日本高等大学校

ペンギン内閣

本編

「学生会としては容認しない」

 我が校、日本高等大学校の学生会長、達川たつかわ 香莉かおりはそう吐き捨てた。

 しばしの沈黙。いい沈黙ではなく、壊すと死ぬようなとげとげしいものだ。


「聞こえなかったのか。許さないと言っているんだ」

 達川会長は"学生連"の面々に怒鳴りつけた。

 彼女はいつもそうだ。無表情で声も低い。19の女性とは思えない。

 まさしく女帝にふさわしい。

 本学の学生連の連中は何も言わず睨み返していた。


「おかしい。第4地区再開発事業は学生連が担う。そういう話になっていたではないか」

 学生連理事長、戸山とやま 喜治よしはるが反論した。


「学生連に不透明な資金の流れがある」

「またその話か。前に学生会の監査を受け入れた。何も出なかったんだろ、濱原監査部長?」

 戸山理事長と目が合う。

 濱原はまはら 康嗣こうじ、俺の名前だ。


「現在監査内容を精査中です」

 俺は心を空っぽにして答えた。


「精査中って…一体いつまで精査してるんですか…」

 学生連行動部長 長谷ながや 麗亜れいあが苛立った口調を俺にぶつける。

「学生会は監査の結果をわざと先延ばしにしているんじゃないんですか?」

「長谷。やましいことがないのであれば堂々と我々の結果を待てばいい」

 達川会長が話に入り込む。


「我々はあなた方を信用できないと言っているんです。監査の結果を遅らせて、再開発事業を学生会で独占するのが狙いなんじゃないですか?」

「そっくりそのまま返す。貴様ら学生連に再開発事業なんて任せれば、資金が一体どんな使い方をされるかわかったものではない」

 しばしの沈黙が襲う。


「結局のところ、今回も合意は無理そうなわけか」

 戸山理事長が呟いた。


「そういうことだ。無理なものは無理だといい加減理解しろ」

「そういう態度が腹立つんですよ!!学生の総意を何だと思っているんですか!!」

 長谷が噛みつく。

「総意?寝言は寝て言ってくれ。わが校は官僚育成機関だ。抗議の専門家を育てるための学校ではない」

「長谷行動部長。そんな話をしても無駄だ」

 戸山理事長がたしなめた。


「我々は帰ります」

 戸山理事長が言うなり学生連の2人は立ち上がった。


「そんなに利権独占して何が楽しいんですか?」

 学生連の長谷行動部長が去り際、我々に吐き捨てた。

 達川会長は何も言わなかった。


 学生連が去ると、達川会長と俺の二人きりになる。

「私は圧政の施政者か」

 会長が静かに呟く。


「そんなことないと思いますよ。多分…イデオロギーの違いです」

「そうかな?」

 会長が俺のほうへ首を傾けてくる。

 1つ年上の先輩であり、組織図上の上司にあたる達川会長の柔らかい笑みだった。


「彼女は性善説に基づいています。人間を信じているんだと思います」

「私にはそれがわからない。学生連の連中は急進的だ。彼らを信用しろというほうが狂っている」

 私が何も言わずに黙っていると

「この学校そのものが官僚機構のようなものだ。彼らを容認するわけにもいかない」

 強い会長の視線に思わず口出しをしてしまった。


「ならば、仕方ないです。権力闘争に正義なんてありませんよ」




 日本高等大学校。

 2030年代から発生した大恐慌により、日本ではウルトラナショナリズムが台頭し、幾度の暴動と革命を経て、2040年代に再び中央政府を取り戻す。

 中央政府再建を担った官僚たちは2度と転覆が起きぬよう官僚育成の高等教育機関「日本高等大学校」を作った。

 そのほとんどの学生の親が上流階級であり、高校・大学相当の15歳から7年間の一貫教育が行われる。

 卒業後、ほとんどの生徒は中央政府に官僚として入る。

 学内もしくは学内周辺では高度な自治が約束され、教師からの推薦で選ばれる「学生会」は徴税権や都市計画にさえ干渉することができた。

 しかし、学力選抜出身者や下級官僚の親を持つ学生の間で不満が高まり、校内に「学生連」が結成される。

