後宮の花結師たち_06

「悪妃であろうともあの方は不凋花ヨンヘン娘娘ニャンニャンの再来と言われる貴重な二輪咲き。自分の癒花の管理すらできない人たちに、貴妃の癒花を触らせるわけにはいかないわ。花結師として、いいえ! 女として恥ずかしい! これじゃあ丸刈りにするしかないわね」


 過剰な添え花に苦しむ花結師たちへ、靨鈿ようでんの花結師は軽蔑の視線を注ぐ。

 取り巻きの四人だけでなく室外の花結師たちも「あれじゃあね……」と絡まる癒花ジユファの多さにクスクスと楽しそうに囁いた。


 草苺ツァオメイの脳裏に、あの日の黄紗キィシャの言葉が思い浮かぶ。


 ――貴女なら、貴妃の花結いも任せられるでしょう。

 ――後宮の花結師よりも……。

 

 安心感と不甲斐なさが練り混ざった複雑な面持ち。

 黄紗の浮かべた表情の意味が、いまならよく分かる。

 草苺自身、ふつふつと湧き上がってきてしまう。貴妃の癒花を治すことに、否、地位と名声を手に入れることに夢中で、花結師としての心持ちを忘れている彼女らに。


 ふつふつと、激情が湧く。

 怒りと悔しさと情けなさと――悲しさ。


「なによその顔」


 草苺は、自分がいまどんな顔になっているのか判断できなかった。

 少なからず、靨鈿の花結師が顰めっ面になって舌を打つほどの表情ではあるらしい。


「文句あるなら、あんたがどうにかすれば?」

「はい。そうします」

「雑草娘娘なんかに花結いの苦労は到底分からないで――――は?」


 草苺の即答に、小馬鹿にした態度を取っていた靨鈿の花結師が固まる。

 草苺はもう彼女を、他の花結師たちを見ずに過剰な添え花へと顔を向けていた。


「本当に雑草頭なのね。花断鋏もなしに癒花を切るのは極刑よ? 花結師を馬鹿にしないで! 癒花は簡単にむしれる雑草じゃないんだからね!」


 開花省のなかで下級女官が花結師の癒花をむしるのを見て見ぬ振りをすれば自分も罪に問われると焦ったのか、彼女は声を荒げる。


「ご心配には及びません。開花省にご迷惑をお掛けしませんから」


 ざわつく花結師たちを意に介さず、草苺は懐から花断鋏を取り出した。


「花断鋏なら、あります」


 ざわめきが激しくなる。花結師たちが草苺の手元の花断鋏へと一斉に注目し、明白に困惑した。


「ど、どこから盗んだのよ! この泥棒草!」


 靨鈿の花結師が、鬼の形相で花断鋏を奪おうとする。伸ばされた指先が花断鋏に届く前に、天井から、なにかが、彼女の腕に落ちてきた。


「――ッキャアァ! 蛇!」


 靨鈿の花結師は取り乱し、蛇の乗った腕をこれでもかと振り回す。

 黒蛇は草苺の足元へと振り落とされるも、たいした衝撃にはなっていない様子で。彼は、ゆるりと頭をもたげた。


「ありがとう、メイ。少しの間お願い」


 邪魔されたくないの。

 そう頼めば、煤はするりと身をくねらせる。彼は花結師へと牙を剥いた。

 ひっ! と花結師たちが恐怖に足を竦ませる。


「わ、分かったわ! 癒花を呪っているのはあんたね! 癒花が雑草頭だからって、他の癒花を妬んでるんだわ! 蛇を操るなんて……大蛇に魅入られてるのよ! おぞましい!」


