困り果てた顔でドクトが洞窟の天井を見つめた。
「一つ……案があります」
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