わたしとおまえ

SeirA

第1話 友愛

「おはよー」

 私はクラスメイトに言う。

「おはよう坂城さん。今日早くない?」

 時計を見る。時刻は8時過ぎ。いつもギリギリのわたしにしては確かに速い。

「あー……今日早く起きちゃってさ。家にいてもやることないから」

「えー? 動画見るとか動画見るとかいろいろあるじゃん!」

「動画見てるだけだよそれ……わたし、あんまりそういうの分かんないんだよね」

「じゃあ今度面白いの送るよ」

「うん、ありがとう」

 自分の席に座る。

 窓側中央。昼を過ぎると丁度良く日が差し込み眠気を誘う悪魔の席だ。

「ふぃ~。やっぱり教室も冷えるなぁ」

 スマホの真ん中には10月20日の文字。まだ本格的な冬は始まっていないのに、気温は15℃を下回っている。

 冬服の準備を忘れている身としては準・地獄くらいの気分。

「遥、この前教えた漫画読んだ?」

 わしゃわしゃと謎にわたしの髪をかき乱しながら前の席に座る水無瀬日向が話しかけてきた。

「日向さんや、いたずらに人の髪をかき乱すのはやめんしゃい」

「おおそれはすまないねぇ。で、漫画は?」

 無言でカバンの中に手を突っ込み、進められていた漫画本を取り出す。

「そ、それは……っ!」

「ちゃーんと最新刊まで読んでおりますとも」

「さすがの速読。ちょっと引くわ」

「張り倒すぞ」

 そもそも、「月曜までに読んでおけよ!」なんて行ってきたのは日向の方だ。どこまで、というのがなかったため最新刊まで読んだに過ぎず、場所まで設定してくれれば無理することはなかった。

「そういや遥、あとちょっとで期末テストだけど、調子はどうよ?」

「…………キョウハイイテンキダナー」

「信じられんくらい黒い雲でてるだろうが。はぁ……赤点はとるなよ?」

「任せろ」

「実際赤点だけは回避してるからなぁ……と、もうお時間だ。あたしゃ行くぜ」

 わたしの前の席、その芯の持ち主である男子生徒が入り口に見えた。

 人と話していても周りをしっかりと把握できるのは素直に尊敬する。

 日向はわたしの対角、廊下側の一番後ろだ。顔を向ければ屈託のない笑みを浮かべて手を振ってくる。

 艶のある黒髪と誰にでも話しかける度胸。整った顔立ちから公平に向けられる笑顔に加え、黄金比のような抜群のスタイル。モテない理由を探す方が難しいレベルの美少女だ。

 対するわたしは顔も頭も平均的なモブA。特に不満があるわけではないが「いやぁモテる女は辛いねぇ!」なんて言ってくる日向に軽く殺意が湧く。

 チャイムが鳴った。

「全員席着いてるかー? 着いてるなー。休んでるヤツ手ぇ上げろー」

 担任の小林が雑な出席確認をして、その結果を名簿に書き込んでいく。

「…………連絡は以上だ。んじゃ、いつも通り面倒なことはするなよ。日直」

「きりーつ。れーい」

 すぐに小林が教室を出て、それに倣うように生徒が散っていく。

 わたしは机の中の教科書を取り出して、その他場にタオルを巻いて即席の枕を作る。

「おやすみなさぁい」

 誰にでもなく言って目を閉じると同時、真横に気配を感じた。

 ――――来るッ!

