第37話 クーデリカVSガスター

「ハアッハアッハアッ! バカめッ……! 死におったわ!! グワハハハ!!!!」


 殆ど全ての魔力を砲に注ぎ切ったヘルダーリンが言った。

 やがて辺り一面に充満していた土霧が晴れると、


「……!?!?!?」


 ヘルダーリンは目にした。

 クーデリカのいた所だけ、綺麗に山が残っているのである。

 クーデリカと、その後ろに居たナンバー3や7も生き残っていた。


「う、うそ……!」

「わたくしたち……生き残って……!」


 二人は自分たちの生存が信じられないらしい。

 それは砲を発射したヘルダーリンが一番だった。


「どうして生きてるんですううううう!?」

「熱線を斬った」


 言って、クーデリカが剣を振る。

 その刀身には、焼きつくような痕が残っている。


「熱線を斬るうううう!?

 魔力そのものを斬るなど人間にできる芸当ではありませんよおおおおおお!?」


 物理的な攻撃で、魔力の流れを断つことは可能である。

 ただしそれはごく低出力の魔力に限る話であり、戦略級グリフィンが持つ砲から発射される膨大な魔力の流れを防ぐ手立てはない。

 それが常識である。

 だが相手を上回る圧倒的なパワーさえあれば、そのような常識など幾らでも覆せるということは、バルクが日々証明している。


「私の怒りがそれを可能にした。

 風魔将軍ヘルダーリン、もはやこれまでだ。

 死ぬ前にせめてこれまで犯した罪を悔いるがよい」


 クーデリカが正中線に剣を構え、言った。

 即座にヘルダーリンの首を刎ねないのは、きちんと罪を告解させてから殺すためである。


 そこにはクーデリカなりの信念があった。

 ヘルダーリンも外道とはいえ、同じ人間。

 悪事に塗れたまま死ぬのは余りにも不憫だろうと考えての処置であった。

 更には気高いはずの人間がここまで悪の道に落ちたというのだから、きっとそれなりの事情があるのだろうと、そういう同情めいた気持ちもある。


「ひひっ!?……ひひいいいいいいいいいいいいい!!?」


 だが、こと相手がこのヘルダーリンのようなクズの場合それは全くの的外れとなる。

 何故か自分は殺されない。

 それに気付いたヘルダーリンは、これ幸いと逃げ出した。

 ちょうど幸運なことに、彼の後方から騒ぎを聞きつけた悪魔兵たちがやってきている。


「おおおおおお前たち私を護れえええええ!!!!」


 叫んで悪魔兵たちの間を駆け抜けていく。

 そのなりふり構わない様に、クーデリカは呆れてしまう。


「どれほどの悪党であっても人間……!

 せめて最低限の尊厳ぐらいは守らせてやろうというのに……!

 穢れ切ったままの魂で地獄に落ちるつもりか!

 どこまでも性根の腐った奴!!」


 もはや許さない。

 と、逃げるヘルダーリンの背を追って、後方に展開していた悪魔兵たちを次々両断していくクーデリカ。

 やがて彼女が目にしたのは。


「なんだこれは……!?」


 横幅7メートル、立幅10メートル。

 重量20トンを超える巨大な神輿であった。

 煌びやかなその神輿は、敵国から奪った金銀財宝やロートリア兵たちの死骸によって装飾されている。その最上段には巨大な部屋があり、下がった垂れ幕越しに何者かが座っているのが分かる。

 そして神輿を支えているのは、全裸に魔法の掛けられた首輪を付けられ、鎖に繋がれているエルフの女たちであった。中には王女の姿もある。


「あれは友好国ヴィクトリアズガーデンのエルフたちか……!?」


 クーデリカが唖然としていると、その神輿の前にヘルダーリンが跪いた。

 そして、


「ガスター様あああああ!!! おたっおたっ……お助けおおおおおおお!!!」


 叫んだ。



 30,クーデリカVSアレックスター新王ガスター

(また悲壮な感じ。みんなやられていく。

 やらなければ、のクーデリカ。

 恐怖は克服したので、膝が震える描写はいらない?)




 横幅7メートル、立幅10メートル。

 重量20トンを超える巨大な神輿。

 その最上段部屋の中に、1人の大男が鎮座していた。

 ロートリアから持ち出された宝冠や腕輪を身に付けた身の丈4メートルはあろうかという髭面の巨漢。

 アレックスター国王ガスターである。



「くそ……くそ……っ!」


 その腰元にはエルフの女が1人、必死の形相でガスターの一物を咥えている。

 こちらはガスターに国を滅ぼされた際に囚われたエルフの女騎士団長であった。


「どうした。

 お前が俺を愉しませないと、下に居る連中全員が死ぬ事になるぞ?」


 ガスターが伸び放題の髭をボリボリ掻きながら言った。


「……っ!!!」


 エルフの騎士団長は、悔しそうに目だけでガスターを睨みつける。

 自分が凌辱されている事だけが悔しいのではない。

 今フザケた神輿を担がされ、苦痛に喘いでいるだろう王女たちの事が気がかりでならないのだ。

 そのためには少しでもガスターの機嫌を取って、苦痛を和らげなければならない。


「……頼む……! なんでも言う事を聞くから……だから王女たちだけは助けてくれ……!」


 腸が引きちぎれる程の怒りを堪えて、慈悲を乞う。


「グワッハッハッハ!!