 改革を望む学生連と官僚機構の維持を望む学生会は次第に対立を深め、学生連が都市開発利権へと参入しようとした今、対立は最高潮へと達していた。


 結局、今回の学生会と学生連の話し合いも決別した。

 すでに何人かの教師は学生連の解散命令を望み、学生会へと圧力をかけていた。

 俺は反対だ。

 彼らはガス抜き組織としての側面もあるし、考え方に一理はある。

 この大学校では家柄や成績、派閥で事実上の上下関係が構成されるが、敗者に対して苛烈すぎるのは事実だ。


 話し合いの翌日の放課後、理科室にて刈屋かりや 雪音ゆきねと話をしていた。

 彼女は眼鏡をつけ、白衣を着ている。俺に興味なさげに実験を進めていた。

 俺の数少ない友人であり、学生会研究部長でもある。

「で、学生会と学生連の交渉は決裂したと」

「そういうことだ」

 俺はくたびれた声で答える。


「いいんじゃない?」

「いいんじゃないって。あのな、お前も学生会の幹部なんだぞ」

「だから?」

「数年前まで、テロだって横行していた。彼らはまだ何もしていないが、我々が狙われるかもしれない」

「心配してくれているんだ?」

「…もういいよ。話にならない」

「だからいいんじゃない。研究予算さえ配分してくれれば、それでいいし」

 彼女は悲しげにビーカーを眺めた。


「そうかよ。他人に興味ないのか」

「そう。知っている?この国では統計的に権力闘争をやった人間から潰されるのよ」

 白衣の彼女から偉そうにご高説をいただいた。

「でも権力闘争をやらないとこの学校では生き残れない」

「人間なんかと関わるからよ」

 彼女は鼻で笑うように言う。


「学生連理事長の戸山 喜治。あなたの友達なんでしょう?そんなに気になるなら説得でもすれば?」

「もう立場が違う。どうにもならない」

「ふーん。友達なのは否定しないのね」

「なんだかんだ優秀な男だ。敬意は払っている」

「良くわからない関係ね」

「そういうものだ。敵であっても尊敬できるなら俺の中では友達だ」

 確かにあいつともう一度話すのも手かもしれない。

 ずっと話せていなかったし、このままでは問題の糸口すらない。


「刈屋。一つ聞きたい。前見せた学生連への監査資料に薬品の記載があっただろ。化学兵器の製造は可能だと思うか」

「可能。知識がある人なら殺傷能力のある化学兵器を作り出せると思う」

「そうか…」

「大体、こんな個人的な話じゃなくて、監査部から研究部に依頼してよね」

「殺傷能力のある薬品を作れる物質を保有しているとなれば、学生連への解散命令を出さざる負えなくなる」

「で?」

「学生連は不満のある人間の受け皿になっているし、今のところ一理ある抗議をしている集団だ。過激化したり、不満のある人間が地下に潜られては困る」

「はあ…。実際殺傷能力のある化学兵器を作れるんだし、妥当じゃないの?」

「材料であって、薬品自体に殺傷能力はないんだろう?彼らが俺たちに開示してきた意図が分からない」

「全体主義的な今のこの国で、反体制派が抵抗する武器を持ちたがるのは妥当だと思う。開示したのは最終手段としてあるということを、示してきただけじゃない」

「…そうだろうなあ」

 俺は頭を抱える。


「分かった。ありがとう」

 俺は刈屋に礼を言うと実験に集中して、何も言わない。

 俺が去ろうとしたとき。

「引き際を考えたほうがいい。空気を読んで適当に抜けることね」

 刈屋が言った。

「忠告どうも」


 俺は部屋から出ると、達川会長のところへ向かった。


 会長室にノックをする。

「入れ」

「失礼します」

「濱原か?何の用だ」

 俺は部屋に入るなり、会長から自分の名前を低い声で呼ばれ、身を引き締める。

「お願いを申し上げたくて来ました」

「言ってみろ」

「学生連理事長の戸山 喜治と話がしたいと考えています。彼が応じればですが。筋を通しに来ました」

 達川会長が俺のほうを見つめた。


「いいだろう、許可する。だがこれで事態が好転する保証はどこにもないことを覚えておけ」