 そう確信して顔を引くと、そこにストン、と手刀が下ろされる。

 …………ゴン、

 と鈍い音が響いた。

「こらこら、寝るには早すぎやしないかね、お嬢さん」

「壁に全力で頭打った親友の心配が先では?!」

「大丈夫大丈夫」

「ハテナマーク足りませんよ!」

「遥はツッコミが天職だね」

 うへぇ、なんて情けない声を上げつつ、授業前の睡眠は諦める。

「何の用?」

「ホームルーム終わりにソッコーで寝ようとしてる女がいたから邪魔しに来たんだけど?」

「悪魔か」

「実は天使だったりして♪」

「うぜぇ」

 否定材料が少ないのがなおうぜぇ。

「さてと。もう始まるか。良い感じに邪魔できてるっぽいしあたし帰るわ」

 もちろん、自分の席にという意味だ。

「帰れ帰れ。昼休みの購買パンが売り切れてることを祈ってるよ」

 日々エネルギッシュかつアグレッシブな彼女だが、様々な理由から弁当ではなく購買だ。それが売り切れともなれば午後の彼女は大変なことになる。

「お前こそ悪魔みてぇなこと言うなよ」

「仕返しだ。さっさと戻りな小娘」

 そんな茶番に幕を閉じ、退屈な数学の時間が始まった。



「遥ってさ、」

 昼休み、持ち前の運動神経で見事一番人気の倍盛焼きそばパンを勝ち取った日向が訊く。

「人助け、好きだよね」

「違うけど?」

「いやいや、絶対好きだよ」

「好きじゃないって」

「じゃあ二年に上がってからされた相談の回数は」

 ふむ、と少し考える。

「41回」

「……そのうち、アンタ個人で解決した案件は?」

「……24」

「人助け、好きだよね」

「違うけど?」

「ンな訳あるか! というか何さ41って! もうバグでしょソレ! 一生分くらいの人生聞いてるよ!」

「普通じゃない?」

「それが普通ならみんな英雄か救世主だよ……」

 そうなのだろうか……? いかんせん友達が少ないから相場が分からない。

「でも、悪いことじゃないでしょ」

「そうだね。解決する分には何も問題ない。けど遥、断らないじゃん」

 それはそうだ。

「聞くだけはタダ。手に負えない案件は教師に投げてるよ」

「それは本当に正しいと思う。……でも、でもだよ。そのせいでみんな『とりあえず坂城に訊けば?』ってなってるの知ってるでしょ」

 それは、日向から以前もされた話だ。困ったらわたしに投げる、ゴミ箱的な扱いをされているらしいと。

「解決させられるなら良くない?」

「……意味のない自己犠牲は、いつか身を滅ぼすよ」

「そうかもね。まあでも、危なそうなら日向がカバーしてくれるでしょ」

 沈んだ空気を変えるため、努めて明るく言ってみる。

「遥ねぇ……まあいいや。なんかあればあたしに言いなさい。はいこの話し終わり! 残り物買ってくる!」

 え、

 わたしが返事するよりも早く、日向は教室を出て行ってしまった。

「まだ食うのか、アイツ……」

 最近の女子高生は恐ろしいな。

 そんなことを思いながら、持ってきていた弁当をカバンに押し込んだ。



 夕暮れ時。放課後だ。

 快活な生徒達が部活動に励む中、わたしは目を覚ました。

「ふわぁ~」

 誰もいなくなった教室、躊躇うことない欠伸を解放する。

 日向もバスケ部で走り回っている頃だろう。つまり、わたしは今、一人なのである。

 小躍りしたい昂揚を抑え、通学カバンを手に取る。

 ひとりは好きだ。

 考え事もはかどるし、なにより自由だ。日向はわたしが「相談に乗るのが好き」というがそうじゃない。「手を差し伸べられる場所にいるのに、、なにもしないこと」が嫌なだけだ。

