第38話 ガスターの強さ
「よくもみんなを!!」
「許しませんわ!!」
ナンバー3が叫んで、斬りかかった。
大勢の仲間を殺され、辱められた事で怒りに燃えるその剣の鋭さたるや、今までの比ではない。
クーデリカ同様、彼女たちもまたこの短い期間の戦いで成長していたのである。
だが。
「ガハハ! お涙頂戴というわけか!? 面白い余興だ!! その涙ごと打ち砕いてくれる!」
怒りに燃えるその剣ごと、二人は弾き飛ばされる。
それでも二人は諦めない。
「二人同時に行くよ!」
「一斉にかかりましょう!!」
二人が互いの手を取った。
そして、互いの魔力を交信し始める。
同程度の魔力を持つ者同士が互いの魔力を体に送り合うことで、一時的な増幅効果を狙っていたのだった。
その代償は肉体の破壊である。
それが解っていながら、二人は止めない。
ことこの期に及んで、二人は生き残るつもりなどなかった。
ただ自分たちの恩師であり、恩人であるクーデリカのためにこの命捧げると決めたのだ。
「団長のお陰で……わたくしたちはもう一度剣を握ることができました!」
「今こそその恩に報いるとき!!」
「「はああああああああああああ!!!!」」
二人の全身から魔力が噴き上がった。
赤々としたそれは、まるで自身の体を燃やしているかのようだ。
「ダメだダメだダメなんだああああああ……! 私に構わず退いてくれええええ!!!」
クーデリカが愕然とした顔で叫ぶ。
次の瞬間だった。
クーデリカの目の前から二人の姿が消えた。
ドサッ。
そして、何かが地面に二つ落ちる音がクーデリカの耳に届いた。
クーデリカは直感的に、と殺された豚の腸が落ちるときの音に似ていると思った。
音は後ろからだ。
すぐには振り返れない。
「ガッハッハッハッハッハ!!!!」
同じく背後からは、ガスターの下品な笑い声も聞こえる。
だがその声は遠い。
声だけではない。
五感の全てが鈍くなって、ドクッドクッと心臓が打つ音ばかりが聞こえる。
クーデリカはやがて、後ろを見た。
「……!!?!?!??」
そこに転がっていたのは、ナンバー3と7だった。
恐らく腹を貫かれたのだろう。
血がダクダクと流れている。
起き上がる様子はない。
その様を見て、クーデリカの手が震え出す。
やがてその震えは全身に移り、クーデリカは目の前が真っ暗になった気がした。
(死んだ……!
私が、護るべきものたちが、また。
私は……。
また……。
護れなかった……!)
次々自責の念が浮かぶ。
「命を賭けてこの程度!!
例え余が赤子であっても負けはしなかっただろうなあ!!!」
ガスターが勝ち誇り言った。
弱者を蹴散らすのが愉しくてしょうがないのだ。
「しかし、どうせ戦ってもどうにもならぬと言うのに、くだらん事に命を捨ておって。
どうせ死ぬなら余の世界征服のための礎となればよかったのだ。
その方が同じ命でも輝くというもの!」
ピクリ。
ガスターの非道な一言に、ただ自責し己の弱さを憂えるだけだったクーデリカの心に怒りが芽生える。
その怒りは、一本の柱となってクーデリカの体を起こした。
「貴様……!! 二人を愚弄するか!!! 正義のために戦った二人を!!」
怒りのままにガスターに向かって叫ぶ。
「正義? なんだそれは」
その怒りに燃える瞳を見て、ガスターが嘲笑った。
「フン。そんなもののせいで死ぬのは愚かだな。人間という資材の無駄遣いだ」
「なに……!?」
「黙って余に媚びを売っていれば、世界征服の手駒として使ってやったものを。どうやらまだ再利用はできそうだが……」
言って、ガスターがチラリ倒れた二人を見やる。
「そのような物言い……!! 死んでいった皆によくも……!! 許せん!!!」
クーデリカ、剣を構えて立ち上がる。
ほんの数分前まで、五感すら失いかけていたクーデリカであったが、今は全くそんな事はない。
怒りが、悲しみが。
支柱となってクーデリカの心身を支えてくれているのである。
クーデリカにとって、それはあたかもナンバー3やナンバー7の魂が自分を支えてくれているかのように感じられていた。
(負けるわけにはいかない……!)
「なんだ、死ぬつもりか?
まったく勿体ない。
今からでも遅くはないぞ。
余の前に土下座をし、命乞いをしてロートリアを裏切ると誓えば、お前だけは助けてやろう」
「黙れ外道が!!! それ以上正義を侮辱するな!!!!」
叫んでクーデリカが斬りかかった。
だがガスターの体に刃を入れることは敵わない。
その太い腕の一振りで、まるでハエでも追い払うかのように弾き飛ばされる。
「がはっ!」
だが、諦めない。
血を吐き、骨が折れようとも、この戦いだけは敗れるわけにはいかなかった。
この戦いには、人間が人間であることの証明である所の、正義の意義が掛かっている。
「まだだ……!
