最終話 雪解けの街

 ガルデニア連邦ガルデニア州ミークス市。


 復興の進んだこの街に、ひとりの軍人がやってきていた。今日は非番だった。否。

 とある任務のため、公的には休暇を申請し、それを利用してとある人物を捜しに来たのだ。


「……ここにはもう、皆は居ない。私が通りを歩いても、誰も気付かない」


 艶めく黒髪を靡かせる淑女。

 色素の薄い黄色の肌。

 ミセリア・グライシス。

 大きな青いリボンの付いた白いハットに白いワンピース。


 ウェントゥス士官学校を卒業して2年。


 20歳の春。


「居ませんねえ、彼。噂ではこの街で賃貸アパートに住み、点々と日雇い労働をしているとのことでしたが」


 広場のベンチで小休憩をしていたミセリアの隣に。

 ひょっこりと顔を出した少女が居た。


 長い金髪に青色の瞳。


「……ソラ様。あなたこそ何故こんな市井に?」

「私だって噂のフォルトさんに会ってみたいからです」


 ソラ・アウローラはこのガルデニア連邦議会の議長だ。つまり、この国で一番高い位に居る存在。

 本来ならばパキリマの城で執政を行っている筈。

 いや、行っているべき。


「あなたが見付かれば街中大騒ぎですよ」

「あはは。誰もこんな美少女がまさか議長だなんて思いませんよ。私の存在は公表してませんし」

「………はぁ。公表していない理由はお分かりでしょう」

「美少女ですからねえ」


 ソラはミセリアと同じハットにワンピースと、コーディネートを合わせていた。周囲から、姉妹に見えるように。

 休暇であるというのに、ミセリアの心は休まらなかった。ミセリアはソラを護衛しなくてはならないのだ。


「……で。このコーディネートはミセリアさんのチョイスですが。あの氷のようだと喩えられる冷徹な鬼少尉がこんなお洒落好きだなんて。フォルトさんはそんなに格好良いんですか?」

「なっ! ……ちち、違います! これは普段着! ただの私服ですから!」

「え? 兵舎から出た日に買ってましたよね」

「う、ぐ……」

「にまにま」

「…………ソラ様。お人が悪いです」

「あははぁ。可愛いですねえミセリア少尉」


 フォルト・アンドレオがウェントゥスを去って5年。

 戦争は、次第に終わりつつある。

 連邦議会は、戦争を終えたその先のことを考えるようになった。


 『氷魔白刀コキュートス』の使い手が、この5年間で現れなかったことも、戦争が中々終わらない理由のひとつでもある。が。


 何にせよ、ふたりはフォルトを探しにミークスまでやってきたのだ。


「しかし学校の評価では、フォルトさんって成績も良くないし授業態度も良くないし、『祈兵装プレアルマ』も起動できなかったと」

「関係ありません。彼はやる気にさえなれば誰より強い。誰より冷静で…………」


 ミセリアは話の途中で、隣を見た。ソラがまた、にまにまとした表情をしていたのだ。

 ぼっと。

 ミセリアが熱を持つ。


「……とにかく! 『氷魔白刀コキュートス』の使い手は必要なのですから。それが使えるという時点で、彼に価値はありますから!」

「ふぅん。へぇ。でも5年会って無いんですよね? ミセリアさんの中で、フォルトさんが神格化されているだけでは?」

「会えば分かります!」

「ダメ男になっていたら?」

「彼は元々、ちょっとダメ男寄りです!」


 ミセリアは立ち上がり、すたすたと大股で歩いていく。ソラも飛び上がってそれに付いていく。


「せっかくお洒落してるんですからもっと淑やかに歩いては? 軍行進パレードじゃないんですから」

「…………それは、確かにそうですね……」

「そうそう。休暇中なんですから。今のミセリアさんは軍人ではなく、ひとりの恋する乙女ですからね」

「それは違います! 私は任務で!」






□□□






「いやあ、もう春ですねえ。この辺りは暖かくて。万年氷山のパキリマとは全然違います」

「まだ風は冷たいですよ」

「なら一度パキリマに来てください。寒すぎて死にますよ」

「フォルトを捜し出したら、どの道立ち寄ることになるでしょう」

「確かにそうですね」

「……そういえば疑問だったのですが」

「なんですか?」


 すっかり復興したミークスの街を歩くふたり。すれ違う男達は皆振り返る。主に――ソラではなく、ミセリアへ集まる視線。


「ソラ様の実年齢は」

「私は今年で14ですよ」

「………………」


 大陸を、惑星を統一せんとする巨大国家郡ガルデニアの。最高意思決定機関の長が。

 14の小娘に務まる訳が無い。

 言葉にはしなかったが、そんな視線がソラを刺した。


「うーん。これあまり言ってはいけないんですけど。『祈兵装プレアルマ』や『魔剣』などに代表される『祈械きかい』って、アレ人間の祈り……つまり心とか精神、魂が入ってるんですよ」

「習いましたね。大昔は『祈兵装プレアルマ』がなく、キー化されていない抜き身の魔剣だけで戦争をしていたと。その魔剣は、原材料を『人間』としていたと」

「そうですそうです。つまり、人の『想い』は、別の物に移して『遺せる』……『託せる』んですよ」

「えっ……」


 『アウローラ』という一族は。

 代々、連邦の政治に関わってきた。『グライシス』『セレディア』と同じくらい、歴史の教科書に出てくるのだ。否、それらよりもっと、古い時代から。


「精神の隔世遺伝。強き想いは、子孫へ繋げられます。私の名前はソラ・アウローラ12世。…………『12代目』の、『ソラ』なんです」

「…………つまり、ソラ様ご自身が魔剣のように、誰かの――ご先祖様の『記憶祈り』を受け継いでいると……?」

「そうですそうです。人体実験体みたいでしょう? あはは」


 謎は解けた。が、異様である。アウローラ家は代々、古代の技術を使って初代の意思を確実に伝承させてきたのだ。つまりは遥か昔から、今日まで11人のアウローラ当主の知識と記憶を、このたった14歳の少女が受け継いでいるということ。


「…………想いは、受け継がれる。まさか」

「はい。アウローラほど正確に記憶まで受け継ぐのは難しいでしょうけど。私は期待してるんです。だからわざわざ、パキリマを降りてきました」


 ぴたりと止まった。足を止めた。

 町並みが丸きり変わっても、ここは。ここからの景色は殆ど変わらない。いつか家族で来た場所。

 ミークスの街を一望できる、高台に着いた。

 ひとつだけ、昔は無かった巨大な建物があった。それは工場。魔剣と祈兵装プレアルマを製造する工場だ。


「……『アンドレオの血筋』と、『氷魔白刀コキュートス』の間に。何か、あるんですね」

「さあ。これから会って確かめます。あ、この話は議会にも誰にも内緒ですよ。私はただの天才美少女です」

「……それに拘るのも、なんだか年寄りみたいですね」

「ミセリアさんて普通に毒舌ですよね」


 臨む。

 誰かの『想い』が集まる街を。


 馳せる。

 自分を救ってくれた男のことを。


「……運命」

「人為的ですけど。間違いなく」


 彼女の呟きを、ソラが頷いて拾う。


「…………私がグライシスであることも。あなたが、アンドレオであることも」


 予感がしたのだ。

 あの別れの時に。


「……フォルト。あなたの力が必要よ。戦争を終わらせて……。そして」


 必ずまた出会うと。


 雪解けの春に、想う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KOKYTOS(コキュートス) 弓チョコ @archerychocolate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