第9話
その男性が僕達を森の中へ案内してくれた。
茂みから入り組んだ道へと入っていくと、1本の大木が目に写った。
「ただいま、グランダールボ。お客さんだ。挨拶をしてくれ。」
大木からは何も聞こえてこないが、蒼が挨拶をした。何かが貼られてある。
「これ、日めくりカレンダーの紙?どうして貼っているの?」
「時計がないから貼っているんだ」
少し歩いたところに着いて思わず口を開けて驚いた。樹々の間をくぐり抜けるように箱の中に本がぎっしりと入って、山の頂の近くまで高く積み重なっている。箱の数はたくさんあって、まるで海外にある大きな図書館のように見えた。
「これ、貴方が集めた本?凄いな、全部で何冊あるんだ?」
「70万冊だ」
「どうやって読んでいくの?」
「1番上にあるのは既に読んだ。1番下にあるものは、読みかけのものがあるが、ほとんど目を通した」
「まさか、頭の中に入っている?」
「そうさ。だから、繰り返し読むとかはしたくないんだ」
「この本ってどんな内容のものがあるの?」
「世界中の人々の数だ」
「どうして、世界中の人々を?」
「僕が余り1の人間だからさ。」
「どういうこと?」
「僕は誕生日が2月29日。4年に1度しか歳を取らないんだ。人間とは違う、取り残された人間。つまりひとりぼっちなんだ」
「そうかな?」
「何?」
「歳が違っても同じ人間である事には変わらない。なぜここに住むようになったんだ?」
「僕も君達と同じように人間の生活をしていたよ。だけど、自分の存在が分かった時に、人の数を数えるようになった。自分が何者かを知りたくてね」
「年齢はいつくになる?」
「人間の数え年でいうと36歳にはなるだろう。」
「僕と同い年だ。じゃあ今の年齢は9歳?」
「まあそういう考え方もあるだろう。ただ人間の時系列でいけば中身は144歳さ。」
「そんなに?見た目は橙一さんと同じ年。一応、そうしておいていいのかな…」
「ここに来てからは長いの?」
「20年くらいになる」
話をしているうちに彼の家に着いた。木造建ての明らかに人が建てたような外観だった。
「人間が来たのは久しぶりだ。ちょうど…蒼くん、君ぐらいの年の子が来たことがあるくらいだった。」
「もしかして、マジルくん?」
「なぜ彼の名を知っている?」
「絵本の中に書いてあった。」
「偶然にしては不可思議だな」
「貴方の名前、何ていうの?」
「ヨイチだ。」
「おじさん、絵本の通りだ。」
「何が起きているのかよく分からない。でも、この場所を
「あちこちの森を探しているうちにここに辿り着いた。僕には過ごしやすい所だ。でも…」
「でも?」
「君達に見つかった以上長くはいられない。」
「またどこかへ行くのか?」
「そうだ。他の人間が来たら住めなくなってしまう。関わりたくないからね」
「もうすぐ冬が近づいている。どう探すの?」
「教える事はできない。僕のルールがある」
何とも不思議な会話が続いている。遠くの方でカラスが鳴いている。西日が見えなくなってきた。
「このまま居座ると帰り道が危ない。ヨイチ…さんだったよな、突然来て済まなかった。僕らはこれで帰る。来た道を出ればいいんだよな?」
「途中まで案内する。ついてきて」
蒼が離れるのが嫌がっていたが、家で待っているみんなの為に帰ろうと言うと、樹の手を繋いでその場を去った。
ヨイチの先導する道なりを進んでいき、フェンスの近くまで来てくれた。
「これで、お別れだ。皆、気をつけて帰って」
「あの…ひとつ覚えてほしい事がある。君は1人じゃないよ。またどこかで会ったら、君に手を振るよ。今日会えて嬉しかった。僕らを導いてくれてありがとう」
「…気をつけて帰って。それじゃあ」
そう言ってヨイチは森の奥へと帰っていった。
車に乗ってしばらく走らせていると、工房から明かりが見えてきた。気づかれないように急いで走らせた。家に着くと息子夫婦が出迎えて、心配そうに樹と蒼を抱きしめた。
居間に入り、蒼がズボンのポケットを探っている。すると、中には木の実が入っていた。ヨイチからの贈り物だったのだろうか。
彼は最後まで警戒していたが、本当は来てくれた事に何かを感じ取ってくれたのかもしれない。
なんだか僕も今日は彼に会えて心の底で優しくなれた気がした。
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