第6話 そして怪盗は。

 夜間の機密活動向けに設計された〈怪盗シャノワ〉の飛行船は、黒い猫耳のついた仮面をつけた部下たちが操作している。

 先に指定されていた◎◎の地点で、説明された通りの今回の選抜チームが縄梯子でこの飛行船に乗り込んだ。総勢三名。


「ご苦労様です」


 駐在さんは、敬礼をやり取りする。〈怪盗シャノワ〉も同じくする。


「潜入している者の指示で飛び降ります」


 全身黒のボディスーツの女性。


「潜入捜査をしていたんですか」

「まあね。潜り込めて情報を拾えたのは偶然だったんだが」


 ハイダさんは、話が長くなるから、と、そこは省略した。


「ちょっと先にFの船に入ってもろもろ片づけておいて。

 Kの船が合流してきたところを取り押さえる」


 簡単に言うのだが、彼らは丸腰ではないだろう。


「見学されますか?」

「えっ?」


 駐在さんは耳を疑う。


「大丈夫ですよ。私といっしょに降下すれば」

「……いっしょに」


 降下できたとして。

 それからは銃撃戦の恐れも。


「わたしも応援に行きたいな」


 ところがそこに〈怪盗シャノワ〉がそんなことを言うものだからハイダさんが。


「それはとても心強い。

 ところで〈怪盗シャノワ〉担当の駐在さんは、彼が逃亡しないようにいかなる時も目を離さないのが任務だよ」


 そういうことか。


「はい。

 了解」


 駐在さんと〈怪盗シャノワ〉は、たちまち装備を身に着けるよう促され、


「降下」


 暗視ゴーグルとパラシュートを着けたハイダさんの三人チームは、まるで水たまりに飛び込むような軽やかさで、ただただ暗く広がる海の上に飛び込んでいった。

 駐在さんは目を閉じていた。


   * *


「〈怪盗シャノワ〉もいっしょなの?」


 マー坊が言うと、お母さんはうなずいた。


「複雑なんだけど、協力を要請することができるんですって」


 大人の世界だなあ。


「大変よ」

「大変な事件なの?」

「いえ。大丈夫だと思うけど、お父さん今、〈怪盗〉がやることに付き合わされているのよ。普通の警官なのに」

「〈怪盗〉がやること?」


 変装とか。窓ガラスを破って潜入するとか。天井からワイヤー一本でぶら下がるとか。


「信じて待ちましょう」


 お母さんも、少し緊張しているようだ。

 マー坊はウエストポーチから、何かの時のためにと思って入れておいた盗聴器の受信機を出した。


「なにそれ?」


 お母さんの声が厳しめだったのでマー坊は苦笑いした。


   * *


「着きました」


 小さく声をかけられ駐在さんが目を開けると、もう見張りの一人が音もなく倒されていたのだった。


「わくわくするねえ」


〈怪盗シャノワ〉は。

 駐在さんは船のすみっこで、かつて彼を逮捕した時のことを思い出した。

 猫のようにしなやかな動作であらゆる追及をかわし、高所も厭わない神出鬼没の〈怪盗〉。それが彼だった。

 今も、身についた格闘の技で、拳銃相手に善戦している。


(この島の彼の本拠地の上に駐在所が建ったからって……)


 それでわざと逮捕されたのかなあ。

 それなら納得できるんだが、今夜みたいな飛行船までの通路とか、造りなおすの大変だもんなと、駐在さんがぼんやり思っていると、


「ほら」


〈怪盗シャノワ〉に頭を押さえられ、そのあとに銃声を聞いた。


「……助かったあ」

「いやあ、楽しくなってきた!」


 取引に来ていたFの幹部二名と見張り五名。うち見張りの一人が潜入捜査官。

 空からの奇襲は想定していなかったようで、そろそろ全員を確保、というところだ。


「Kの船です」


 ところがKの船は異変を察知したのか、そのまま離れていった。


「嫌疑は不法所持、か」


 取引現場を押さえられず、ハイダさんはぽつりと言った。


   * *


「〈どうせ起きてるだろ、マー坊〉」


 だしぬけに受信機から声がしたので、マー坊もお母さんも、飛び上がった。


「〈怪盗シャノワ〉?」

「〈あははは、お父さんも無事だよ。

 でもこのまま帰らないで、怪盗に戻ろうかなあ〉」

「えっ、そんなこと」


 外に出て、冒険の日々を思い出してしまったのか。


「〈あははは、〉」

「え、だめだよ、帰ってきてよ」

「〈どうしようかなあ〉」


 表は白々と夜が明けて来た。


「〈どうしようかなあ〉」

「そんなあ。帰ってきてよ」


〈のんびり村〉の、誰も知らない夏の夜の事件、一件落着。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のんびり村、怪盗事件。 倉沢トモエ @kisaragi_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