第8話

新しい朝が来た。


目を覚ますと叔母と息子夫婦の話す声が聞こえてきた。居間へ行くと、蒼が僕の足に寄りかかってきた。彼の頭を撫でると照れくさそうに微笑んでいた。


朝食を食べている横で皆が市内に向かう会話をしていた。


「橙一。またもやで悪いんだが、子供らを預かって欲しいんだ。お前、体調はどうだ?」

「だいぶ良くなった。良いよ、2人を見ているから行ってきて」


叔母と息子夫婦が車で出かけると蒼が絵本を抱えて近寄ってきた。


「お姉ちゃんと話したんだけど…僕、あの森に行ってみたい」

「絵本に出てくる森のこと?」

「うん。絶対この近くにある。3人で一緒に行きたいんだ」

「話し出したら言う事きかないの。橙一さん、近くでいいから試しに行ってみないかな?」

「あまり遠くには行けないけど、奥地と言ってもたくさんあるからね」

「絵本の中にね、フクロウが目印につけた木の実がぶら下がっているって書いてあるんだ。」

「思い当たる所が難しいね。…うーん。そうだ、工房から奥に向かって行ける道がある。とりあえずそこまで行ってみようか?」

「行く!」


子どもの言う噂話だから、あまり間には受けていないが、昨夜見かけたフクロウの存在が気になった事もあり、僕自身も純粋に行きたいと考えた。


テーブルの上に図書館に行くと置き手紙を書いて、3人で車で森へ向かった。


工房から更に30分ほど進んで、立ち入り禁止の表札がかかるフェンスに着いた。


車から降りて、蒼がフェンスのある部分が開いているのを見つけた。中へ入りしばらく歩いていると、他の樹々とは違う不思議な枝の伸び方をした木に着いた。見上げてみると、樹が木の実を見つけた。


「絵本の中に書いてあった木の実だ。蒼、あれで合っている?」

「そうだと思う。…ちゃんとぶら下がっているね。何かの鳥が目印でつけたのかな」


生い茂る草を分けながら歩いていくと山道に出た。すると蒼が小走りで1人先に行くと、ある洞穴に足が引っかかって片足が落ちた。


僕は樹と一緒に蒼を引き上げて、身体についた砂ぼこりをはらった。穴を覗いてみると、底に金網のような仕掛けるものが置いてあった。


「これ、ウサギか何かの動物を捕まえる網だよね。何でこんな所にあるの?」

「あるとしても、誰かが仕掛けたんだろうね」

「危なかった。あと一歩で怪我するところだったよ」


再び歩き出して道を進んでいくと、小川が流れていた。湧き水のように透明で綺麗な水流がそこにあった。

風が吹いていないのに樹々が揺れている。

すると蒼が空を見上げてみると、誰かが飛んでいると指を差した。

僕には何も見えないが、彼が訴えている。また走り出し、更に奥へと向かっていくと、人影らしきものが目に入ってきた。


樹が僕の後ろに身を隠すように構えて先に見てきて欲しいと言ってきた。


たしかに人だ。あれは男性か。


生成り色のような白髪に白っぽいシャツに継ぎはぎしているかのようなズボンにサスペンダーをつけている。長い木の枝を手に持っているのだろうか。

蒼が立ち止まって眺めていた。僕と樹も辿り着くとその男性がこちらに気づいて振り向いた。


「あの…貴方はここで何をしているんですか?」

「君達もここで何をしているんだ?勝手に森の中に入ってきて驚いているよ」

「もしかして、この森に住んでいる?」

「ああ。君達は里山の町の人か?」

「このおじさんがそうだよ。僕とお姉ちゃんは横浜から来たよ」

「ヨコハマ…凄くたくさんの人がいるところか。考えるだけでもおぞましい」

「僕、貴方に会いに来ました」

「僕の存在を知っているの?」

「絵本の中でみたよ。」

「絵本?どうして僕が?」

「僕もよく分からない。でも、この森に人が住んでいるって話を聞いた事があるんだ。おじさんに話したら、ここまで連れてきてくれたんだ」

「その絵本とやらはどうでもいい。…仕方ないな。ちょっと、一緒についてきて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る