「進言が許されるなら聞いていただきたいのですが、彼らの主張は一理あるのも事実です。彼らを潰し、地下に潜られるより生かさず殺さずにしたほうがいいと考えます」

「この学校の上層部は、これが学生のいざこざではなく、反権力的な運動になるのを恐れている。それは濱原自身もわかっているはずだ」

「分かっていますが…」

「ならばそれでいい」

「もし潰するならば、それはいつになりますか?」

 達川会長が少し考えこんで

「分からない。これは学生会だけの問題ではないからだ」

と答えた。


「…分かりました」

 俺は頭を下げ部屋を出た。



 戸山に接触し、数日後部屋で会うことになった。

 もう立場が変わり、気軽に話せるわけではない。だが、昔からの友人に会うのは悪い気がしなかった。

 部屋の前で待っていると、戸山は三人ほど連れてやってきた。一人は前の会談で会った行動部長の長谷 麗亜。残り二人は学生連の行動部の人間だろうか。

 どうやら呼び出しの時、襲撃されるかという懸念だったらしい。

 俺は一人できたため身構える。


 戸山が手で後ろに。二人を制止させた。

「あとは俺が話し合うから大丈夫だ」

「しかし戸山理事長。相手は学生会の幹部です。何をしてくるか」

「彼は一人だ」

「ですが…」

「心配してくれてありがとう。あとは俺だけで大丈夫だ」

 戸山の優しい言葉に長谷は頷いた。

「部屋の外で待ちます」


 戸山は頷き、俺のところへやってきたため、部屋に招き入れた。

 学生会名義で部屋を借りているため邪魔は入らないと思う。…それに学生連が護衛している部屋に入る勇気のあるやつなどいない。

「個人的に会える機会があってうれしい」

 戸山理事長が俺に手を差し出す。

「握手したいのは山々だが、立場がある」

 戸山は一瞬顔をこわばらせ、苦笑いをした。

「学生会らしくなってしまったな。立場にあった立ち振る舞いだ」

「仕方ない。人には理念というものがあるのだから」

 俺たちは席についた。

 広いこの部屋で、2人テーブルを挟み向き合う。


「で、なぜ俺は呼ばれたんだ。学生会と学生連の正式な会談はすでにしたはずだ」

「ああ。だから正式な会談ではない。個人的に戸山と話がしたくてな」

 戸山が黙るのをよそに、俺はお茶と菓子を出した。

「お茶はペットボトルで恐縮だが」

 と言って戸山の前に置く。

 戸山がお茶をまじまじと見る。

「毒が入っていると思うなら受け取らなくていい」

 俺が戻そうとすると、

「いいや、君を信用しよう」

 といってペットボトルを開けた。


「長谷行動部長に怒られるな」

 とつぶやいた。

「ああ。言いそう…」

「悪い人じゃないんだ。むしろ真面目で正義感が強い…。少々潔癖すぎるんだ」

「そんな感じがする」

 俺は頷いた。

「彼女はこの学校に向いていない」

 俺の言葉に戸山は同意しなかった。

「そうは思わない。むしろこの学校がおかしい。正しさを追求する彼女は本来この国に必要な人材だった」

「だから引き入れたのか」

「ああ。彼女は同志だ」


「君こそこの国の官僚機構、さらに言えば我が校の腐敗について何も思わないのか?」

「思うところはある」

「ならばどうして学生連に賛同してくれないんだ」

「混乱や無秩序が何よりも恐ろしい。2030年代の絶望的な環境からこの国を再建したのは、トップダウン型の官僚機構だ。急進的な改革ほど恐ろしいものはない、2030年代の民衆を惑わした革命家たちは皆これを免罪符に暴動を起こした」

「2030年代の革命家と俺たちは同じだと言いたいのか」

「俺たち学生会にはそう見える」


「…官僚機構の破壊が、今のこの国においてどれだけ恐ろしいものかは理解できている。だが民衆が苦しんでいるのに、エリート階級は抑圧と利権独占しか考えていない。暴動が起きないのではなく、暴動が起きないほどに民に圧政を敷いているだけだ」

「それでもいい!!無法地帯になるよりは。今必要なのは制度の破壊ではなく、内部から制度をゆっくりと変えていくことだ。一度の吹き飛ばせば、残るのは一瞬の快楽とハイパーインフレだけだ」


