クロスロードの鳥

大隅 スミヲ

クロスロードの鳥

 秋という季節は日によって寒暖差が激しく、夜勤をしている身としては一番嫌いな季節だった。

 前日の気温が30℃近いかと思えば、翌日は20℃を下回る。そんな日ばかりなのだ。


 きょうは寒いから秋物のコートを着ていくかとクリーニングから帰ってきたばかりのコートを着て出勤すれば、翌日は暑くてコートなど着ていられなかったりする。


 ああ、荷物が増えた。コートなんて着て来なければよかった。

 と後悔するわけだ。


 その日の高橋佐智子も、同じ状況下に置かれていた。


 テレビの天気予報では、イケメンの気象予報士が「今夜はお鍋なんかどうですかね」などと寒い夜が来るというアピールをしていた。

 しかし、週間天気予報を見てみると翌日の最高気温は28℃と書かれている。


「うーん、どうしたものか」

 出勤前にシャワーを浴びた佐智子は、全裸のままテレビの前に仁王立ちして悩んでいた。


 今夜は夜勤なのだ。

 寒さを我慢してコートを着ないで出勤するべきか。それとも、コートを着て行って退勤する昼頃にコートを小脇に抱えて帰るか。


「うーん」

 二度目の唸りをあげたところで、佐智子は決断した。

 コートを着ていこう。明日は荷物が増えてしまっても仕方ない。もしかしたら、天気予報がはずれて寒いかもしれないし。あのイケメン気象予報士の予報はあまり当てにならない。

 自分にそう言い聞かせて、佐智子は出掛ける支度をはじめた。



※ ※ ※ ※



 勤務先である警視庁新宿中央署に到着した佐智子は、コートを着てきて正解だったと実感していた。北から吹いてくる風は冷たく、冬を思わせるほどだった。イケメン気象予報士のいうこともたまには当たるようだ。


 刑事課の部屋に入っていくと、さっそく出動命令を受けた。

 歌舞伎町にある飲食店でホスト同士の乱闘騒ぎが発生したとのことだった。


 コンビを組んでいる一つ年上の先輩刑事である富永巡査部長と一緒に捜査車両に乗り込むと現場へと向かった。


「うー、きょうは冷えるな」

 助手席に座った富永は手をさすりながらいう。

「今日の最低気温は10℃行かないらしいですよ」

「えっ、そうなのか。コート着てくればよかった」

 寒がる富永を尻目に、佐智子はコートを着て来た自分を誉めてあげたいという気持ちで一杯になっていた。


 ホスト同士の乱闘騒ぎは、すぐに解決した。

 佐智子たちが到着した時は、まだ興奮状態でお互いに「ぶっ殺してやる」などと喚いていたが、落ち着きを取り戻すと反省し、殴られた方が被害届は出さないと言ったため、そこで佐智子たちの仕事は終了した。


 捜査車両の警察無線を使い、事件が解決したことを伝え、そのままパトロールに出ると付け加えて富永は無線のスイッチをオフにした。


「夕飯、どっかで食っていくか?」

「そうですね。時間も時間ですから。富永さんは何か食べたいものありますか?」

「うーん、そうだな。寒いから温かいものがいいな。高橋に任せるよ」

 富永という男は、自分では決められない男だった。

 いつ聞いても、まかせるの一択なのだ。


 いまは独身だが、結婚したら富永の奥さんになる人は苦労するだろうなと佐智子は思っていた。


「あなた、夕飯どうする?」

「まかせる」


「あなた、朝食はごはんがいい? それともパン?」

「まかせる」


 こんな感じだろう。

 この男に何かを決断するということは出来ないのだ。


 佐智子はそんな想像をして、捜査車両のハンドルを握りながらにやけていた。


「なんだよ、気持ち悪いな」

「ちょっと思い出し笑いをしただけです」

 富永がこちらを見ていたことを知って、佐智子は焦った。心の声、漏れていないよなと。


※ ※ ※ ※


 佐智子は悩んでいた。

 目の前には二軒の店が並んでいる。

 一軒は、水炊きの専門店。もう一軒は、親子丼の店だった。


「どちらも捨てがたい……」

 スマートフォンで店の情報を調べながら佐智子は悩んでいた。どちらの店も人気店であり、評価も高かった。


「これは運命の分かれ道ですよ、富永さん」

「そんな大げさな。たかが夕飯じゃないか」

「いえ、クロスロードの鳥です」

「はあ?」

 真剣な顔をしていう佐智子に、富永は呆れた顔をしていた。

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クロスロードの鳥 大隅 スミヲ @smee

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