第11話 天地

 翌朝、私はジョルジュとエクトルを特製のベッドに移していた。

「危ないぜ!」

 距離を取ったオリバーが騒ぎ、ハクロ兵士長が部屋の外で眉をひそめている。

「彼らが一緒で危なかったことなんか、うん、ちょっとしかなかった」

 母が教えてくれたことはシンプルな事実だった。

「仲良い人と引き離されたら、寂しいものよ」

 二人用のベッドに移されたジョルジュとエクトルは、お互いの顔を触って笑っている。

 考えてみれば、ジョルジュが転移する場所は、いつも最終的にエクトルの場所だった。

 エクトルが大きく魔法を使うのはジョルジュと一緒のときだった。

 私はエクトルに問いかける。

「もしかして、ジョルジュをベッドルームに連れて戻るために魔法を使っていたの?」

 エクトルは私の問いかけを聞いていない。ただ、ジョルジュと一緒に笑っている。

 背後では、シルバーとゴールドが私に来いと呼ぶように、喃語をあげている。

「魔法使いは周囲に敏感なのかな。それか、成長が早い部分がある」

「おや、ようやく気がついたのかい」

 声を投げかけたのは、自称革新派魔法使いのイーモンだ。

 止めようとしていたのであろうハクロ兵士長たちが、背後で首を振っている。

「ここは立ち入り禁止だよ」

「まあいいじゃない。君とボクの仲でしょう」

「六歳と変な噂流れるよ」

「……ボクの方が困るね」

 イーモンは魔法でシルバーとゴールドを浮きあげると、メリーゴーランドに乗ったようにゆっくりと揺らした。二人はこちらを見て笑い声をあげている。

「魔法使いの成長の早さは、魔法を制御できるようになるためとか学院では言われているよ」

「また学院か」

 魔法の知識を独占する、王都の魔法使いの集団。

 考え込む私を見て、イーモンはにやりと笑った。

「なに? ようやくぶっ潰すことに興味がでてきた?」

 私は目を剥いた。

「何度も言っているけど、私はこの子たちを守り育てたいだけ!」

「そう、王都では火傷腕のアガットが辺境で、学院に次ぐ魔法使いの集団を作ろうとしていると噂だけれどね」

 思わず黙り込んでしまう私に、イーモンは真顔になった。

「本気?」

「違う。違わないんだけれど、違う」

 空中にいるシルバーたち二人を抱きとめて、私はイーモンに言う。

「魔法使いの赤ちゃん専門のベビーシッター会社を設立したいと思っているんだ」

 これが、私の思う、最も多くの赤ちゃんを世話する方法だった。

「派閥を作っていると疑われているのに?」

「ええ」

「既存概念をぶっ潰す気はないのに?」

 その問いには沈黙で返す。人生二周目の私には、こうして新興勢力を作る困難さを良く知っている。

 それを物語るように、イーモンは困り果てた顔だ。

「アガットは知らないかもしれないが、人は、人によって態度を変えるバカな人もいるものだ。きっと今のアガットがしたら、純粋なベビーシッター会社だとしても、悪意に受け取られる」

「今の私には何が足りない? 経験? コネ? 年齢?」

 イーモンの顔は、全てだと返答していた。

「もう少し、君が成人するまで待てないかい」

 この国の成人年齢は十八歳だ。十年と少し経てば、確かに私の社会的地位も固まって、さぞ動きやすいことだろう。

 しかし、それでは遅いのだ。

「その間に成長する魔法使いの子たちはどうするの」

「それは、今のまま、邸宅で請け負えば良いじゃないか」

「場所にも時間にも限りがある。私一人では全員を面倒を見切れない」

 魔法使いを療育するための負担は尋常なものではない。貴族に生まれるだけというのは、成長できる魔法使いがそんな余裕のある家庭で生まれた魔法使いだけだからではないか。

 こうしている間に、命の選別が行われているのではないか。

「そう考えるんだけど、どう思う?」

 イーモンは何かをこらえるようにぎゅっと目をつぶっている。

 私は目を細める。この人は大人になっても、傷つけられた子どものままの部分がある。きっと、学院が魔法を独占するために集めている知識に、子どもをいやす鍵がある。

「きっと私は、学院が嫌い。でも、彼らには何もしない。ただ、魔法使いの子を皆の力を合わせて育てたいだけ」

 イーモンは力なく笑った。

「子どもたちを傷つけてでも守るべき知識と理由があると言ったら、どうする?」

 私は一瞬だけ言葉を失った。この世界に生まれて六年間で、最も意味のない問いだった。シルバーたちに見られないように、手のひらに爪を立てて、こぶしを握り締める。

「そんな知識も理由も、捨ててしまえ」

「君ならそう言うよね」

 イーモンは何十年も老け込んだような顔をした。

 そんな堂々巡りの背後から声がかけられる。

「革新派が聞いて呆れるな、イーモン」

「アレフ伯」

 邸宅の主は、今日も堂々たる様子で、テラスの中央に仁王立ちしていた。腕には耐熱のスカーフが何層にも優雅に巻かれている。断熱だけでなく、炎にも強く、水をよく含むように魔法がかけられた特注品だ。