 俺は立て続けてまくし立てた。

「学生会の監査部にポストを用意するから学生連なんてやめろ。お前は優秀だ。無謀な夢で自滅する必要はないだろ。お前がそれをやれば、学生連と学生会の融和の象徴になる」

「そっくりそのまま返す。君こそ、いつまで腐った体制側にいるんだ。誰かが抑圧を止めさせないとこの国は一生変わらない」

「国の話をしたのか?国の話をするならこの学校を卒業して官僚になってから考えればいい」

「それでは遅い!!この学校で上位者がどれだけ腐り官僚的洗脳を受けているか、なぜ君は理解できない」

「この抑圧があったから社会に秩序と安定が生まれた。お前は、2030年代をもう一度起こすつもりなのか?」


「だからと言ってこの全体主義は容認できない」

「ああ。俺も同感だ!だが、お前のやり方では大衆からも支持を得られない。大衆も体制も緩やかな改革に頼るしかない」

「それはいつだ?何人死んでからそうなる?」

「この国は数千万人もいるんだぞ?今この瞬間も誰か死んでいる」

「それが良くないと言っているんだ!!」

「良くなくとも、それをすべて救うのは不可能だ。今官僚がやっている死亡者の最小化が限界だ!」

 俺が叫ぶと、沈黙が襲った。

 俺は自分を落ち着かせるため、深呼吸をする。

 自国の未来をこんな子供が語るのは、ある意味滑稽だし、同時に狂気でもある。


「ここまで認識の差異があるとは思わなかった」

 戸山が自嘲気味に笑う。

「ああ。同感だ」

 俺もそう答えるしかなかった。

「今。今の話をしよう」

 俺は自分自身をクールダウンさせるように言った。

「ああ」

 戸山が答える。


「ここだけの話、学生会が学生連へ解散命令を出す可能性がある」

「…」

「解散命令が出れば、学生連は成り立たないはずだ。監査の時の薬品はまずい。あれはいったいなんだ?」

「そのままだ。学生連は解散命令が出されれば戦う」

「それは本心として受け取っていいのか?」

「ああ。できれば避けたいが」

「本当に学生連をやめろ。もう取り返しがつかなくなる」

 俺は戸山に近づき、懇願するよう説得した。

 俺の小さい言葉だったが、戸山は静かに睨み返す。


「断る。俺は自分の良心に従う」

 俺は上を向く。

「君にとっては無駄だったか。今回の話し合いは」

 俺は考え込んで

「いいや、久しぶりに友達と話せてよかった」

 と答えた。

 戸山は…もはや別の立場になってしまった友達は笑った。




「で、決裂したわけね。可哀そうに」

「いいや、そういうわけではないんだが…」

 理科室。

 開口一番、刈屋 雪音は切り捨てた。

「は?」

「は?ってなんだよ…。また話し合う予定だ」

「どう考えても破綻しているわ。実質ゼロ回答じゃない」

 俺は黙るしかなかった。

「……一致していないことで一致できた」

「で、実際に一致するのはいつ?」

 俺は再び黙ると、刈屋はため息をつく。


「いい加減引いたら?なんでそんなにこだわるの?」

「前も言った通りだ、地下に潜っては困る」

「地下には潜らせない。徹底的にやればいい。それが一番確実で安全なように見えるけど?」

 そこでまた俺が黙ったのを見て、

「なぜ自分がそれをやりたいのかはっきりさせたほうがいい。そうしないと何もうまくいかないわ」

「この体制は安定している。そしてこの安定は一番だ。2030年代のことを知っている人々はみんなそう答えるだろう。俺も官僚のエリート階級に生まれて、ずっと信じていた。エリート階級こそが国を引っ張り、民はそれに従えばいいと。だが、負けた人間はそうは思わないのかもしれない。俺が学生会に入り、たまたまエリートコースを進んでいるのは、達川会長に気に入られたからだ。

