第6話 決闘

 風が強くなってきた。少し離れた場所で座り込むミセリアの黒髪が揺れる。


「オラァ!」


 イドの突進。力に任せて突っ込み、燃える剣を横薙ぎに振る。

 フォルトはしゃがみ込んで避ける。直後にイドの右脚が飛んでくる。フォルトはさらに、後ろに飛んで両手を地面に付き、一回転して立ち上がる。


「(――思い通りに身体が動く……! これが『祈兵装プレアルマ』)」


 フォルトは冷静だった。どんよりしてきた空の様子も、ミセリアの表情も把握している。


「避けてんじゃねえ!」


 イドはさらに深く踏み込んでくる。彼は後ろへ引くことを知らない。今度は上段から素早い一刀。フォルトは着地の体勢のまま、白刀を横にして受けた。

 キンと金属のぶつかった音が鳴る。乾燥した空気に響いていく。


「潰れろ!」

「(……左から蹴り)」


 開けた視界には、イドの大きな身体の全てが入っていた。フォルトの左脚から氷塊が出現し、その蹴りを防ぐ。

 氷塊が破壊され、イドの顔まで破片が飛び散る。


「うお!?」

「(剣が弛んだ)」


 人を蹴るつもりだったイドの脚は氷に阻まれ、上から炎剣に込めていた力が弛まる。その隙にフォルトは、白刀を左手に持ち替え、右手でイドの腹へ翳す。

 掌打。


「うがっ!?」

「(……これはなんだ。氷。俺の感覚が、延びた霜の分だけ、拡がっていく感覚)」


 再び距離を取る。フォルトは確かめるように、足を踏み均す。手を翳す。拳を握る。既に大運動場の大半の地面が、霜に覆われていた。どんどん拡がる。空気中に、靄が発生する。

 音が、時間が、停まっていく錯覚を起こす。


「ふぅ――っ」


 フォルトの頬に現れていた霜は更に広がり、青みがかかっていた白髪を覆っていく。パキパキと、彼の体表の氷の棘が浸食するように進んでいく。


「……なんだこいつ……! なんだこの氷! なんだこの規模、範囲は!?」


 イドが狼狽える。炎剣を握って構えるが、その手は震え始めた。


「寒っ……!?」


 太陽は、雲に覆われた。


「(蹴りを放った体勢からどつかれてもふらつかなかった。『思い通りに身体を動かす』なんて、スタートラインに過ぎないってことか。そうだよな。俺より1年、多く訓練してるんだ。こいつは)」


 シャン。

 白刀を振った。その軌跡に沿って、空中に煌めく霜が出来る。

 空気が。停止していくような感覚。フォルトは冷静だった。

 これまでで一番、冴えていた。


「(……ムキムキだよなあ。通常の訓練以外にも、自主的に鍛錬積んでるんだな。尊敬するよ)」


 イドを見る。まるで自分を、怪物でも見るような怯えた表情。


「くっそ……! ナメられてたまるか!」


 それを払拭するように吠えた。駆け出す。炎の出力を上げる。さらなる強風に身を投じる。

 剣が伸びた。炎は加速する。全て薙ぎ払い、焼き切るつもりだ。


「氷じゃ火にゃ勝てねえんだよ! 燃え尽きろ!」


 フォルトは、冷静だった。


「(なんだ……? やけに遅い。時間が……。全部見える。お嬢様には冷気が及ばないようにできる。……俺は寒くない)」


 受けて立つ。白刀を構え、居合のような体勢になる。

 ミセリアの流す涙だけが、凍らないことを確実に把握して。


「(……これで終わりだ。まともな剣術、体力勝負なら俺が勝てる道理は無い。けどこれは……親父の力か。どこまでも格好悪いな、俺は)」


 思考が加速する。自嘲した所で、イドの一撃がやってくる。やはり逃げられぬよう、広範囲をカバーする横薙ぎの一閃。


「!?」


 インパクトの瞬間。

 イドは振り抜くことができなかった。炎剣は人間大の氷塊に深く食い込み、勢いはそこで止まった。氷は解けていない。全く。


「なん――!」


 フォルトは。太陽の隠れた空へ飛び上がっていた。半回転しながら、白刀を振り抜く。


「(最大出力、やってみるか。――『祈れ』)」


 見上げたイド。剣は抜けない。避けられない。


「う……おおおおおっ!!」

「ふぅ――――っ!」


 キラキラと氷の粒が閃く白い息が、歯を食いしばったフォルトの口元の左右の端から漏れる。






□□□






 カン。





□□□






 無機質な――非情な、しかし純粋な音がひとつ。


 それは、大運動場から離れた場所にある食堂から。その、いつもの席である窓際のダンクからすらも、見えるほど巨大な。


 尖った氷柱を束ねたような氷塊が精製された音だった。


「………………!」


 大運動場の7割を覆う氷。イドも取り巻きごと、その氷塊に閉じ込められ、白目を剝いて気絶した。火は全て掻き消えていた。

 衝撃的な光景。驚きの余り、ミセリアはその場にへたり込んで動けない。


「……ふぅーっ」


 白い息を吐くフォルト。既に『祈兵装プレアルマ』は解除している。ぱらぱらと、霜が落ちて弾ける。彼は氷に埋まっているイドを、消えかけの白刀を使って掘り出して、『魔剣』を奪う。


「………………あ、あなた……」


 そして、ミセリアの所までやってきて。


「……ほら」

「!」


 冷え切った冷たい手で渡した。


「…………う……」


 ミセリアは座り込んだまま、ふたつの『魔剣』を握り込み、抱きしめ。


「……うぅ……うぁ……っ」


 俯いて、嗚咽の声を漏らし始めた。


「………………」


 ふらり。フォルトの影が揺れた。


「えっ」


 涙が収まらないミセリアが顔を上げる。フォルトは、どさりと力無く倒れた。


「ちょっ……ねえ! 大丈夫!? ちょっと! あな――……。私、あなたの名前も」


 チャリ。

 彼の手から、『魔剣』が滑り落ちた。青い柄の、鍵のような小さな剣。

 そこには文字列が刻まれていた。ミセリアは、自分の持つ形見と同じように思った。この『魔剣』の、銘だと。昨日、貸してもらった時には見つけられなかった文字。

 その、正式名称を。


「………………KOKYTOSコキュートス

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