「私ではなく、不法侵入の魔法使いに、最初に話したのは癪だがね」

 ゴールドを抱き上げて、アレフ伯は言う。

「私は、ベビーシッター会社の設立に賛成だ」

「アレフ伯爵が賛成する、なおのことこそ拙いですって!」

 イーモンは慌てて言う。

「辺境貴族たちと新興の魔法使いたちが悪だくみしていると思われる!」

「新興の魔法使い?」

 からかうような調子のアレフ伯の笑顔につられたように、ゴールドは笑い顔を見せている。周囲には、最近のゴールドがよく出す、小さな魔法の火花が散っていた。

「我が子であり、赤ちゃんである彼らを、学院はまさか引き離そうとお考えか?」

「派手に動き過ぎるとそうなりかねません」

「学院は何の権利があってそうするのだ」

「魔法使いは王族の宝であり、王族から宝の管理を一任されているのが学院だからです。魔法使いの義務と彼らが言えば、誰も反論ができない」

 アレフ伯はぐぬっと唸り黙り込んだ。

 私は答えを持っていた。

「魔法使いは王族の宝、この条項は法で定められたもの?」

 急に問いかけた私に、イーモンは目をぐるりと回す。

「不文律さ。王族の権威によって保障されている。法律じゃないから無視する、なんて子どもみたいなこというなよ、アガット」

「忘れそうになるが、アガットもまだ六歳だからな」

 憐れむイーモンに、私は片指を突き出す。

「王族の権威ってとこにつけこむ隙があるんではない?」

「王族の権威に。正気かい、王都で言ったら一年間は誰も雇ってもらえない発言だ」

 イーモンは王族の盤石さを滔々と語る。

「東と西に帝国を臨み、都市が点在する広大なこの王国が自国を守ってこられたのは、王族が中央に黄金王、東に魔術王、西に武術王を擁して、統治してきたからだって、いくら辺境の農家出身でも知っているだろう」

 首肯してから、言い訳を私は披露する。

「そう、この国を守っているのは「王」だけではなく、王族、なんだ」

 はっとしてから、悪だくみをするような顔となったのは、常日頃から事業立ち上げや投資に携わっているアレフ伯の方だった。

「やはり、商工の知識は学院では習わないのね」

 からかうと、イーモンはわかりやすくむくれた。

「逆にアガットはその年齢でどこから知識を得たのさ」

「人生二回目だから」

「何だその嘘は」

 むくれるイーモンを置いて、アレフ伯は使用人たちを呼びつけて、様々な言いつけをしていく。それが終わると、私に向かって言った。

「さあ、一時間後に出発するから用意をするんだ」

「どこに?」

 未だに事情がつかめていないイーモンに、アレフ伯はにやりと笑った。

「魔法使いが王族の宝であるのと同じく、商工会も王族の宝なのさ」

 イーモンは面食らったように黙り、あっと声を上げた。

「そうか。学院は黄金王の管轄、商工会は魔術王の管轄だけれど、一度立ち上げた会社は、魔法使いと同じ、王族の宝として扱われる」

 アレフ伯は頷いた。

「私が推薦しよう。きっと魔術王の商工会といえども否とは言えまい。そうなったとき、王族の宝であるアガットのベビーシッタ―会社に、王族の宝である魔法使いの学院は手出しができなくなる」

「考えたなアガット!」

 バシバシと肩を叩くイーモンは、浮かれ切っていた。

「そうなれば、ボクが君に協力を惜しむ理由もなくなる。王族の宝が王族の宝を守っても何の問題があるんだって言える!」

 突然、ぼうっと、イーモンの眼前に熱が放たれるも、彼は事も無げに指を振って、熱をかき消した。

「今のはシルバーの魔法だね。ボクがアガットに構い過ぎたから、危機感を持ったかな?」

 シルバーの顔を見ても、どこか素知らぬ顔をするばかりだった。私は、イーモンにまさかと返す。

「どうかな。シルバーはお姉ちゃん大好きな子だからね?」

「それで、商工会に行くのか、行かないのか。王都へは馬車での長旅となる。よく準備しておけ」

 イーモンは首を傾げた。

「王都へは長旅だって?」

「そうだ。ここから馬車で一週間はかかる。あと、危険な旅路だ。どちらにせよゴールドたちは留守番だな」

「この、革新派魔法使い様がいるのに?」

 イーモンは虚空から取り出した杖で、空中に円を描く。

 虚空が黄金色に輝く火花で切り裂かれていく。前世で見た溶接の痕のようで、空間が傷つけられていく悲鳴を、私は生まれて初めて聞いた。

 いたずらそうに笑うイーモンは、問いかけてくる。

「それで、ボクの魔法属性とお世話の仕方はわかるかな?」

 私の脳裏に浮かんだのは、ジョルジュだった。

「典型的な空属性、まだ検討中だけれど、きっと、執着のあるもののそばにいることが大事、なのではないかしら」

 外出着を整えると、貴族らしく気取ったように差し出されたイーモンの手を取る。ふと触ったその右手は、杖とペンを握りすぎたような、でこぼこと固く節ばっていた。

「もし、私の仮説が正しいなら」

「うん?」

「あなたの執着するものは何なの?」

 イーモンは手を強く引く。顔は背けられていて、表情は伺いしれない。彼の穏やかな声が頭上から降ってくる。

「ボクの執着する者は既に失われた。君は未来のことだけを考えるんだ」

 穏やかなはずの彼の声は、悲しい内容を告げていた。

 とっさに抱擁しようにも、自分の身長では、頭をなでることすらできなかった。それに、今撫でたとしても、彼の心には届きづらいだろう。

「この世界の魔法使いは皆、幼少期の経験から傷ついている」

「今さらな話さ」

 それほど、この世界の魔法使いの子どもたちは、当然かのように虐げられている。

「私が世界を変えるからね」

 だから、せめて、私の行動が大人になった魔法使いたちの慰めになりますように。祈る言葉は、まだ、イーモンには届いていない。

 イーモンはきょとんとした顔で、あいまいに頷いた。



 これは私が、魔法使いのベビーシッターをすることで、異世界全体の魔法使いを救うお話しだ。




 序章 異世界魔法使いベビーシッター スタートアップ 終

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異世界魔法使いベビーシッター スタートアップ 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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