俺が学生連の戸山のように、この官僚機構に絶望し、革命的な行為を志すのも、もしかしたら別の未来でありえたかもしれない」

 刈屋は珍しく、茶々を入れずに黙って聞いてくれた。


「俺は、達川会長のところへ行ってくる。前の話し合いの報告がしたい」

 俺は戸を閉める。刈屋は何も言わなかった。

 深呼吸をして、自分を落ち着かせると会長のところへ早歩きで向かった。


 ノックをして部屋に入る。

「失礼します」

「濱原か」

 いつもの声、いつもの場所。これで何度目だろうか。

 エリート中のエリートに生まれ、トップを進み続ける彼女に、学生連の気持ちは分かるだろうか。分かるわけがない。

 だがそれでも、彼女はどこか学生連を嫌悪しているようには見えなかった。そう信じたかった。その可能性に掛けたかった。

「前日、会談に行ってまいりました」

「そうか。どうだった?」

 俺は迷う。なぜなら嘘をつくという選択肢があったからだ。噓をつき、交渉に必要な時間を稼ぐ。

 だが、達川会長相手にそんなことをしてはバレるのではないか。俺は戸山のように、学生会と全面対立する勇気はない。報告に嘘をつけば、それは敵対行為だ。


「一致しないことで一致しました」

 俺には勇気がなかった。俺は組織の一員だった。革命家にはなれなかった。

「そうか…」

 達川会長は残念そうにつぶやいた。

「しかし、まだ交渉の余地はあります。必ず調整しますので、もう一度チャンスをください」

 俺の必死な視線を、彼女はまっすぐ見つめ返して。


「濱原、休暇は欲しくないか?」

 無表情でそう返した。怖くなった。嫌な予感が浮かんでしまったからだ。

「…休暇ですか?」

「ああ。濱原は、前回の学生連の監査でよく働いてくれた。その休日を出していなかったと思ってな。もちろん公欠だ。これから2週間、バカンスでも楽しむといい」


「何をなさるおつもりですか…?」

 俺は思わず達川会長に近づいた。

「君が知らなくてもいいことだ」

「会長が有事宣言をした上で、学生連に解散命令を出すんですね。有事宣言をすれば、学生会の各部の指揮系統を部長から会長直轄にできる」

 俺はさらに詰め寄ったが、達川会長は恐ろしい表情でにらみ返した。


「これは高度な意思決定だ。私に詰め寄られてもどうにもならない。官僚機構を…組織を守ることだ。すべての官僚の母校である日本高等大学校の不穏分子をこれ以上放置することはできない」


 俺の不満そうな顔を見て、達川会長は続ける。

「辞表はいつでも受け付ける。濱原の自由意思を尊重しよう」


 俺はどうすればいいか分からなかった。俺は学生連に存続してほしいと願った。

 だが、学生会を敵に回す勇気もなかった。

 どっちつかずで、どちらも選べなかった。


「…休みます。ありがとうございました」

 俺は力なく呟いた。



 その数日間、意識がなかった。

 バカンスどころではなかったし、ただ刻一刻と日が近づいていた。

 刈屋の話では、学校上層部と学生会の調整が難航しており、解散命令を出すのに時間がかかっているらしい。

 振り返れば、何もかも中途半端だった。

 俺は学生会の監査部長というエリートポジションにいながら、立場をはっきりさせられず、何も得られなかった。

 トントン。

 俺は音が鳴ったを知り、玄関へ向かう。朦朧としていた。何かに誘われる優しい音だった。

 ガチャリと力なく開けると、強くドアを引かれる。それで自分が迂闊だったと悔やむ。その音で意識がはっきりした。

「学生会元監査部長、濱原 康嗣ですね?学生会監査部長補佐の刈屋 雪音です」

 そこにいたのは友人の刈屋だった。だが、最初見たときに誰か分からなかった。なぜなら白衣を着ていなかったからだ。

 いつも会っていたときは白衣を着て、何かの実験だとか考察だとかをしていた。


 この一言を境に、監査部数十人ほどが俺の部屋にぞろぞろと入ってくる。

 刈屋は何も言わず、玄関で俺と向き合った。


「どういうことだ?どうなっているんだ?教えてくれ」

「分かって」

「分かってじゃない!!どうしていつも言葉足らずなんだ。俺はもう監査部長じゃないのか」

「解任されたのよ。本日付で。あなた自身もこうなることを予想できていたはず」

「…学生連への解散命令が出ることを予想していた」

「そう。ならあなたがお人好しだっただけね。向いてなかったってことよ。組織の人間であることも官僚になることも」

 驚くほど、平坦な言いぶりに思わず俺はカッとなった。


「こんなもの無茶苦茶だ!!俺は学生会にしっかり仕えていたはずだ。なんでお前はそんな冷淡にいられるんだ」

「言ったでしょう。私は人間と関わるのが嫌いなのよ」

 だが、刈屋は自分の服を見て自嘲気味に笑う。それがあまりにも痛々しくて、俺は思わず固まり、どこかへ怒りが飛んで行ってしまった。


「私も左遷されてしまったようだけど」

 もう着ていない白衣を想像しているようにつぶやいた。

 彼女は監査部長補佐になったと言った。監査部長補佐は監査部を操れない、あくまで監査部長の補佐だ。研究部は学生会の予算を持ってこれる一部署であり、部長と部長補佐は格が違う。


「きっと達川会長は研究部長に私を置き続けるのを嫌ったんだと思う。監査部で飼い殺したいのだと」


 俺は部屋から戻ってきた監査部2人に捕まれる。見慣れた顔もいた。だが、彼らは俺であってもなんとも思わず、ただ無表情で拘束した。

 ああ、彼らこそが官僚にあるべき姿だ。上からの命令であれば、いくらでも冷酷になれ、執行できる。俺は半端ものだったんだ。

 中途半端に学生会と学生連の対立を緩和させようと、主体的に動いたのが愚かだった。

 言われたことを言われた通りにやるべきだった。


 俺は監査部二人に連行された。もうこの部屋には戻れないだろう。


「今まであなたと話した時間は楽しかった…本当よ。友達だもの」

 刈屋 雪音はぼそりと俺に向かってつぶやいた。

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