 わたしが人を助けるのは自分を嫌いにならないためで、誰かのためを思った事なんて一度たりともない。

「でも正直、疲れるんだよな」

 なにより面倒くさい。

 わたしの理屈でみて仕方のないことだとは言え、時間がとられるのは事実。

「だって、仕方ないじゃん。見捨てる方が嫌なんだから……」

 誰にでもなく言い訳をする。

 廊下に出て、昇降口経向かう階段に差し掛かる。

「え……?」

 夕焼けの中、反対側の校舎に影が見えた。

「ひ、なた……?」

 どうして、と思うより早く脚が動いた。

 カバンを投げ捨て、影の見えた方向へ駆ける。

 それはだめだ。

 わたしの中で、わたしが叫んだ。

 それだけは、見逃しちゃいけない。

 それを逃せば、多分わたしは、一生わたしを許せなくなる。

 おちつけ、と理性が言う。

 いいから走れ、と身体がねじ伏せる。

 がしゃん、と壊れるような音を立てて、屋上への唯一の扉が開いた。

「日向っ!」

「……は、……はるか……?」

 僅かに肩をふるわせて、見知った少女が振り返った。

「なにやってんのバカ!」

「遥、あたしね、頑張ったんだよ」

 一筋、涙が頬を流れる。

「いや~な先輩の悪口も、意地悪な後輩の嫌みにも耐えてさ」

 いつも通りの口調で、いつもの日向が言わないことをいう。

「役立たずの顧問がみて見て見ぬふり」

「もう、疲れたんだ」

 やめろ、なんて言う資格はない。

 一番近くにいて、気がつけなかった自分だ。そんな言葉、気休めにもならない。

「なんで、相談してくれなかったの……?」

「できるわけないよ。遥、いろんな人の面倒みて、いろんな人を助けて、わたしまで迷惑、かけられない……」

 なら、

 わたしには、何ができるだろう……

「あ、」

 親友が下を見た。

 時間がない。言葉を探す余裕なんて1秒たりとも存在しない。

「じゃあ!」

 本当にバカだ。頭と身体が揃って罵倒してくる。

 知るか、と一蹴してフェンスを跳び越えた。

 た、

 なんて軽い靴の音で、わたしは彼女と同じ場所に立った。

「ちょ、遥……なにを……」

「聞けバカ日向! 飛ぶなら好きにしろ! その時はわたしも道連れだぞ!」

「なん、で……!」

「何でも何もあるか! 辛くなったらなんでも相談しろって言ったのは日向! 言ったなら最後まで約束守れバカ! それから」

 すう、と大きく息を吸った。

「わたしを巻き込む覚悟もできてないなら、こんなことするなバカ!」

「だ、って……」

「だってじゃない! その逃げかただけは、わたしは絶対許さないから!」

「はる、か……遥ぁああああああっ!」

 少女が崩れ落ちる。

 少女を支え、フェンスの内側へと連れ戻す。

「ねえ日向」

 嗚咽を漏らす親友に問いかける。

「日向がやろうとしたことは、究極的には、間違ってないんだと思う」

「…………」

「だから、これはわたしの自己満足。日向がいてくれるとわたしは嬉しい。だから、もうしばらくは一緒にいてよ」

「あた、しは……」

「日向はどう? すこしでも未練があるなら、ひとまずそれ、消化しようよ」

「それ、」

 涙を浮かべながら親友が笑った。

「何年かかるか、わかんないよ」

 望むところだ。



「遥!」

 一騒ぎした翌日をまるまるサボり、その翌日を欠席した日向が復帰したのは木曜の放課後だった。

 6限だけ授業を受けるというなんとも大胆なことをして、授業終了と同時にわたしのところへ駆け寄ってきた。

 みんなの注目もお構いなしに来るため恥ずかしくて仕方がない。

「どうしたの、日向」

「あたし、部活辞めた!」

 自身のカバンを持って腕を引く。

 予定がなくなったから遊びに行こう、という事らしい。

 わたしが予定あるかも、なんて微塵も考えてないのが腹立たしいが……

「いいよ。行こうか」

 手早く財布の残高を確認して、カバンを持った。

 ホームルーム修了のチャイムと同時、廊下へと躍り出た。

「今日どこ行く?」

「決めてない!」

「えぇ……」

「遥とならどこだって楽しいもん!」

「いいこと言うじゃん」

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わたしとおまえ SeirA @Aries10010

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