第7話 KOKYTOS

 ガルデニア連邦――その議会。連邦の最高意思決定機関である。霊峰と呼ばれる神山パキリマ――その中腹に建てられた城にある、巨大な空間にて。


「『氷魔白刀コキュートス』が見付かった? あれは行方不明と聞いていたぞ」


 綺羅びやかなステンドグラスから、陽光が射し込む。

 巨大な円卓に、10人以上の男女が座っている。


「……『創世十三魔剣ヴァルプルギス』の内のひと振り、か。大陸を二分する勢力の内、我らガルデニア連邦が4本。そして敵国メルティス帝国に5本。残りは行方知れずで、大陸外にもいくつか流れたと思われていたが」

「……その『学生』の持ち込みであろう? 何故入学の際に判明しなかったのだ」

「報告に書いてある。一般の『冷気系専用魔剣』と登録されていたと。検査時には文字が彫られていた形跡は無かったと」

「起動と同時に判明したのか? そんなことが可能なのか?」

「可能、だろうな。誰か、その学生に託した者が『祈った』のだ」

「…………」


 彼らの手元の資料には、フォルトのことや、起動した『魔剣』のこと、そして、ミセリアのことも書かれている。


「……しかし、同じく『創世十三魔剣ヴァルプルギス』のひと振り『電神雷刃インドラ』を賭けて決闘だと? グライシスの娘は何を考えているのだ。一時は上級魔剣である『煉獄炎剣カグツチ』もその上級生の手に渡ったと」