まだ正義は……負けていない!!
この身にはまだ正義がある!!
あいつらが残してくれた命の輝きが!!!
第七連隊の皆よ! ロートリアの民よ! 私に力を貸してくれええええ!!!」
叫んで、クーデリカが跳び上がった。
今一度必殺剣を放とうというのだ。
「もう飽きたわ」
だが技を繰り出す寸前、ガスターに体を掴まれてしまう。
直後に太い拳の一撃が、クーデリカの体を直撃した。
先の二人と同様にクーデリカもまた大空の彼方に吹っ飛ぶ。
『バルク……。
私はやはり勝てぬのか……』
意識が消える刹那。
クーデリカは、眩いばかりの太陽を見てそう思った。
―――――回想―――――
小さい頃。
私は剣士の国の王女として生を受けた。
そして、齢6歳にして神より【剣聖】のスキルを授かる。
天才と言われた。
「その力で正しき人々を護るのですよ」
【剣王(ソードマスター)】にして国の女王である母親より言われる。
自分は将来きっとお母さまのような立派な英雄になるのだ、と思った。
だがその2年後、国が【魔王】の軍により滅ぼされる。
その時私は逃げることしかできなかった。
国も民も捨てて。
大切な母親までも犠牲にして。
―――――回想終わり――――
「がはっ……!」
ガスターの拳に打ちのめされ、大地に叩きつけられたクーデリカは大量の血液を吐いた。
立ち上がろうにも、足が動かない。
それどころか、息するだけで全身が裂ける程に痛んだ。
その瞳から、溢れんばかりの涙が流れ出す。
(だから私は思った。
二度とこのような事が起こらぬようにしなければならない。
この世の悪を断罪しよう。
そして、世界に平和を。
二度と大切な人々の命が脅かされることのないよう、私は強くなろう。
そう心に誓った。
だが……。
現実は……。
いつも辛い)
そう思った瞬間、クーデリカの脳裏にこれまでの戦いが過った。
バルクとの出会いそして戦い。
グリフィン、ヘルダーリン、そしてガスター。
その全てにクーデリカは敗れてきた。
その度に未熟な自身への怒りに燃え、がむしゃらに修行を積んだが、何が自分を怒らせているのか、ようやくクーデリカは理解し始めたのである。
(いつだってそうだった。
私は……戦うのが怖かった。
だって大切な人を失う所なんか見たくない。
それが自分のせいならば尚更だ。
もう二度と剣など持ちたくないとすら思う)
それはクーデリカの本心であった。
彼女は15歳の少女。
本来なら、剣などとは一生関わりのない人生を送る身。
だがそんな事を一瞬でも考えてしまった自分に怒りを覚える。
(……っ!
だが……!
だがもし私が逃げれば、世界はどうなる!?
私は神から選ばれたのだ!!
正しき人々を護るべき存在【剣聖】にっ!
ならばその運命に応えねばならないだろうっ!
クーデリカ!!
お前は!
目覚めるのだ!!!)
「~~~~っ……!!!」
クーデリカはそう考えて自分を奮い立たせ、立ち上がった。
血のように熱い涙が、幾筋も頬を伝って垂れる。
体も当然ボロボロだ。
蓄積したダメージは、未だ起き上がらないナンバー3たちと同様に酷かった。
だが彼女は、それでも立つ。
立たねばならない。
「ほう、まだ立てるのか。
なかなか丈夫な女だな」
ガスターが言った。
クーデリカは満身創痍だ。
相手の言葉など聞いていない。
彼女が聞いているのはただ、己の内から湧きおこる感情、即ち怒りだった。
そして、問う。
外ならない自分に。
「敢えて問おうっ!!! 私よ!!!」
クーデリカは全身から血を流しながら、それでも自分を見下ろす太陽に向かって剣を突き上げ叫んだ。
「お前の剣はなぜ軽い!?
なぜかくも軽薄なのだ!?
なぜ必要な時にいつも振るえない!?
どうすればお前は世界を正しい形に導ける!?」
クーデリカは叫んだ。
叫んで叫んで叫び散らす。
「……っ!!
答えられぬっ……!!
私には到底答えられぬ……っ!!
私は弱い……っ!!
私は情けない……っ!!!
ならば……信じるしかない……っ!!
思い出せ!
仲間と共に紡いだ鍛錬の日々を……っ!
こんな不甲斐ない私を団長として信じて慕い続けてくれた騎士(あいつら)との時間をを……っ!
私達の……ロートリア兵たちの絆をおおおおっ!!
それがあああああああ!!!