 靨鈿の花結師が負けじと喚くが、草苺はそれらをすべて無視して添え花へと集中する。


「蔦薔薇がすべての癒花に引っ掛かってる。……髪まで巻き込んで」


 特に酷いのは蔓薔薇だった。これのせいで複数の癒花が複雑に絡まり合い、どれが本人の癒花か見当がつかない。

 髪まで巻き込んでしまっていて、迂闊に癒花を解こうとすると蔓薔薇の棘で頭皮を傷付けかねない。


「すみません。髪ごと切らせてもらいます」


 草苺が伝えると顔色の悪い花結師は諦めた目で頷いた。

 気怠げで、喋る余裕もない様子だ。瞼は重だるそうにほぼ落ちている。早くしないと華氣にあてられて昏倒してしまう。

 草苺は黄紗に教わった学びを思い出し、花断鋏を入れた。


「ちょっと! そいつの癒花がどれか分かって鋏を入れてるの⁉︎」


 靨鈿の花結師が眉を吊り上げて唾を飛ばす。

 ギャアギャアとしつこい喚きに、草苺がうるさいと感じたその時、悲鳴の種類が変わった。

 きっと煤が牽制してくれたのだろう。


「……あ、っ……」


 喧騒のなかで、か細い喘ぎを拾う。

 紫の唇を、はくっと震わせた花結師に草苺は微笑んだ。


「あなたの癒花は分かっています。番紅花(ファンホンフア)ですよね」


 草苺が黄紗から学んだのは、癒花の結い方だけではない。癒花に循環する華氣の見極め方も叩き込まれた。それはもう、思い出す度に歯の根がガチガチと噛み合わなくなるほど。徹底的に。


「ご安心ください。ちゃんと、視て切れます」


 添え花に含まれる他者の華氣によって輝きを弱めてしまった薄い黄色の華氣を、草苺は凝らした目で追う。弱々しくも、その華氣は番紅花から顔色の悪い花結師本人にしっかりと繋がっていた。


「貴方の華氣は薄い黄色ですね。紫の番紅花と似合っていて、とてもきれいです」


 癒花に循環する華氣には、色がある。

 華氣の色は個々で異なり、癒花の色と華氣の色が必ずしも同色とは限らない。


 本来の花結いとは華氣の色や量を見極めて剪定や添え花を行う。そうすることにより華氣が増し、癒花そのものの浄化力も増す。

 無論、その逆も然り。


 花結いとは見栄えを見て花を結うのではなく、内側の力――華氣を視て、花を結う。

 華氣は生命力そのもの。

 命の煌めきを宿す花を結う。

 それこそが、花結師の本来の仕事。

 それこそが、草苺の憧れていた本来の花結師の在り方。


「添え花によって過剰に与えられている華氣を、すべて断ち切ります!」


 使命感にも近い感情に突き動かされる。

 草苺は添え花によって増えすぎた華氣を、素早く的確に剪定していった。


 ひたすらに、

 夢中で、

 助かってほしいとの一心で、剪定をする。


 一人目を終わらせ、すぐに二人目に。

 息も付かず、三人目。


「……ふう。一先ずこれで余分な華氣の影響は受けない」


 大量の添え花が髪ごと床に散乱する。

 その頃には添え花に苦しむ三人はある程度の落ち着きを取り戻し、周辺の花結師たちも黙って、草苺の剪定の精密さに見惚れていた。


「やっぱり、あの人は剪定だけじゃ駄目か……」


 草苺は最初に剪定をした番紅花の花結師を再確認し、眉を顰めた。

 彼女は一番最初に剪定をしたのに、他の二人よりも癒花に華氣が溜まったまま。


「こうなったら、あれをやるしかない」


 草苺は帯に花断鋏を掛けると、額に浮かぶ汗を袖で拭った。

 室内を見渡して、目的に合うものを探す。



 - - - - - 𑁍


 web版試し読みのため掲載はここまでとなります。

 今後また良いご縁があれば続きも更新できるかもしれませんが、ひとまずはここでweb版は完結とさせていただきます。


 中編コンテストの最大規定文字数を意識して公開予定でしたが、ついつい予定よりオーバーしてしまいました。

 長々とお付き合いくださり、本当にありがとうございます。


𑁍後宮の花結師

𑁍9月8日(金)カドカワBOOKSより発売決定

 少しでも気になったらお手に取っていただけると幸いです。

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【書籍好評発売中】後宮の花結師【Web版】 彁はるこ @yumika_ka

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