「……やはり、英霊の祈りと言えど、一介の学生に『専用魔剣オーダーメイド』を所持させるのは良くない」

「ふむ。……ああ、この『学生』の父親はあのアルク・アンドレオか。あの跳ねっ返り小僧の息子という訳か。それなら納得だな。『氷魔白刀コキュートス』の前任者だ」

「…………迷惑な。そもそも学生の私闘は禁じられている」

「ならばどうする? 退学か?」

「…………グライシスの娘は……」

「ふん。だろうな。ならば」


 彼らは口々に意見を述べる。


「……決まりだな」


 フォルトとミセリアの資料を、見比べて。


「良いですな? 議長」

「ん」


 円卓に着く皆が、議長席を見た。は、何度聞いてもこの場に似付かわしくない可憐な声と少し舌足らずな口調で、こほんとひとつ咳をした。


「……アンドレオ、ですか。ふふ。ようやくこの人達が表舞台に現れましたね。まあ私は伝え聞いているだけですが。……ふふふ」

「議長?」


 待っているのは、議長による最終決定だ。ころころと笑い始めたに、皆が首を傾げる。


「ソラ議長? 聞いておりましたかな」

「ふふ。はい勿論。私の予想では、『氷魔白刀コキュートス』はアンドレオの血がないと起動できませんが」

「……その可能性は低いと統計から言えます。連邦兵士の数からしても、適合者が居ないことは考えにくいかと」

「はい。なので決定には賛成ですよ。ですが、私の予想と勘では。この少年、連邦にとって必要な人材だと思います」

「…………議長」


 ころころと少女は笑っていた。

 まるで昔を懐かしむ老婆のように。


「多分、そろそろ歴史が動きます。私の役目も――その時。ねえ、アイネさん」






□□□






「退学!?」

「ああ。らしい。私闘と賭事と……暴力?」


 数日後、ウェントゥス士官学校にて。荷物を纏めたフォルトが寮から出たところで、ダンクに捕まった。


「な……ならあいつらはどうなんだよ? イジメだろ。上級生が下級生によ!」

「さあ。知らないけど、お嬢様は大丈夫っぽいな。まあ良かった。お咎め無しで」

「親父さんの形見は!?」

「没収。いや剥奪? もう俺のじゃない」

「それで良いのかよ! フォルト、それだけは大切にしてたろ!」

「まあ……別に。俺が使うより、もっと強い、軍の人が使った方が良いだろ」

「……これからどうするんだ」

「うーん。……まあしばらく休んで、金が尽きかけたら適当にバイトでもするよ」

「…………マジで辞めるんだな」

「良い機会だよ。世話になったな。サンキューダンク。お前は俺にも普通に接してくれた、良い奴だ。死ぬなよ」

「………………ああ。俺は将軍になる。その時お前が無職だったら、雇ってやるよ」

「ははっ。期待してるぜ」


 ダンクは、それ以上聞かなかった。言わなかった。元々、フォルトが軍人になる気が無いことは知っていたからだ。確かに、良い機会だったのかもしれない。

 見送りはダンクひとり。友人はたったひとりだった。






□□□






 彼と別れて、校門までひとり。

 すると。


「ん……。お嬢様」

「待ちなさい。私は納得していないの」


 ミセリアが腕を組んで、不満そうに立っていた。頬のガーゼはまだ着けている。


「どうしてあなたが退学なのよ」

「知らねえよ。勝手に『祈兵装プレアルマ』かっぱらってきて私闘で3人氷漬けにしたからだろ」

「私闘と賭事なら先に私がやってた。イド――あの上級生も無罪なのよ? あり得ない。何か強い力が働いているわ。政治的な!」

「そんなこと俺に言われてもな……」

「あなたはそれで良いの? お父さまの形見も没収されて!」

「……ああ。まあ良いよ。やる気なかったしな」

「本当に? 私なら無理よ。耐えられない」

「はは。それで上級生と決闘までしたもんな。やっぱ俺より強いよ。お嬢様」

「…………お嬢様、じゃなくて」

「ん?」


 ちらりと、後ろを見る。あの巨大氷塊は未だ、大運動場を占領している。その末端はここからでも見える。

 話は並行線になる。ミセリアは腕を解いて、胸に当てた。


「ミセリア・グライシス。お互い自己紹介もまだだったでしょう」

「……ああ。俺は名前知ってたけど」

「でも呼ばれてない。呼んで。名前で。あなたの名前は?」

「…………分かったよ。ミセリア」


 こういう性格なのだろう。真面目で、家族を誇りに思い、正道を征く、気高く強い女性。フォルトはそれについても、彼女を尊敬した。


「俺はフォルト・アンドレオ。つってもまあ、もう会わないだろうけど」

「そんなことない。あなたは軍に必要だわ。私よりも」

「え……?」


 その手を、さらに伸ばして。ミセリアはフォルトの手を取った。


「え。ちょ」

「フォルト……先輩。ありがとう。……巻き込んじゃってごめんなさい。あなたを退学に追い込んでしまって謝らなきゃいけないけど。でも、私にとって何よりも大事なものを、取り返してくれた。本当にありがとう。ありがとうございました」

「…………」


 綺麗な手ではなかった。毎日竹刀を振っているだろう、血豆だらけの手。小柄な体格とひ弱な筋肉量を、どうにかしようと日々努力していることが分かる手だった。彼女は軍人になるつもりなのだ。ここに居る以上当然な筈のことが、フォルトには重く刺さった。

 同時に、女性に耐性が無い彼は滲み出た手汗を恥じた。

 近いのだ。フォルトは冷静でなく慌ててしまう。


「……うん。良かった」

「何かお礼をさせてね。絶対」

「え。……良いよ別に」

「どうして?」

「……う……ん。悪いけど、感謝、されるのも。褒められるのも……。慣れてないんだ。それじゃ」

「あっ」


 キラキラとしていた。純粋だった。真っ直ぐだった。そんなミセリアの表情と言葉、その雰囲気に。圧されてしまったフォルト。耐えきれなくなった彼はミセリアの手をゆっくりと振り解いて、踵を返す。


「私は忘れないわよ。フォルト・アンドレオ!」

「…………元気でな。ミセリア・グライシス」


 最後に、こんな出来事があった。退学とは言え、この余韻は少し心地良かった。


 フォルトは少しだけ満足げに、士官学校を去った。

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