こんなところで終わってたまるかあああ!!!! !」
クーデリカは喉もはち切れんばかりに叫びきった。
もう何も怖くない。
自分は戦える。
戦って、正義を為すのだと、そう誓った。
クーデリカの眼が、カッと見開かれる。
「母上……バルク……私は……この一刀に全てを賭けるっっ!!!」
そして再び走り出す。
己の矜持が向かうその先へ。
我こそは剣聖クーデリカ。
誇り高き剣士の国の女王にして、この世界に正義ある秩序を為す者だと全世界に知らしめるために。
そんな決意を力に代えたクーデリカの速度は、これまでの比ではなかった。
その速度は雷の五分の一にも達する。
「!?」
今の今までザコだと思っていた相手が急加速したことで、さしものガスターも一瞬クーデリカの姿を見失う。
その一瞬が命取りであった。
クーデリカはガスターの背後に回り込む。
そして、その隙だらけの背中に向かって、クーデリカ史上最強最大最速の一撃、いや億撃が叩き込まれる。
「我が剣よ! 我が想いに応え昏迷の世を照らす光芒となれ!! 剣聖神技【紫電億閃】!」
己の持ちうる最速かつ最高の剣撃で、敵を賽の目に斬りまくり続ける。
クーデリカが行ったことは、この一言に尽きる。
ただそれだけなら、五歳の少女でも同じことを行えるだろう。
ただ少女が剣を振り回しているだけ。
だがクーデリカの一刀は、これまで彼女が奥義として繰り出してきた【ライジンスラッシュ】に勝るとも劣らない一撃だった。
まさにこの世の悪を滅するような恐ろしい億撃である。
「きかんの~~~~~」
間の抜けた男の声が、辺りに響き渡った。
クーデリカの剣は、ガスターが身にまとう強固な鎧を寸断したものの、ガスター本人には殆ど効かなかったのだ。
その太い腕による裏拳で、振るった剣ごとぶっ飛ばされる。
「ぐはうっ!?」
裏拳をまともに食らったクーデリカが、5メートル近くも吹っ飛ばされて地面に転がる。
もう腕も足も動かない。
それでも立とうとして面を上げた時、倒れたナンバー3や7の姿が見えた。
反対側にはガスターの神輿があり、相変わらず鎖につながれたままのエルフたちや、磔にされたロートリア軍兵士らの死骸がある。
皆、自分が護れなかった者たちの姿だ。
(……みんな……すまない……!)
クーデリカの視界が涙で霞む。
「グワハハハハ!!
中々面白い余興であった!!!
褒美にお前は徹底的にいたぶってやろう!!!」
ガスターがご満悦顔で言いながら、クーデリカの傍まで近寄ってきた。
そのままクーデリカの頭を摘まみ上げる。
「いたぶりついでに教えてやる!
お前らが拠り所としているバルクとかいう男だが、もはや生きて会うことはない!
なぜなら奴が飛ばされた先は一万メートルの高空に浮かぶ飛空迷宮!
どんな手段を使っても戻ってくる事はできないのだ!
最後の頼みの綱を断たれた心地はどうだ!? グワハハハハハハ!!!」
「……バルク……っ!!」
クーデリカの頬から涙が零れ落ちる。
その涙は埃に塗れていた。
もは指一本とて動かせない。
それはガスターの反撃を受けたことも原因であったが、それ以前に己の限界を超越した必殺剣を放ったがために、彼女の筋肉はズタズタに引き裂かれてしまっていたのだ。
そんな不甲斐ない自分がクーデリカは許せない。
(護ると誓ったではないか……!!
それなのに、どうしてお前はいつもそれができないのだ……!!)
ガスターは、クーデリカがそんな風に悔しそうな泣き顔を見せるのが快感で堪らなかった。
気を良くした彼は、王の戦いを聞きつけて近場に集まってきていた悪魔兵たちにこう呼びかける。
「よおおおおしいいいいいい!! お前ら特別だあああ!! こいつを好きにしてよいぞおおおお!!! ぶっ壊してしまえええええ!!!」
そう叫んで、部下たちにクーデリカを投げ与える。
「ヒャッハアアアア!!!」
「肉付きのいい女だああああ!!!」
「エロメスレイプレイプレイプうううう!!!!」
醜いアレックスター兵士達が、砂糖の塊を発見した黒蟻の大軍のようにあっという間にクーデリカの体に群がった。
その数たるや、ガスターが建てた死骸と女と宝の神輿にも迫る勢いである。
「さあて! 何分もつかな!?」
ガスターが、神輿の最上段にある、自分の部屋へと跳び上がって言った。
高みの見物という訳だ。
(……この世に正義はないのか……!)
同じ室内で、未だに屈辱的な格好で鎖に繋がれているエルフの騎士団長が思った。
その時。
「「「うぎょわあああああああああ!?!?!?」」」
突如として爆発が起きた。
クーデリカに群がっていた悪魔兵たちが、突然散り散りに吹き飛んだのだ。
その勢いたるや、火山が噴火したような勢いである。
「なんだあ!?」
ガスターが爆心地を見る。
ドラゴンの谷に追放された第二王子ですが10億年鍛えた最強の体で故郷に帰還します 杜甫口(トホコウ) @aya47
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