 無力な者どもを虐げるのは心が躍るのう!!!」


 無様な騎士団長の顔を見て、ガスターが嘲笑う。


 そんなお楽しみの最中だった。


「ガスター様あああああ!!! おたっおたっ……お助けおおおおおおお!!!」


 突如として部屋の外からヘルダーリンの声がしてきたのだ。


「なんだ」


 ガスターが垂れ幕を払って言う。

 すると眼下に跪くヘルダーリンの姿が見えた。

 その奥には凄まじい眼光で自分を睨みつける黒髪巨乳の女騎士の姿と、その背後に連なる300からなる悪魔兵たちの死骸がある。


「どういうことだ?」


 ガスターは僅かに首をかしげる。


「ガスター様!! クーデリカです! 敵軍の総大将をおびき寄せました!! どうぞやっつけちゃって下さい!!」

 ヘルダーリンが言った。

 ガスターはクーデリカを見る。


「ヘルダーリン!

 余はクーデリカを捕らえよと命令した!

 命令違反かあ!?」


 そして怒鳴った。

 忽ちヘルダーリンが震えあがる。


「そっ、そんな滅相もございません!!

 ですからこの場におびき寄せた始末でしてえええええ!!!」

「なんだと!?」


 言い訳をし始める己の部下の姿に、ガスターは憤る。


「余の言ってる事が間違っているというのか!?」

「ふひひい!?」

「余への意見は全て反逆とみなすうううう!!」


 ガスターは、そう叫ぶなり神輿の部屋から飛び降り、


「ふぎゃあああ!?」


 その巨体でヘルダーリンを踏み殺してしまった。


「ぐはは! 余の軍に無能はいらぬ!」


 ペシャンコに潰れたヘルダーリンの死骸を路傍の石のように蹴り飛ばす。


「己の部下を……! なんだと思っているのだ……!」


 神輿上の騎士団長がそれを見て嘆く。

 それは神輿を担いでいる王女や他のエルフの騎士たちも同じ心境であった。

 そして、同じように怒りを覚えた騎士が、もう1人居る。


「ガスター。貴様の悪事もこれまでだ。大人しく私に斬られるがいい」


 クーデリカであった。

 誰よりも正義を重んじる彼女だからこそ、目の前の男を誰よりも許せない。


「ほほう。

 お前がロートリアの【剣聖】クーデリカか。

 中々に気の強そうな女だ。

 殺さずにおいて正解だったな」


 その美貌を見るなり、ガスターがこれ幸いとばかりに微笑する。


「お前も捕らえて余のコレクションに加えてやろう。

 まずはそうだな、

 エルフの騎士団長と並べて犯すのがよい。

 その後王女も交えて市中を引きずりまわしてくれる」

「ほざけ悪党!! 我が正義の剣にて貴様を屠ってくれる!!!」


 クーデリカが怒りに燃えて叫んだ。

 同時に抜き身の剣を振り上げ、ガスターの直上へと跳び上がる。


「剣聖神技ィィィィ!! 【滅尽雷光閃ライジンスラッシュ】!!」


 クーデリカの剣を中心に、雷のような閃光が縦横無尽に迸る。

 雷の魔力を伴った、上段からの唐竹割りだ。

 その速度そしてパワーはまさに疾風迅雷。

 一撃必殺の剣によって、この場で正義の裁きを下してやるつもりだった。

 だが。


「ぬるいわ!」


 天空に突き出された一本の中指によって、クーデリカの剣は受け止められてしまった。

 それだけでは止まらない。

 ガスターは指の腹にクーデリカの隊服の胸元を引っかけると、そのままビリリと引き裂いてしまった。

 正義を司る天秤のマークが空に散る。


「バカな……っ!?」


 敗れたクーデリカがその場に這いつくばり、胸元を隠しながら呻いた。


「グワハハハハハ!! 中々のスピードだが、所詮は女よ! 可愛いものだわ!!!」


 ガスターは、武器すら持たないまま無防備に高笑いしている。

 最早クーデリカを敵と見なしていないのだ。


「……っ!」


 それが分かったクーデリカは、悔しそうに下唇を噛む。


(私はまたも敗れるのか……!

 こんな所で……!

 倒すべき邪悪すらも倒せずに……!)


 クーデリカがそんな風に自分を責めていると、


「だんちょー逃げて!」

「ここはわたくし達が食い止めます!」


 声と共に、剣を構えた二人の女騎士がクーデリカの前に躍り出た。

 治癒を終えたナンバー3とナンバー7であった。

 二人の隊服はボロボロであり、構えた剣も同様である。

 例え万全の状態であったとしても、万に一つも勝ち目はない。


「バカを言うな!

 逃げるのはお前たちだ!!

 私が食い止めている間に早く逃げろ!!」


 それが分かっていたからこそ、クーデリカは立ち上がり叫んだ。

 だが二人は退かない。


「逃げるわけがありませんわ!!」

「これがボクたちの正義です!!」


 そう叫んで、胸を叩く。

 二人の目には自分たちの正義を貫かんとする意志が燃えている。


「お……おまえら……っ!?」


 それを二人の背中越しに感じ取ったクーデリカは、驚きと共に呟いた。


(あれほど遊び惚けていた奴らだったというのに……!

 なんと誇り高い騎士たちなのだ……っ!)


 部下たちの成長っぷりに涙が滲む。

 だが込み上げてくる感動をぐっと堪える。


(なればこそだ!

 ここでこいつらを死なせるわけにはいかない!)


「だがダメだ! いいから退くんだ! ここは私に任せろ! バルクが来るまでなんとかしてみせる!!」

「ダメですわ!」

「団長こそ退いてください!! ここはボクらが時間を稼ぎます!! バルク様が来るまでの僅かな時間です!!」

「「この命に代えても必ず!」」


「いいから逃げるんだああああ!!!」


 クーデリカの叫びは届かない。

 二人は一直線にガスターに向かって突撃する。

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