最終話
翌日、息子夫婦と子ども達が帰る日になった。
玄関を出て車の前に挨拶をしていると、蒼が僕に寄ってきた。
「おじさん、昨日ありがとう。またここに遊びに来るよ」
「2人とも、仲良くするんだよ。」
「私もありがとう。…この間の事、あれ秘密にしておいてね。」
「お姉ちゃん、秘密って何?」
「蒼には関係ない」
「えぇ?何?」
「もういいから先に車に乗って。…また来る時があったら、連絡する。橙一さん、市内に出て来れそうになったら教えてね」
「分かった。就活頑張ってね」
樹は微笑んで手を振った。
4人は朗らかな表情をしなが車に乗って帰路へと向かって行った。
僕らはまた3人になった。
数日が経ち、昼間に叔父が工房から帰ってきた後、僕は市内にある図書館へ出向いた。
児童書を扱う階に行き、試しにパソコンで蒼から見せてくれたあの絵本を探してみた。
しかし、いくら調べても該当なしと表示される。司書員に尋ねて調べてもらった。
「うるうのもりという絵本は取り扱いがないですね」
「あの、以前親戚の子どもが本屋で買ったと言って読ませてもらったんです。インターネットでも情報があるはずです。調べてもらえないでしょうか?」
「お待ちください」
数分経ち再び返事が来た。
「この絵本はおろか、書籍としても発行はされていないようですね」
「この目で見たんです。もう一度探してもらえないですか?」
「申し訳ありません。お客様ご自身で調べていただいた方がよろしいかと思います。」
その後、書店へ行き改めて調べてもらったが、同じくその絵本は存在しないと返答された。
蒼が持っていた絵本は一体何だったのだろうか。
翌朝叔父と一緒に工房へ向かい、素焼きする陶器を窯の中へ入れていく作業に取りかかった。
昼休憩に息子夫婦の子ども達と遊んだ話をすると叔父が嬉しそうにきいてくれた。
「お前、あの2人が来てから調子も良くなったな。」
「なんだか、すっかり元気をもらった。子どもの力って凄いよね」
言われてみたら僕はいつの間にか体調が良くなってきていた。あの森に行ったおかげもあるのだろうか。
18時。家に帰ると既に叔母が夕飯の用意をしてくれていた。3人で揃って食べるご飯が温かく美味しく味わえた。
叔父が飲もうと言ってビールを注いでくれた。グラスに泡立つビールの香りが瑞々しく感じた。半分くらいまで飲み、ため息をこぼすと2人とも笑っていた。
それから、また穏やかな里山の暮らしが綴られるように過ぎていった。
季節は初霜が降りた時期に入り、息を吐くと白く空へ立ち消えていった。
市内の図書館へ貸し出した本を返しに行き、その帰り道を車でひたすら走っていった。
市外に差しかかった県道に入り、里山へ向かう途中の人気のない道の路肩に何かが落ちているのを見つけて車を停めた。
降りて近づくと、見たことのある物だった。
木の実だ。すると、僕の真上を大きな羽音を立てて、何かが木の枝に止まった。
あのフクロウだ。
「もしかして、ヨイチか?」
「気づいてくれたんだね。君には僕の声が聞こえるのが不思議だ」
「本当は何を伝えにきたの?」
「少しだけ、人間の気持ちを分かってあげても良いと思ったんだ」
「君は…居たい場所にいれば良い。君にとって大切な場所が見つかるはずだ」
「橙一は、思いやりのある人だ。会えて良かった。ありがとう」
そうか。雨上がりの日や畑にいた夜に見かけたフクロウはヨイチだったのか。
木の枝に何かがかかっている。フクロウの絵が描かれた本の
空を見上げてみると既にその姿はなかった。
家に帰り、叔父や叔母にフクロウを見かけたことはあるかと試しに聞いてみたが、それはないと答えた。
部屋で栞を見つめながら、あの森で過ごしたことを思い返していた。
大人の僕でも彼らが姿を見せてくれたことに、特別な意味があったのかもしれない。
かけがえのない贈り物という出会いを、この胸の中に大切にしまっておこう。
山の向こうから何かの音色が聞こえてくる。
まちぼうけ、まちぼうけ。
ある日せっせと、野良かせぎ。
そこへウサギが、とんで出て。
ころり転げた、木の根っこ…。
※童謡「待ちぼうけ」より転載。
別解版うるうの森 桑鶴七緒 @hyesu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます